薄暗い生徒会長室に、陰気な声が響き渡る
まるで死神に魅入られてしまったかのような、悲痛な声

「…え〜と、前々回の賭けの損失分と
前回の補填分を合わせて、前々回の収入を引くと…」

ブツブツと呟きながら久瀬は電卓を叩く
そしてはじき出される数字は、見事なまでに赤かった
もちろん、電卓に表示される数字に色などあるはずも無い
しかし、久瀬の目には、確かに目の前の数字が真っ赤に映っていた

「…このままでは僕は破産してしまう…
おのれ相沢祐一! この恨みはらさでおくべきか!!
必ずや貴様に敗北を味あわせ、僕以上の屈辱を与えてやるからな!!!」

久瀬が吼えた
負け犬の遠吠えを
その事は久瀬自身が一番良く判っていた
実際問題、祐一をチャンプの座から引き摺り下ろそうとしても
それだけの実力を持った挑戦者を見つける事がついに出来なかったのだ

「このままでは今回の賭けが成り立たない…
奇をてらう方法なんて二度続けて使えないし…
一体、僕はどうすればいいんだぁ〜〜〜!!?」

頭を抱えて勢いよく立ち上がる
精神がもはや崩壊寸前まで来ているようだ

「あはは〜、お困りのようですね、久瀬さん」

やや引きつった笑顔で佐祐理が久瀬に声をかける
久瀬は錯乱気味にぶんぶんと首を左右に降っていたために
佐祐理が声をかけるまで、彼女の来室に気付く事が出来なかったのだ

「…コホン
これはこれは倉田さん
お恥ずかしい姿を見せてしまったね」

慌てて自分を取り繕う久瀬
もう何もかも手遅れと言う事に彼は気付いていない

「だけど残念ながら倉田さんの推測は間違っていますよ
僕ぐらい優秀な人間になると、悩み事が無い事が悩みの種で…」

「久瀬さんの本当の悩みの種は
目前に迫ったフードファイトの挑戦者を誰にするかと言う事…違いますか?」

佐祐理は笑顔のまま久瀬の核心をつく
久瀬は、その言葉に、一瞬言葉を詰まらせるが
再び冷静さを取り戻し、落ち着き払った様子で答える

「まぁ、確かにまだ決まっておりませんが…
何、倉田さんが心配なさる事はありませんよ
すぐにあの忌々しいチャンプを打ち倒す逸材を見つけてみせます」

先ほどのヘッドシェイクでずれたメガネを直しながらの一言
完全な負け惜しみだが、先ほどとは違い、そこに不安の色は無い
別に自信を取り戻したワケでは無く、ただ佐祐理に良い所を見せようとするための、仮初の自信だ

「それはともかく、もうすぐ久瀬さんの誕生日ですよね?」

佐祐理が満面の笑みで久瀬に尋ねる
その言葉を聞いて、久瀬の表情は、佐祐理のそれよりもさらにいい笑顔になる

「覚えていてくれましたか!!
ええ! ええ! その通りですよ倉田さん!!
僕の誕生日は奇しくも次のフードファイトの開催日と同日!!
そしてその日は記念すべき日となるはずです、チャンプが倒れる事によってね
、僕の栄光が再び輝きを取り戻す記念すべき日なのです、そうだ、宜しければ、その晩は二人きりで勝利の余韻にでも浸りませんか? ちょうど私は雰囲気の良い、美しい夜景を見る事の出来るレストランを知ってるんですよ、少し遠い所にあるんですが、何、問題はありませんよ、一泊二日で行けば、充分時間に余裕を持って行く事が出来ますよ、何なら、ホテルの予約もついでに私が…」

