「栞が…今日の挑戦者…?」

笑えない
全くもって笑えない冗談だ
肉体の、胃袋の限界に挑戦する過酷な競技、フードファイトに
16の誕生日まで生きられぬと言われていた病弱な少女が挑むと言うのだ

「えぇ、そうですよ、そして明日のチャンプです…
今の台詞って、まるでドラマみたいだったと思いません?」

動揺する俺達を尻目に、栞は唇にちょこん、と指をあて
首を軽く左に傾けながら、無邪気に言う
いつもと微塵も変わらぬ、可愛らしい笑顔で






フードファイター相沢祐一 四の膳{中篇}


「ば…バカな事を言うなよ!!」

突然、北川が叫ぶ
先ほどまでの死にそうな声とは打って変わって
関智一ボイスの持ち味を存分に生かした熱い叫び声だ

「バカな事…ですか?」

突然の怒鳴り声に、栞の表情がわずかに曇る
北川はそんな栞に追い討ちをかけるように叫び続ける

「そうだよ!
栞ちゃんにフードファイトなんて無理に決まってるだろ!!」

「それはやってみないと分かりません」

栞は、強い口調できっぱりと言い切った
これは北川だけで説得するのは難しいだろう
そう思い、祐一も北川の後に続く事にした
ちなみに、栞と面識が無く、話の筋が分からない舞は
ただ無表情で俺達の顔を交互に見比べているだけだ

「そうだぞ、栞
そんな格好で…風邪でもひいたらどうするんだ?」

この舞ですら服を着重ねて来ているような寒さの中
栞は夏服に愛用のチェック柄のストールを羽織っているだけだ
見ているこちらが寒々しい、ただでさえ今にも凍えそうなのに

「そうだよ栞ちゃん!
冷えは女の子にとって天敵なんだよ!?
元気な赤ちゃんが産めなくなっちゃうんだよ!!?」

そういう問題では無いというか、ある意味問題発言だ
舞はそんな北川を見て、「セクハラ…」と、ぼそりと呟き
その呟きが唯一聞こえた祐一は、うんうんと大きく首を縦に振った

「…祐一もセクハラ」

二度目の舞の呟きに
祐一は、再びうんうんと大きく首を…

「って違う!
今のは北川に同意して頷いたんじゃなくて
お前のセクハラって言葉に頷いたんだよ!!」

このままでは北川と同類扱いされてしまう
祐一は必死で舞に弁解する

「…祐一は私にセクハラするつもりだったの?」

舞は両腕を庇うように組んで、祐一から一歩遠ざかる

「だから違うっての!!」

このままでは北川以下の烙印を押されてしまう
それだけは何としても避けねばならない、人としての名誉を守るために
祐一は、栞の説得そっちのけで舞に無実を主張した
もちろん、祐一が舞を説得している間中、栞に対して
北川によるセクハラ一歩向こうの説得は続いていたわけなのだが

「それに冷えると代謝が悪くなって胸だって大きくならないし…
栞ちゃんだって、いつまでも貧乳のままじゃ困るでしょ?
大きい方が好きな彼氏が出来た時に、たくさん揉まれちゃうよ?」

段々と北川の口調に熱が篭っていく
風邪の熱で興奮しているのか、説得の熱で興奮しているのか
それ以前の原始的な本能の熱で興奮しちまってるのか…
まぁ、完全にただのセクハラと化した話振りから推して知るべしだ

「…北川さんには関係の無い事です
でしゃばらないで下さい、セコンドのくせに」

あまりにも下卑た北川の言動に
さすがに栞もいい加減うんざりしたらしい
きつい口調で北川に言い放つ

「関係無くなんか無いよ!
義理とはいえ兄妹じゃないか!!」

「…いつから私と北川さんが義理の兄妹になったんですか?」

「そう遠くない未来さ!!」

どうやら北川は完全に熱暴走しているようだ
栞は何かを諦めたように大きく溜め息をつき
舞と何やら言い争いを続けていた祐一の方を向いた

「それじゃ、祐一さん、また後で…」

うんざりした表情になり
そう言って栞が振り向こうとし
祐一が慌てて引きとめようとした時
北川がさらに声のトーンを上げて叫ぶ

「それに栞ちゃんに何かあったら
美坂だって心配するに決まってるだろ!!」

その言葉に、後ろを向きかけていた栞の体がピクッと反応し
再び祐一達の方に向き直りながら
制服のスカートのポケットに片手を突っ込んで
何やらゴソゴソと中身を探りだした

