透けるような思い、それは。 20020923
跳ねるように目の前を通りすぎて、目標に後ろからばふっと乗っかった。バランスを崩してよろける彼を笑って、怒ったような表情になる所を笑顔で宥め、押し黙る彼にめげずに話続ける。ニコニコとひどく明るく楽しげな相手に釣られて、彼はフと口元を綻ばせた。照れたような控えめな笑顔。 (お……) なかなか見れないソレに乾はひとり、驚く。反射的にノートを開きガリガリと現状とそれに至るまでの過程を書きとめ、さて考察に入ろう、とした。が、それよりも進行形の今を観察しておくべきだということに気付く。 乾は再びひとりで焦って二人を探す。しかし、さっきの場所に彼らは居らず焦りまくって左右を見渡した。と。彼の笑顔を引き出したそのヒトが、隣でコチラを楽しげに見上げて笑っていた。彼に向けたのとは大分違う、ニコというよりニヤの笑顔。 「……英二」 「はあいv」 可愛らしいが可愛くないお返事。見上げる目がアカラサマに俺の反応を楽しもうとしている。その意図は分かっていても、聞かずにはいられないのも、しっかりお見通しらしい――是非、大石辺りにコイツの本性を教えてやりたい。 「英二クンは先ほど海堂クンと何をお話されてたのか教えて下さいますか?」 「大切なお友達の乾くんのお願いなら、もう何でも教えて差し上げましょう。ところで乾くん、部活の後ってハラ減るよね」 「……分かったから。マックでいいだろ?」 えー奢ってくれんの?乾やさしーありがとお、でもどうせならモスがいい。なんて白々しく図々しく、しかしあくまで可愛らしく英二は言ってのける。兄弟多いニンゲンというのは、どうにも世渡りが巧いというかか心臓に毛が生えてるヤツが多い気がする、と乾は小さな敗北感を普遍することでごまかした。 「乾って、体毛濃いくせに心臓の毛はだけは薄いよな、確かに」 「……あ?」 ソレは一体どういう意味だろうか。かつ体毛濃いってのはすっげえ余計なお世話なんじゃあないんだろうか。という以前に、なんでオレの内心読んでるんだろう、コイツは。乾が少々ばかり動揺し混乱しうろたえ額にじんわりと汗を浮かばせたその間に、菊丸はスルリと脇を抜けてどこぞに行ってしまう。 「あ、おいコラ英二、約束!」 「部活の後にゆっくりねー!」 菊丸は後ろをふりむりブンブンと腕を振りながら走り去っていった――コート内の、目と鼻の距離だが。菊丸の行き先はといえば、今コートに入ってきたばかりの新部長・副部長コンビ。彼がどちらに用があるのかなんて、笑えるほどアカラサマだ。自分とイイ勝負にアケスケ、と乾は笑った。尤も彼(あるいは彼ら)は隠そうとも思っていないどころか公表したい位らしいので、乾とはスタートからしてカナリ違うのだが。 部活前、適当に散って遊ぶなりダベるなりしていた部員達が、入ってきたばかりの手塚と大石の周りにわらわらと集まりだした。菊丸に邪魔されてチェックが外れていた彼も、しっかりまばらな人だかりに入っている。今まで自主トレか何かしていたらしいのが、乾にも見てとれた――彼の周りだけ、熱い息が白い気体となって周囲に散っていた。 (…筋トレ、かな) 体力作りに地道な筋トレが有効なのは確かだけれども、ただ闇雲にやるだけではテニスに適した筋肉はつかない。さらに、ここ数ヶ月で急激に背が伸び、今も記録更新中の彼には、筋肉と付けすぎることは必ずしも良い事ではなかった――下手をすると、骨の成長を阻害外する可能性がある。彼にはきちんとしたメニューが必要だな、と思いながら乾は人だかりに交じる。そして、彼の横顔と体の一部が何とか見える位置を確保して。 大石が話す、昼休みの打ち合わせどおりの話を聞き流しながら、乾は手足ばかりが妙に目立つ、栄養が全て身長にいってしまっているのじゃないかと思わせるアンバランスな体をながめた。むき出しの手足は、けっして痩せている訳ではないのに筋肉の流れがはっきりと見て取れる。必要以外はこそぎ落としたようなイメージは、真面目な新米副部長の話をこれまた真面目に聞く横顔にも共通していた。いそいで子供を抜け出した痩せた頬が、目尻が上がった目を大きく見せて、それが彼を妙に近寄りがたい風にしていた。固く結んだくちびるも、その風情を強調する。 彼は無駄な馴れ合いが嫌い。 彼は目的だけしか見えてない。 彼には強くなることだけが大切。 入部してもう一年が過ぎ、既にレギュラーの地位も確保し数日後には先輩の立場に立つというのに彼は未だ部内で孤立しがちだ。それは決して悪意からではなく、彼が孤独を好むだろうと周囲が気を使った結果で(まったく気を使わないツワモノ、例えば英二や桃城といった奴等も居るが)、実際、乾も気を使ったひとりだった。 しかし、英二や桃城が彼を構うのをよくよく観察してみれば、彼は確かにうるさそうに煩わしそうに対応するものの嫌がっているというコトはなかった。そして彼が二人を煩がるのはコミュニケーションの度が過ぎているからであり、短い沙汰などでは表情を緩めることも少なくはなかった――先ほどのように。つまり、彼が自分から人を遠ざけているのではなく、その生真面目な言動と安定に欠いた容姿が彼自身よりも多少過剰なイメージを作ってしまったというところなのだろう。 大幅に違っているのではないにせよ、個性を誤解されたまま人だかりの中でも微妙に外れた位置にいる彼が、乾にはすこし憐れに感じた。 話し手が交代して手塚が前に出る。部長になりたての緊張など微塵も感じさせず(あるいは感じていないのか)淀みなく話す手塚を食い入るように見つめる彼を、乾もまた見ていた。そして考えていた。ここのところ、彼ばかりを見て考えている自分に気付かないで。 |