「ですから、佐祐理は久瀬さんにプレゼントを差し上げようと思うんです」

一見、普段と変わらないようで、しかし強い口調で佐祐理は言い放つ
波に乗った久瀬のトークを打ち切るほどに強く、そして静かに

「…プレゼント?
いや、そんな事は気にしないで…」

いつもと少し様子の違う佐祐理をいぶかしがりながら
久瀬が話かけようとすると、再び佐祐理は力を込めた言葉でそれを遮る

「欲しくは無いんですか?
チャンプを倒す事のできる最強の挑戦者を…」

そう言って、佐祐理は再び、あはは〜と笑った



フードファイター相沢祐一 『五の膳{前編}』


「相沢、聞いたか?」

「今から聞く」

昼前の授業が自習となり
教室で暇そうにしている祐一に北川が言葉をかける

「今度のフードファイトの日って
久瀬の誕生日と同じ日らしいぞ?」

北川の一言を聞いて
祐一はげんなりとした表情で机の上に突っ伏してしまう

「…なぁ、北川
俺たちももう高3なんだ…
もうちょっと意味のある会話をしようぜ」

祐一にとって、久瀬の誕生日など
三週間前の夕飯以上にどうでもいい事だった

「いや、だから誕生日のプレゼントに
奴に敗北をプレゼントしてやりたいとは思わないか?」

ニヤッと笑う北川
それに呼応するように
祐一はニヤリと笑顔を浮かべる

「なるほど、それは名案だ
ついでに賞金で飴玉でも買ってやろう」

「そうだな、あいつ最近金に困ってるようだからな
俺も腹が破れるまでアイスを御馳走してやる事にしよう」

そして二人でクックックと悪そうに笑う
毎度毎度嫌がらせを受けているだけあって
その表情には良心の呵責が、欠片も見られない

「祐一と北川君、凄く悪そうな顔してるよ〜」

「ほっときなさいよ、楽しそうなんだから」

悪巧みをしている祐一と北川を
遠巻きに身ながら名雪と香里が会話をする

「でも、悪そうな事も考えてるみたいだよ?」

徐々にエスカレートしていく
久瀬への誕生日プレゼントの内容を聞いて
少々ビクつきながら名雪が香里に言う
すると、香里はフッと笑いながら言葉を返す

「だからほっとけばいいのよ
あ〜やって馬鹿な事話し合ってるのが、あの二人の共通の娯楽なんだから
顔付き合わせる度にあんな馬鹿話してるんだし、一々気にしてたら疲れるだけよ?」

「それもそうだね
二人とも、楽しそうだもんね」

名雪は香里の言動に納得し、笑顔になり
そして、出来の悪い息子を持った母親のような優しい視線を向ける

「何気ない会話に見られる、男の友情ってヤツよ」

香里もまた、名雪と同じ視線を二人に送る
男二人は、そんな事には気付きもせずに、悪巧みに熱中していった

「だから、奴の机に車に轢かれた子猫の死体をだな…」

「いや、それよりも百匹のゴキブリを郵送した方が…」

「奴の家に火をつけるってやり方もあるし…」

「封筒爆弾を送りつけるのもいいな…」

「いっそ拉致るか…?」

「いいねぇ、それでじっくり拷問にかければ…」

「ああ、まずは指、耳、鼻、性器と順に切り取って…」

「最後は人豚として公衆便所の汚物入れで飼うってのも…」

「女の子の前で気色悪い話すんじゃないわよ!!!」

怒声と共に香里の両の鉄拳が飛ぶ
いや、その表現は正しくは無いだろう
なぜなら、実際に飛んだのは、祐一達だったからだ

「ITEッ!!」

廊下まで吹き飛ばされ、
勢い良く壁に顔面を打ち付ける祐一

「救命阿(ジュウミンヤ)ッッ!!」

窓を割って外に吹き飛び
遠くなる悲鳴を置き土産に消える北川

「まったく…クラスのみんなが完全に引いちゃったじゃない…」

香里は呆れ顔で怯えるクラスメート達を見渡す
彼女は、毛ほども気付く様子を見せなかった
自分の視線が向けられると同時に彼らが萎縮している事に
自分の視線が逸れると同時に彼らが安堵の溜め息をついている事に

「本当だよ、子猫さんの亡骸を辱めるなんて…
祐一は超極悪だよ、祐一の血は何色なんだよ」

プンプンという効果音の良く似合う怒り方で、名雪が祐一の言動を批難する
彼女もまた、この教室を覆っている現実には気付いていなかった
いや、気付かない程の天然だからこそ、香里の親友などやってられるのだろうが





