Genius153  まぼろし


 大げさに言ってみれば。
 何が起ころうと、それこそ天地がひっくり返ろうと、手塚が負けることはないと思っていた。そう思っていた自分に気が付いた。オレは、打倒手塚に誰よりこだわってきたはずなのに。
 どれだけ長いタイブレークだろうと。跡部がボールを返すごとに息をのんでいたとしても。
 勝つのは、手塚のはずだったのに。
 どうして、あのボールは戻らなかった。


 みなが、手塚に駆け寄る。何を言っても氷帝の声に掻き消されるような状況、手塚はオレにはどうにも薄っぺらく聞こえる言葉のひとつひとつに頷き返していた。
 そうしてオレはと言えば、その薄っぺらい言葉の一つも口にすることが出来ずにただ突っ立っていた。動いたら、足元が割れて崩れてしまいそうだ。
 だって、手塚が負けることは有り得ない、有り得なかった。
「乾センパイ」
 後ろから、名が呼ばれる。皆がフェンスに鈴なりになっている中、オレの後ろに居る奴なんて珍しいと思ったがコイツならそれもそうかと思いなおす。海堂薫。後輩。ダブルスのペア。いつ、彼がランニングから戻ってきたのかが分からない自分にフト気が付いた……不甲斐ない。
「……やあ、海堂。驚いたね」
 海堂は、二段ほど上でオレと同じく突っ立っていた。相変わらずの猫背。そして、自分から声を掛けたくせにコチラに顔を向けないのも相変わらずだ。じいっとコートを見つめたまま、ほんの一瞬だけチラリと目を動かしてオレと目を合わせた。こういう仕草が怖いと言われる原因だと、教えてやっても直そうとしない。
「手塚の勝つ確率が高いと予想していたんだがな……肘、か。いつまでも、引き摺るもんだな」
 意外だったよ。
 そう言葉に出してみると、自分の至らなさを益々感じる。何も言わない海堂が見つめるコートは、さっきまでの熱が嘘の様にガランとしていた。周りの歓声が大きければ大きいほど、その無人の空間は冷えて見える。
 あれほど死力を尽くした試合も、終わってしまえば数字しか残らないのか。データを軽んじる気は全くないが、我ながら可笑しいくらいに切なくなった。
 視線を固定したままの海堂も、同じだろうか。無人の冷えた空間に、さっきの凄まじいまでの試合を思い起こしているのだろうか。少し見上げる位置にある海堂の表情は、相変わらずだ。怒っているような、無表情。
「センパイ、越前の相手って、どんなヤツですか……あの、キノコみたいなヤツ」
 言葉と同じく前触れなくスイ、と持ち上げられた手は氷帝のベンチを真っ直ぐに指し示した。氷帝の監督に頭を下げて、歓声に交じってよく分からないが恐らく向日くんや宍戸くんに激励を受けている。彼は。
「ああ、日吉若くんだ。2年生で準レギュラー」
「どういうプレイするんスか。越前、勝てますか」
 海堂は間髪入れずに尋ねてきた。海堂に聞かれてオレは自分が舌足らずだったことに気付く。こちらに背を向けている日吉くんをギリ、と睨みつけて海堂の眉間にはまたシワが寄った。
「越前勝つんスよね……オレら、まだ戦えますよね」
 一言一言、かみ締めるように。海堂はオレに尋ねるというよりも寧ろ自分に言い聞かせるように言葉を連ねた。日吉くんに向けていた視線を再び無人のコートに戻す。海堂がそこに見るのは、手塚ではなく越前か。あるいは、海堂自身と、オレなのか。
「負けっぱなしで終わるなんで、冗談じゃねえ」
 海堂が吐き捨てる言葉は呆れる程に利己主義的だ。
 それが海堂の本心なのかポーズなのかはどうにも分からない。しかし越前が、青学が勝つことを切望しているのは痛い程に伝わった。手塚が負けたこと、多くの部員同様彼もそれには少なからず動揺したのだろうが拘泥する気は全くないらしい。
 ただ自分と青学が勝つこと、それだけに縛られる海堂はだからこそ、誰より柔軟で打たれ強い。強いのだ。
 そしてオレは弱い。
 ああ弱いな、と自分が納得した。どれだけデータを整えて体を鍛えて技術を磨いたところでオレは弱い。
 弱いな、ともう一度思った。コトンと言葉が胸に落ちる感じ。

 とたん日吉くんのデータが頭に連なった。

「海堂、ちょっと悪いけど」
「……越前、勝つんスよね」
 海堂は、コチラを見ない。しかし見ているのは無人のコート、次のオレ達の試合。
「勝つよ」
「じゃあとっとと下行ってアイツにデータ披露してきてクダサイ」
「そうします」
 おどけて言うと海堂は舌打ちをした。それ以上の反応を引き出せないまま、オレは海堂から離れる。そして何段か降りたところで背中から一言。
 もっともだとオレは笑った。




あまりに(薫さんの)出番がないためこんな形で感想。というか妄想。
まさか手塚さんが負けるとは……さすが主人公不明のテニスでも●ヶ月リョーマさんの見せ場ナシはアウトというコトでしょうか。
「お待ちかね!ついにリョーマが登場だ!!」て誰も待ってねーての。つーか「100%の才能と120パーセントの努力」。わかんねーって。

本編の動揺のあまり枝葉に逃げてますワタシ、いかんいかん。
でも手塚さんが負けるなんてマジに信じられません。肘は盛り上げるための演出だとばかり。
111ページの荒井のように青ざめました(気分だけだけど)。
そしてアトベたまがエライ格好良くてそれはいんです素敵なんですが、しかし。
負けて「何故だああああああっ!」とやるアトベたまが見たかった。
残念だ。

途中のモノローグらへんが最終回ぽくてビビリました。


バック