カナートとは、中近東の井戸のことです。横に伸びた地下水路があり、ある間隔を置いて井戸が地下水路に向かって掘ってあって、井戸どうしが繋がっているのです。新疆などではカレーズと言うそうで、そのほうが聞き知った言葉かもしれません。実はこの文章を書く数日前に、勤務先の社内セミナーにて、スピーカーのある役員が自分の思考方法をそのカナートにならって、命名していたのでこの言葉を知ったのでした。つまり井戸は自己の専門領域を指し、範囲は狭いが深堀してあるのです。一方地下水路は横に薄く延びていて、隣にある井戸は他人様の専門領域と地下水脈で繋がっている状態を指します。つまり自己の専門領域を深めていくと、地下の横に伸びる水路まで到達する。そうして初めて、他に掘られた井戸に繋がることができるようになる。人間一つでも専門性があれば、全く別ジャンルの専門家と、互いの専門性の深さという通底感にて連鎖が可能になり、また互いの専門性の情報や知見の価値を認めあえるからこそ、情報の交換や知見の共有が可能になるという例えです。また知らない分野のことでも、自己の専門領域をベースにアナロジカルに類推していけば、理解がたやすくなるという思考の仕方でもある。スピーカーの役員さんの専門領域というのは歌舞伎と日本酒(蔵本探訪)でして、たいへん文化性の高いものであり、私の飛行機・プラモデル趣味とはさすがに次元が違うのですが、それでもいわゆるマニア、おたくとしては、大変共感できるものでした。
なぜなら、私自身はいままで(胡桃のような脳味噌ではありますが)、自分のものの考え方を逆T字型思考だと思ってきたからです。底辺には一般教養が薄くてもいいからなるべく横に拡がり、どこか一点でも専門性が高い分野を持っている、ということです。上記の話を聞いて、この逆T字がレゴブロックのように繋がれば、カナート型思考になるんだな、と膝を打った次第。
しかし、これを私自身について趣味の飛行機、模型に置き換えて見ると、ルフトヴァッフェに関しては多少の知識はあるので一応は専門領域と言っているのですが、そうそう深堀している訳じゃなし、逆に一般的知識の薄いこと、この上無い。英国機や露仏機、あるいは第一次大戦や現用機のことなど何も知りませんし、あるいは飛行機のメカニズム一般なども知らないことだらけ。最近は、地下水路にあたるインターネットというツールが出来、便利にはなりましたが、カナート式で言えば、自己の専門性が高くなければ、他の専門領域をお持ちの方からは、つきあうの値しない奴、と直ぐに看破されててしまうでしょうから、長くつきあってはいただけませんね。
もうひとつ、思考法ではなく「指向性」または「志向性」について。これも最近逆T字型になってきたと思うのです。つまり下部の横棒は、例えば地上波テレビのような専門性は薄いが大衆性の高いメディアへの接触。早い話が、今流行のものは一応押さえておこう、という情報接触指向。垂直の棒は、ネットやモバイルによる、限定された目的での検索行為。ググってなにかについて調べることや、価格コムで店頭小売り価格のチェックをするとか、あるいはカリスマブロガーの話を読んでみる、各種ポータルサイトのマイレビューをざざっと読んでおく、などのことです。最近は購買心理プロセスもお馴染みのAIDMA原理に「サーチ」という項目が加わっております。
プラモデルにおいてもしかり、たいがいの専門誌というペーパー媒体がテレビのように娯楽性は有るものの専門性がどんどん薄くなり、最新かつ濃い情報や知識はインタラクティブな領域にどんどんシフトしていっています。一時、模型誌は出戻りモデラーを含めたエントリーユーザー向けメディアでしか部数確保が出来なくなるのかな?と思っていましたが、それより今一般的な流行を押さえておくツール、という位置づけの方が実状に合っているかもしれません。マニアはペーパー媒体に過剰な期待をしちゃダメなんですね。だってライターの多くは知人であり、編集さんは我々中年モデラーより若く知識水準は年齢相応という場合が多いのですから。
ま、堅い話、野暮な話は置いておくとしても、サン・テックスの「星の王子様」に出てくる狐さん(あれ、フェレットじゃないのかなあ?)のバックに見える砂漠の井戸、あれも多分カナートじゃないかと思うのです。狐さんになった積もりで井戸を覗きこみ、隣の井戸に想いを馳せるのもまた一興ではないでしょうか?
2006.02.26