「…じゃあ、俺、倉田先輩達に今度の対戦者聞いてくるから」

首にギブスを巻いた北川が
顔面を包帯でグルグル巻きにしてベッドに横たわる祐一に声をかける

「…ああ、頼むわ…
俺はまだ血が止まって無いからな…」

祐一は、引き戸を開けて保健室から出て行く北川に向かって、力無く手を振る
ちなみに、ここに運び込まれた時には、北川の方が重症だったのだが
『慣れ』の差だけ、祐一よりも早く回復し、復活する事が出来たのだ
そんな頼もしいが羨ましくない北川の後姿を見て、祐一はしみじみと呟く

「凍死寸前にまで追い込まれる事で、また一段と巫力を上げたようだな…」

とにかく、今は寝よう
新しい挑戦者の事は気になるが
前回の病欠で、久瀬もそうそう無茶は出来まい
純粋な胃袋の勝負なら、俺の勝ちは揺るがないはずだ
自惚れも度が過ぎるかもしれないが、もしそんな奴がいれば
すでに佐祐理さんから前もって情報が届くはずだ、心配はいらない

そう考え、祐一は身体の回復に専念しようと
保険医から貰った鎮痛剤を一気にあおり、バタリとベッドに倒れこんだ





北川はがいつも通りの時間に踊り場につくと
そこには私服姿の舞が一人きりでボケッと突っ立っていた

「…祐一は?」

「ああ、今はちょっと体調が悪くて保健室で寝てるんですよ…
それはそうと、お弁当と倉田先輩は? いや、少し俺も小腹がすいちゃって…」

再生で体力を消耗した北川が食事をねだる
ちなみに、首に巻いていたギブスはもう外してある
首の骨がほとんどくっついたので、不要になったからだ
だから、そんな北川にとって.祐一の現在の状態などは
『ちょっと体調が悪くて保健室で寝てる』だけに過ぎないのだ

「…佐祐理は用事があるから」

そう言って、舞は北川に紙の束を渡す

「これが次回の対戦者の情報ですか…」

北川は、やや弛緩した表情でそれを眺める
彼もまた祐一と同様に、対戦者に対し、警戒心を全く持っていなかったからだ

しかし

「…え?」

突然、北川の童顔が緊張する
そして、勢いよく紙の束から顔を上げ
驚愕の表情で、目の前にいる無表情の舞を見つめる

「つ、次の挑戦者って…」






「曲がりなりにも僕は
このフードファイトの最高権力者ですからね
『不敗のチャンピオン』の噂ぐらいは聞いた事がありますよ」

そう言って、久瀬は佐祐理の煎れた紅茶に口をつける

「今の相沢君の時と同じように
そのチャンプはあまりに圧倒的な力で王座を死守し続け
当時の責任者達は、総じてストレス性の胃炎にかかったそうですね」

久瀬は複雑な表情をしながら紅茶のカップを机の上に戻す

「デビュー戦から新記録を出して当時のチャンプを撃破
それからは連勝に次ぐ連勝、ついにその連勝記録は11連勝に達しました…」

「あはは〜、祐一さんと同じですね〜」

表情の読めない笑顔で佐祐理は言う
そして、紅茶を一口含み、再び聞き手に戻る

「そうですね…相沢君と同じ記録を持つほどのチャンプ…
僕も、当時の資料をザッと読んだ程度の情報しか知りませんが
表情を一切変えずに、一定のリズムで食事を摂り続けたそうですね
美味いのか、不味いのか、満腹なのか、それともまだまだ空腹なのか…
見る者達に対して、あらゆる情報を与えずに、黙々と食事をする事だけに集中したと聞きます
曰く『苦戦を知らない王者』、曰く『飢えた鉄仮面』、曰く『コールドイーター』、曰く『大食いマシーン』…
チャンプは様々な呼び方で呼ばれましたが、呼び手にはある共通の思いが見られます
それは、無感動に機械的に食事を続けるチャンプに対して感じる『不満足感』」

「ふぇ? チャンプは無感動なんかじゃありませんでしたよ?
いつもいつも、とても嬉しそうに食事をしてました…
ただ、あの人はそれを他人に伝えるのが少し苦手だっただけ…」

昔を懐かしむような、穏やかな口調で話す佐祐理
久瀬は、そんな佐祐理の言葉を聞いて、コホンと軽く咳払いをした

「まぁ、それぞれに意見の相違はあるようですが…
とにかく、チャンプが観客の求めるような試合をしなかったのは事実
『客商売』であるフードファイトにとって、それはあってはならない事です」