「…今回の事にお姉ちゃんは一切関係ありません」

そう言いながら栞はポケットから
スケッチブックと色鉛筆を取り出し
左手でスケッチブックを支え、右手で色鉛筆の束を握る

「おい…栞…ちょっと待て…」

祐一の顔が引きつり、冷や汗が背中を伝う
しかし、栞は祐一の制止などには耳を貸さずに
色鉛筆を右手の指のまたにそれぞれ4,5本ずつ挟む

「そんな事言う人…」

真っ白なスケッチブックの上を
大量の色鉛筆が凄まじい速度で所狭しと踊り狂う

「舞!北川!見るな!伏せろ!!」

「嫌いです」

祐一の叫びは、栞が左手のスケッチブックを
祐一達の方へ向けるのとほぼ同時のタイミングだった

それから起こる事の恐ろしさを知っていた祐一は
叫ぶと同時に勢いよく地に伏せ、頭を抱え目を閉じた
舞は何も知らなかったが、とりあえず祐一の声に従って
素早く目を閉じて伏せてみた
北川も同じように何も知らなかった
しかも、それに加えて熱暴走していたので
「美坂って言い方もアレだよな、奥さんなんだから
か、香里…って呼び捨てにすんのも…アリだよな!?」
などと白昼夢の中で寝言をこいていたため
不運にも文字通り、『恐怖』を見る事となった

「!!!!!!!!!??????」

暗闇の中、祐一と舞が聞いたのは
声にならない、息を吸い込むような悲鳴、そして…

「うげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

苦しそうなうめき声
冷たい地面にビシャビシャと液体が巻き散る音
何かがその上に倒れ伏す音
そして、その後に訪れる無音

「…祐一、もう目を開けていい?」

その気配にただならぬ何かを感じたのであろう
未知の異常事態に対し、舞は冷静に、既知者に判断を仰いだ

「あぁ…もう大丈夫だ…」

祐一は、冷や汗を拭いながら
ポケットにスケッチブックを無造作に突っ込み
軽く頭を下げて無言で去ってしまった栞を見送っていた

『目から入る猛毒』

俺は栞の画いた絵をそう呼んでいる
毒とは何も口から内臓に入るものだけを指すのでは無い
コンピューターウィルスのように、情報だけの毒もある
栞の絵というものは、正にそういう毒情報の塊なのだ

三次元空間ではありえないほど歪んだデッサンは
見た人間の方向感覚を惑わし、三半規管を狂わせる
悪魔からの啓示を受けたとしか思えない色彩のバランスは
見た人間の心理を犯し、確実に精神に異常をきたさせる
奇跡のような匠さで仕上げられたその悪夢の絵画は
見た人間の目に焼きついて、脳を灼く

俺も始めてあの絵を見た時は
まともに立ち上がる事も出来なくなるわ
不快感やストレスで胃に穴が空きそうになるわ
挙句の果てに数日間何を見てもあの絵を連想してしまい
秋子さんの治療が無ければ精神病院送りになっていたところだ
…まぁ、治療っつってもジャムなんだが…毒を以って毒を制したのだろう

とにかく、そんな栞の猛毒絵だ
風邪で体が弱っている北川ならば
下手をすれば即死まであったかもしれない
しかし、そんなものまで出させるとは…

「北川の奴、よほど凄いエロワードを連呼していたに違い無い…」

祐一は色んな意味でゴクリと唾を飲み込んだ
そんな祐一を見て、舞はやはり祐一もセクハラだと思った


普段はガヤガヤと喧しい観客席にも
今日は人っ子一人座っていない
久瀬のアホらしい趣向のために
他の場所からモニター視聴しているらしい
静けさと寒さがいつもとは桁違いだ
そんな中、祐一はファイトの席につき
隣に座っている栞と対峙していた

