運命の人 20020402
岳人と組んで、はじめて負けて。 この試合が中学最後だったか、と思うと酷く笑えた。 目の前のコートでは鳳と宍戸が試合を優位に進めている。沸く部員たち。オレ等のせいで静まり却っていた彼らを煽り立てたのも宍戸だった――皮肉なモノだ。不動峰戦に破れもうオワリだと思われていた宍戸は今、こんなにも期待を集めている。役目を果たせなかったオレ等とは違って。 上の方のベンチに座り、ぼうっとしていた。近づいてくるヤツは居ない。またも哂えてきた。当たり前なのだ、一体だれが敗者に声を掛けるのだろう(最もソレをやりそうな唯一の二人は試合中だ)。というか掛けられてもウザイ。第一、みんなダブルス1の試合に夢中だった。 岳人は下のベンチで、跡部の隣で真剣に試合を視ている。つよいんやなあ、と思う、我が相方ながら。どうして今、跡部なんかの隣に居られるのか、俺には分からない。絶対に居たくない。試合なんか、見たくもない。嫌な感情でめちゃくちゃになってしまいそうだから。 鳳のサーブのみで、あっさりと1ゲーム取った。愕然としている青学ペア。お気の毒さん。一度地に付いた宍戸の迫力は、今、凄まじいものがあるし、宍戸信奉者の鳳が彼と組んだペアで気を抜くとは思えない。その証拠に、アイツ等はちょっとしたタイムの間にもずっと何か言葉を交わしている――おそらく、相手ペアの癖とかこれからの戦術とか。会場に来るまでの電車の中でもひたすら話し合っていたというのに、熱心なコトだ。しかし、その気合がアイツ等とオレ等を分けたのかと思うと自分に歯噛みしたくなる。相手をなめていた、そのコトが敗因だというのはよく判っているのだ。 見ていたくない、はずの試合を必死に見ていた。鳳の表情とか宍戸のカバーとか青学メガネの采配とか黒髪のショットとか。もうチャンスはないと分かっていても止められないのは愚かだろうか。 愚か、かもしれない。俺は、その時岳人が下から見上げていた、なんてコトにすら全く気付かなかった――岳人がひたすらに自分自身を責めていたコトにすら気付かなかった。 試合が終わって、ミーティングを終えて。跡部は考えたこともなかったろう、自分達が全国で競うことなく引退するだなんて。解散の後、ばらけていく部員たちをながめ、どうしても口の端が嫌な感じにつりあがる。手塚に敗れた跡部も同じような表情をして樺地をひきつれていた。というか、今、すっきりと完結した顔をしてる3年レギュラは宍戸ぐらいなものだった――単にバカなだけかもしれないが(コイツの場合ありうる)。 「ゆーうしっ!」 声と共にやってきた突然の衝撃を背に喰らい、思わずつんのめる。岳人。 「うわあっ!!揺れんなよビビルだろ!」 持ち前の身軽さで人の背中に飛びついてくる。いつもなら余裕で受け止めてやるオフザケだが、流石に今日ばかりはムリがあった。怒られても、非常に困ってしまうのだが岳人に言っても無駄なのはよく知っている。そんなことより今は、岳人が普段と変わらないコトが嬉しかった。自分のように沈んでいないコトが。決してプライドが傷付か無かった訳でも負けた事の意味が分からない訳でもないのに、自分のスタンスを変えない岳人にほっとした。 「ま、いーや。帰ろーぜ?侑士もバスだろ?」 「せやね」 岳人を背中にくっ付けたまま歩きだす。ラケットの重さも加わって結構ずっしりきたが、いつものようにひっぺがす気にはなれなかった。背中に感じる体温は暑かったが酷く落ち着く感じがしていた。苦しい体勢なのに、岳人も離れようとしない。肩から首に回された岳人の手は、俺の制服をぎゅっと握り締めていた。しわが付くなと思っても、今はやめろと言いたくない。くっついていたいのは俺のほうだった。 他のバス組部員ももう皆、ひとつ前ので帰ってしまったようだった。オレ等の他の乗客は2・3人で、後部座席の広いシートを二人で占領してしまう。前の座席の陰になっている部分に二人座った。もちろん岳人が窓側で荷物は俺の隣にやってしまう。 しばらくしてバスが動き出すまで、お互い黙り込んでいた。話をせな、と思いながら口を開くのは怖かった。これからするのは、不可欠だが死ぬ程痛くて嫌な話だ。見下ろした岳人はじっと外を見ている。長めの前髪が影を落として表情はよく分からなかったが、岳人はかるく唇を噛んでいた。 バスの揺れで小さく動く岳人の小さな体――俺に較べれば、という話だが。まっすぐに切りそろえられた髪のみが大きく揺れていて、いつもよりずっと幼く見えた。 「ごめんな」 出し抜けに岳人が言う。視線は窓の外を向いたままで、あいかわらず口元しか見えない。言った内容よりも、まっすぐ目を見て話す主義の岳人らしくなくて驚いた。太ももの脇に投げ出されていた両手に力が入るのに気付く。こちらが口を開くより早く、岳人は続けた。 「今日負けたのって、オレのせいだ。オレがなんも考えないで飛ばしまくったから後半菊丸にやられた」 違う。 「相手が大石じゃなかったから、甘くみてた。絶対負けないと思ってた。もう一人の…なんだっけ、あの二年なんて余裕だって。菊丸だって結局大石がいなけりゃ動けないって思ってたよオレ」 それは俺だ。俺がそう思っていた。