フードファイトの目的は、あくまで観客の接待ですからね…と、久瀬は付け加えて続ける

「他にも、チャンプは日常生活において
様々な問題を、繰り返し起こし続けていました…
裏のフードファイトの責任者は、表の生徒会長ですからね
チャンプを目の仇にするのは当然のことでしょう、心中を察しますよ」

久瀬は、まるで自分の事のように憎憎しげに呟く

「今でこそ黙認させていますが
当時、反生徒会派の連中は、フードファイトを認めなかった
公開賭博を学校ぐるみで行うのは大問題だと、真っ向から批判した
だからこそ生徒会はフードファイトの存在をひたかくしにしていました」

しかし、と久瀬は挟んで続ける

「チャンプは表でも裏でもあまりに目立ちすぎました
やがて、チャンプの存在に気付いた反生徒会の連中は、愚かにも
チャンプを利用してフードファイトを、生徒会を潰そうと企みました」

少し興奮気味に話す自分を抑えるために、久瀬はまた一口紅茶を飲む

「まさに当時のチャンプは厄介者でしか無かった
笑顔も泣き顔も作らずに生徒会を食い潰す、死神の王者
業を煮やした当時の責任者は、ついに英断を下しました
チャンプをフードファイトから追放する事にしたのです
…もちろん、それは許される行為ではありませんでした
そんな王者交代など、観客達が認めるワケがありません
チャンプのせいで大損をしていた人間ならばなおさらです
だからこそ、大義名分が必要だった、皆を納得させるための…」

そして、久瀬は佐祐理の顔に焦点を合わせて話を続ける

「そんな時、ある生徒会期待の新人が生徒会を離脱しました
反生徒会派がフードファイトを黙認する交換条件として…
生徒会の役員はすなわちフードファイトの運営委員です
したがって、その新人はそれからも外れる事になりました
しかし、その新人はどちらにとっても重要な人物でした
何しろその人物は、フードファイト創設者の実子でしたからね…
その原因を作ったとなれば、責任を負い、王座を追われるのも当然の事です」

「本当なら、先代の会長達が責任を取らされ、退任するはずだったのに…」

突然の佐祐理の一言を、久瀬は鼻で笑う

「確かに、反生徒会派もそれは期待していたみたいですがね…
しかし、実際問題として、その新人の足を引っ張ったのは誰ですか?
フードファイトの誘いにノコノコついてきて、場の空気も読まずに大勝して
フードファイト以外にも常に問題を起こし続け、何を詰問してもだんまりを決め込んで…
果たして新人の心労はいかばかりだったでしょうか? それに対する罰と言う意味だけでも…」

「佐祐理は心労なんて感じていませんでした」

ぴしゃりと佐祐理が言い放つ
しかし、その勢いに久瀬は全く気圧されずに続ける

「フードファイトの創設者にして
この町、いや、日本有数の権力者『倉田』
その倉田の娘をフードファイトの運営から外させたんですよ?
それに対して全くの咎が無いなんて、それこそ周りが納得しませんよ
倉田の機嫌を損ねて、敵に回す事など、到底考えられない事ですからね
それに、先代の会長達も程なくして、権限を剥奪され、退任してしまいました
当事者となったチャンプが依然として問題を起こし続けたためにね…」

「チャンプにはチャンプの理由がありました
それに、佐祐理は自分の意思で生徒会を辞めたんです
お父様も、佐祐理が辞めた事に対して何も言いませんでした」

フン、と久瀬は佐祐理の言葉を鼻で笑う

「僕が貴方を名誉会員とし
フードファイトの特別運営委員にしなければ
今ごろフードファイトは衰退し、最悪、消滅していたんですよ?
あなたにとって、チャンプの理由とはフードファイトよりも大事なものなのですか?
貴女だって、ご自分の父上が作られたフードファイトが無くなるのは、辛いでしょう?」

「確かに、それは辛い事です」

佐祐理の本音に
久瀬は満足気に微笑む
しかし、久瀬は気付いていなかった
佐祐理が、誰にも聞こえないほど小さな声で
『貴方に任せておけば、いずれそうなってしまう事が』と、ひとりごちた事に