「今度こそ聞かせてもらうぞ栞
なんでフードファイトに参加したのかをな
今度はさっきみたいにはぐらかされないからな」

強い口調で言うが
さっきははぐらかされたと言うより
ただビビって声をかけられなかっただけなので
口調が強ければ強いほど、哀れで滑稽に見えるだけだった
しかし、栞はそんな祐一を哀れむ事も、嘲る事もせずに
ただ一言、暗い声の調子でぼつりとつぶやいた

「…祐一さんも北川さんと同じですね」

「…はぁ!!?」

祐一は心の底から驚愕した
栞がこんなに酷い事を言うとは思わなかったからだ
自分と北川が同じ?どこがだ?どこに類似点が存在する?
まだネズミやゴキブリと兄弟だと言われた方が納得できる
祐一は涙目になりながら栞を叱りつけた

「栞!お前言っていい事と悪い事があるだろうが!!
俺がこの言葉を苦に自殺したらどうするつもりなんだ!?
だ、大体、俺と北川のどこが同じだって言うんだ!!?」

祐一はショックでいっぱいいっぱいになりながら騒ぐが
栞は何の返答もせずに、ただ黙ってテーブルの上のアイスを見ていた

「おい、栞!何とか…」

祐一がそう言いかけた時
ファイト開始の合図のベルが
けたたましくファイト場に鳴り響いた

「しまっ…!!」

慌てて祐一はスプーンを握り、目の前のカップアイスを引き寄せた
出遅れ…チャンプとして、ありえるはずが無い凡ミス
栞の心無い一言による精神的動揺が生み出した、痛恨のミス

しかし

これはいつものような強敵との試合では無い
一つ年下の、しかも病弱な女の子との試合なのだ
前回のような人智を超えた超常現象もありえない
ましてや、栞には勝たねばならぬ理由も無いはずだ
どうせ冬にアイス食ってるとこ見ただけで決めた
久瀬の人選ミスだろう、そうだ、心配する事は無い
もしかしたら、1ラウンドでギブアップするかもしれない
落ち着け、そうすれば負けない、負けるわけが無い
そうとも、俺が栞に負けるはずが無いじゃないか

自分に強く言い聞かせ、祐一は食事に集中した
隣でつぶやいた栞の一言に気付かないほどに

「…そうやって、他人を見下している所ですよ…」

やがて第一ラウンド終了の合図鳴り響き
祐一と栞はそれぞれの控え室へと戻った
二人の食べたアイスの数は同じく13
だが、この数字には大きな違いがあった
栞は同じペースで食事を続けていたが
祐一は第一ラウンドからペースが落ち始めていたのだ
控え室で祐一は、舞から借りた上着を羽織り
ガタガタと小刻みに全身を震わせていた

{く…久瀬の野郎…
何も控え室にまで冷房効かせる必要ねぇだろうが…
クソ…もう歯の根が合わなくて喋る事もできねぇ…}

体の外と内から急激に冷やされたのだ
この責め苦はもはや拷問、いや地獄に近い
外気の熱気から極寒の不意打ちを食らった祐一は
汗を急激に冷やされたため、もう低体温症寸前の状態になっていた

舞は、そんな祐一を心配そうに見つめ
北川は、冷たい通路でゲロの海に沈んでいた

「舞…祐一さんのご様子はどうですか?」

ドアをギィ、と音をたてて開けて心配そうな表情の佐祐理が現れた

「佐祐理…?
…見ての通り、かなり辛そう…
佐祐理も、生徒会長室に戻った方がいい…」

心配そうに舞が佐祐理に言う
上着を祐一に譲っているとはいえ
冬の夜の学校の寒さも平気だった自分でも
この極寒の場に立っているのはかなり辛いものがある
常人がここに長時間いれば、風邪をひくぐらいではすまないかもしれない

しかし、佐祐理は
首を横に振ってその忠告を拒否する

「いいえ…祐一さんも辛い思いをなさっているのですから
佐祐理もただヌクヌクと温かい部屋で傍観するワケには参りません
佐祐理にも…ここで最後まで見届ける義務があります」