だから、隙が生まれた。 「本当に、悪い、ただ……」 だから、違うんやって。そう言いたいのに上手く声が出なかった。ただ淡々と自分を責める岳人が悲しくて自分が不甲斐なかった。喉元にせり上がる感じがして顔が熱くなる。違うのだと、岳人に言いたい。自分が彼に謝りたい。自分の戦略が甘かったのだと教えてやりたい。岳人の言葉を遮るため、握り締められた岳人の手に手を重ね、上から被せるように強く握った。岳人の体がびくり、と竦んだのに構わず口を開く。違うのだと、悪かったと言うために。 「……、クッ…」 「侑士?」 どうしても声が出ない。此方を見上げた岳人は酷く驚いた顔をして、その後に似合わない苦笑を浮かべる。空いているほうの手を伸ばして、俺のメガネを奪い取った。そのまま胸に頭を押し付けてくる。何事かと思った。 「誰も見てないしオレ見ないし。エンジンうるさいから誰にも聞こえないし。とっととスッキリしちまえよバカ」 岳人はバカ、ともう一度、繰り返した。胸に押し付けられた岳人の頭の、規則的に揺れる髪を見ていたら視界がにじんできた。本当にバカのように涙が出てきた。涙が溢れるのと一緒に喉のつかえが取れた。岳人の手を一層力を込めて握り、そのまま思いを吐き出す。また、バカだと言われた。そうかもしれへんわ、と応える。 お互い顔を伏せたまま、へ、と笑った。 落ち着いた後も、しばらくそのままでいた。見下ろした岳人の髪が左右に揺れるのが楽しいと言ったら、お前の髪も揺れてるだろと返される。気付いてなかった。岳人に笑われる。今は、下らない会話が楽しかった。 岳人が下車する停留所がアナウンスされ、ボタンを押してやる。びー、という音にようやく岳人は自分の家が近いことに気付いた。 「ありがとう。」 顔をあげ、じっと目を見て礼を言われる。いつもの岳人にほっとして笑う。しかし岳人はそのまま此方を見上げたままでいた。 「どしたん?もう降りな」 ハイ、とテニスバックを渡すと岳人は黙って受け取った。そのまま斜めにバックをかける。ラケットが二本入るそれは岳人の体には少し大きすぎて、どちらがどちらを持っているのか分からない。本当に子供のように見えて可愛かった。 停留所が近づく。席をずれて出やすくしてやった。岳人は手摺につかまりながら通路に出る。その間もずっと俺の顔を見ていた。岳人の行動は突飛で、二年ペアを組んでいても時々分からない。 「ホント、どうしたん」 「…………何でもねえよ。また、明日な」 バスが停まる。岳人はぱっと降りていった。おお、と帰した声は聞こえていたのかいないのか。バスの中からじっと見たが岳人は振り向きもせず家に帰っていった。バス停のすぐ傍にある岳人の家はデカく、大きなテニスバックを背負って入っていく岳人の体を余計に小さくみせた。 オレが落ち着いたら今度は岳人が不安定になってしまったようだ。申し訳ない感じがして心配になる。 (メール……じゃなくて電話、しとくか?) ポケットからケータイを取り出そうと腰を浮かせた丁度その時、尻の下でブルブルと震える感触があった。あんまりタイムリーでちょっと笑う。メールの着信を知らせるディスプレイには案の定、岳人の名前が表示されている。 (さっきの今で、一体なんやろーね) かなり心配になった。反射的に降車ボタンを押しそうになるのを理性で止めて、とりあえず本文を読んだ。 『 聞き忘れたんだけど 高校上がってもダブルス 組んでくれんの G.MUKAHI 』 組んでくれんの、だと。聞き忘れた、だと。岳人の本心が見える簡潔な文章に思わず笑った。なんでこんな当たり前のコトを聞いてくるのだろう全く。迷わずメニューボタンを押して返信する。送信完了しました、の表示を確認してケータイをしまった。 笑いが止まらない。 岳人が好きだと思う。自分が沈み込んでいる間にもう次にいっていた相方を純粋にスゴイと思う。自分の心配が検討ハズレだったことに笑い、きっと今頃岳人が首を傾げてメールの内容を実行し、ついで真っ赤になって叫んでいるだろうことを想像して笑う。ついでに変な電話しなくてヨカッタとも笑う。声を殺して笑う分、呼吸が変になりそうだ。 一人でクツクツやっていると再び振動を感じた。岳人からの返信。今度もまた簡潔すぎる程に簡潔だった。笑えて、本気で腹筋が痛くなってくる。 「もー……岳ちゃんサイコーやん」 彼と一緒に進むのは、きっと楽しいだろう。 大敗した日にこんなに幸せでよいのだろうか、とチラリと思った。跡部なんかに知られたらもう練習にすら参加させて貰えなさそうだ。笑える。 「ま、ええか」 もう、決して負けるつもりはない。 『スピッツのベスト版の11曲目、聴いてみい♪』 『大バカ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』 |
キリバンゲッター(500番)凪ちなむ姐さんに捧ぐ。
いかがでしょうか姐さん。砂糖吐いて頂けたら幸いです。
個人設定として氷帝の皆さん、行きは学校に集合して
(例の監督に挨拶して。笑)から皆で行って帰りは現地解散。
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