「まぁ、見ていて下さい
現チャンプである相沢君を打ち倒して
私が貴女のフードファイトをさらに発展させてみせますよ」

久瀬が自信たっぷりに言い放つ

「まぁ、それも次回の試合の結果次第ですが…」

その言葉を、さらに自信たっぷりな口調で佐祐理が遮る

「大丈夫ですよ、きっと12連勝してくれます」

「…それもそうですね…
例え問題児であろうとも…
『不敗のチャンプ』の実力は超一流ですからね」

そう言って、久瀬は
挑戦者の『少女』の顔写真に視線を落とした





「今度の挑戦者は…
11連勝して無敗のまま引退したチャンピオン…!?
久瀬の奴、よくそんな大物を連れてこられたなぁ…」

祐一が感嘆の溜め息を漏らす
だが、さほど緊張はしていない
むしろ、楽しみにしているようでもある

「で、何て奴なんだ?
いや〜、正統派の試合は久々だからな、今から楽しみだぜ」

祐一は、腕を組むようにして武者震いを抑える
しかし、そんな祐一の様子に反して、北川は浮かない表情をしている

「挑戦者の名前は…」

言いかけて、北川は口をもごもごとさせる

「何だよ、勿体ぶるなって! ほれ、お名前は?」

北川の頭を撫でながら、祐一が茶化すように言う

「……………………」

しかし、北川は黙ったまま言い難そうにしたままだ

「ほらほら、早く言わないと
自慢のアンテナヘアが崩れるぞ? お名前は?」

そう言って、グシャグシャと北川の髪を撫で付ける
北川は、強張った顔をしていたが、やがて溜め息をつくと
意を決したように、ポツリと一言だけつぶやいた

「…川澄舞」

その一言が耳に入ると同時に、祐一の手が硬直する

「…何て言った?
ちょっとよく聞こえなかったんだが…」

そう言って、祐一は顔の包帯を取る

「もう一回意ってみろ、誰が挑戦者だって?」

祐一が強い口調で北川に尋ねるが
北川は俯いたまま、貝のように口を閉じてしまう

「おい! 北川!!」

祐一は北川を怒鳴りつける
冗談にしては度が過ぎている
でまかせにしては纏う雰囲気が重すぎる
祐一は、嫌な予感を抑えられず、なおも激しい口調で北川を怒鳴りつけるが
北川は以前として黙ったままだ、祐一が業を煮やしていると、突然、部屋の入り口から声が響いた

「…北川は、次の挑戦者は私だと言った」

声のした方を二人が振り向くと
何時の間にかそこには舞が立っていた
相変わらず、何を考えているか判らない無表情で

「舞…お前、今の本気で言ったのか…?」

舞はつまらない冗談を言う人間じゃない
祐一は、その事をよく理解していた
だからこそ、余計に信じられないといった表情をする

「…祐一」

「…何だ?」

重苦しい空気の中行われる、王者と挑戦者の顔合わせ

「…私は…強いから」

たった一言、しかし、居合抜きのようにするどい一言を浴びせると
舞は祐一達に背を向け、もう振り返らずに保健室から立ち去ってしまった

「…なぁ、相沢…どうなってんだよ、一体…」

乱れた髪を直そうともせずに、北川は祐一に回答を求める
それが、祐一にとってもまた、理外の外だと言う事を知りつつも

「…俺達…一体どうすりゃいいんだ?」

無言の祐一に、再び尋ねる
すると、祐一はゆっくりと口を開き、北川の方を振り向く

「…俺はチャンプだから、戦う」

北川が見たのは、強い決意を秘めた瞳
チャンプとしての誇りの輝きに満たされた瞳
そして、自分への限りない信頼を込めて向けられた瞳
その輝きに発奮され、北川は勢いよく立ち上がり、そして叫んだ

「だったら俺はお前のセコンドだ!
だからお前が全力で闘えるようにしてやる!!
ちょっと待ってろよ! すぐに事情を調べてきてやるからな!!!」

そう言い残し、北川は保健室から走り去って行った
祐一は、しばらくの間、すぐに消えた後姿を目で追い続けた

「そうさ…何か理由があるはずなんだ…
だって、佐祐理さんが俺達を裏切るはずが無いじゃないか」

そう言って、祐一は
今だ自分の手に握られたままの包帯に気付き
それにありったけの力を込めて丸めると、ゴミ箱に投げ捨てた



………………………続く…………………………