でも…と舞はまだ心配そうに佐祐理を見るが
佐祐理の決意が固い事を知ると、佐祐理の手に
外で買ってきた温かい缶コーヒーを握らせた
祐一も何本かすでに飲んでいたのだが
飲みすぎるとファイトに支障が出るため
今は手に握るだけでその熱を得ているのだ
佐祐理は、にっこり笑ってそれを受け取り
ありがとう、と一言、そしてさらにもう一言付け加えた

「それに…
あそこにあれ以上いて伝染されたくありませんし…」

舞は一瞬その時佐祐理が見せた
遠くを見るような冷めた目に驚いたが
すぐに何を見てきたのかを理解し
その事に対しての追求は一生涯する事が無いだろうと確信した


「くくく…相沢君
そこはさぞやお寒いだろうねぇ…
だが、ここは違うよ、温かい、凄く温かいよ」

モニターに向かって久瀬が呟く
その顔はニタニタといやらしい笑顔で歪んでいた
この真夏に寒さで苦しみながらアイスを貪る祐一の姿は
久瀬の目にはたまらなく惨めで、無様で、そして滑稽に写っていた
そんな祐一の姿を見て、久瀬は悦に入っているのだった
こんなに愉快な気分になったのは何時以来だろうか?
なんて素晴らしい作戦を考えついたものであろうか
祐一の敗北が確定するまで、祐一の苦しむ姿が見続けられる
勝利も待ち遠しいが、今の愉悦も長く楽しみたい
結果も過程も思う存分堪能できる、まさに至福の時であった
久瀬は、幸福を味わうかのように、お茶を音を立ててすすった

「…ふ〜、こんな美味い茶は初めてだよ
相沢君、知っているかね?
といっても無学な君は知らないだろうけどね
天国というのは美しい美女のいる年中暖かい春のようなところと言われているんだよ
対して、地獄の中には八寒地獄という、極寒の責め苦が存在するんだ
分かるかい?まるで今の僕達の置かれた関係みたいじゃないか
僕は温かい天国で君の苦しむ姿を美しい佐祐理さんとともに見下す
君は極寒の地下で苦しみ続けるんだ、天国に思い焦がれながらね
辛いかい?辛いだろうね?しかしそれも当然の事なんだよ、君は僕の意向に逆らった、僕に損をさせた、僕に恥をかかせた、これは言わば罰せられるべき罪なんだ、忌むべき大罪なんだ、罪を犯せば地獄に落ちる事は当たり前なんだ、悪は地獄、正義は天国、これは世界の法則であり、保たれるべき秩序なんだ、今さら罪に気付き、どんなに救済を懇願してももう遅い、君は地獄に落ちてしまった、責め苦は、刑罰は執行されてしまった、罪に相応しい罰が与えられるまで君は苦しみ続ける義務があるんだ、そうだ、これは果たさねばならぬ罪人の義務なんだ、悪いのは君なんだ、罪人は罪人らしく罪を償い、苦痛にあえぐべきなんだ、そんな当たり前の事にも気付かずに罪を重ねてしまったんだから、君は実に愚かだ、愚劣極まりないとは正にこの事だ、このような罰を与えられるという必然も分からずにこの学園の神とも言うべき僕に対し反逆の罪を犯したのだからね、いや全く、無知は罪であるとは良く言ったものだと思わないかね?地獄の囚人君?」

一息にそう言い放ち
久瀬は狂ったように笑い出す
ちなみに、壁にかかっている温度計によれば
この部屋の現在の温度は37度

…温度計の故障では無い
本当にこの部屋の温度は37度あるのだ
さらに加えて、久瀬は今現在、どてらを何枚も着込み
手袋に耳当て、厚めの生地のスリッパまで履いている
そりゃ佐祐理もこんな場所にはいたくないだろう
馬鹿が伝染したら大変だ、何しろつける薬が無いのだから
久瀬はいつの間にか佐祐理が部屋から出て行った事は愚か
全身から滝のように流れ出している汗にすら気付いてはいない

余談だが、地獄には八寒地獄以外にもたくさんの地獄があり
中でも最も重い地獄と呼ばれているのが有名な無間地獄だが
その次に重いのが、大焦熱地獄と呼ばれる業火の地獄だったりする


「お前、少食じゃ無かったのか?
そんな無理してまで食う事無いだろうが
風邪引かないうちにやめておけ…だそうです」

ニコニコと笑顔を崩さずに佐祐理が栞に向かって言う
歯の根が合わない祐一がまともに会話できない状態なので
栞を説得するために、佐祐理に通訳を頼んだのだ
もっとも、通訳とは言っても、祐一はただガチガチと歯を鳴らすだけなのを
歯のぶつかるリズムや微妙に開閉する口の動きの法則を読み取り
それでも足りない分は、祐一の言いたそうな内容と口調を推理する
もはやテレパシーと呼んでも過言では無いほどの通訳の高みだ
舞との会話を3年以上続けてきた佐祐理ならではの特技である

「大丈夫です、祐一さんほど無理はしていませんから」

お生憎様、とでも言うように栞が返答する
そして、ポケットに手を入れて何かを取り出す

「それに、私にはこれがありますから」

栞がポケットからゴソゴソと何かを取り出し
祐一と佐祐理はその取り出されたものをいぶかしげに見つめる
栞の手に握られているのは何とも言い難いほど怪しげな黒い小瓶
ラベルに唯一プリントされているのは、ドクロの絵{恐らく栞の手書き}
それが市販されているものでない事は、火を見るよりも明らかだ
ドクロの絵に目眩を覚えながら、祐一がソレの正体を栞に尋ね
佐祐理が通訳する…この絵を初めて見ても笑顔を崩さない精神力は神の領域だ

「コレは私が調合した最強の胃腸薬
名付けて『ハングリーマーメイド』
水分の吸収力を極限まで高めてくれるため
アイスのような水分の多い食材には効果抜群です」

自信満々に栞は微笑み
そして親指で自分をビッと力強く指差す

「私の胃袋は海です
いくら祐一さんがチャンプに相応しい胃袋を持っていたとしても
所詮は人間の胃袋、母なる海には勝てるワケがありません…
この言い方、ドラマの主人公みたいだと思いませんか?」

そう言って栞は人差し指を唇に当てる
口調やその笑顔はまるで無邪気な猫のようだ

しかし

栞の言葉を聞いた瞬間、佐祐理の体がぶるっと震えた
寒さのせいだけでは無い、その事に佐祐理は気付いていた
そして、確信した

久瀬がこの娘を選んだのは間違いでは無い
この娘からは得体の知れない迫力を感じる
今にも獲物に飛び掛らんとする猛虎の迫力だ
祐一や、親友である舞にも引けを取らない迫力
半年前まで重い病にかかっていたとは到底思えない
その情報すらも久瀬のブラフではないかと疑えるほどに

佐祐理の心配そうな視線の先には
歯を鳴らしながら体を丸め、熱が逃げるのを必死に防いでいる祐一の姿があった

「もうすぐ第二ラウンド開始の合図です…
部外者は退場するのがルールじゃ無いんですか?」

栞が時計を見ながら佐祐理に向かって言い放つ
まるで勝利をすでに得ているかのように自信たっぷりに
佐祐理は栞のその言葉で我に返り、ハッと気付いた

「分かりました…」

そう言って、軽く息をつき
佐祐理は栞に向かって
これが本家だと言わんばかりの笑顔を見せ
そして栞に向かって言った

「確かに、お前の胃袋は海程度だな」

今までの丁寧な言葉とは全く違う強い口調に
栞は驚いて佐祐理の顔の方を見やる

「海に住む人魚じゃ知らないかもしれないが
この世には海よりも広く、大きいモノがある」

違う、この言葉は佐祐理の言葉では無い

「教えてやるよ、人魚姫」

これはただの通訳、そしてこの言葉を本当に紡ぎ出しているのは…

「俺の胃袋は宇宙だ…です」

栞の視線は、すでに満面の笑みの少女の顔にではなく
その隣に座ってガタガタと震えながらこちらを見ている
まるで獅子のような覇気を発する瞳を持った少年にあった



…………………続く………………