ステューピド. 20020504
例えば。 貴方が呼ぶ僕の新しい名前。 車を止めた一瞬後部座席から届く貴方のタバコの匂い。 ベットに落ちている貴方の長い赤い髪の毛。 隣の部屋で貴方が眠りにつく気配。 貴方が貴方が貴方が。 貴方に関わるる全てに鋭く反応する自分を知っている。否、知った。五分ともたないで空間に貴方を求めている。その痕跡にすら過剰に意識する。本当は、本物がいい。その声と体温が欲しい。血の色の髪も目も、貴方を象徴する要素だ――『あなた』が持つモノでないのなら何の意味もない。ただの、赤。貴方だから。その色は意味をもち僕を縛る。勝手に縛られているだけなのだが。もしこんな考えを貴方が知ったら錫杖をとりだして力の限り僕を縛る鎖を断ち切ってしまうだろう。ソレ自身が鎖を要素として持つものにも関わらず。だから決して言わないと決めている。決めているはずなんだが。 言いたい。 僕がどれほど貴方を求めているか、全部吐き出してしまいたい。 胸の中で何かが暴れる、鼓動が異様に速くなる。貴方のふとした言葉や仕草に心臓がどくん、と鳴って視界がぶれる。頭の奥がグラリとする。気を抜けば声さえ震えそうになる。もう、本当に過剰すぎる反応。貴方が知れば僕を怖がるかもしれない――貴方は、怖がることを怖がらない賢い人だから。 貴方は僕が好きだと言ってくれて僕の前で寛いで、笑って泣いてくれる。口に出して言われた事はないが僕を愛してくれてると思う。幸せだ。信じられない位の幸運だ。貴方の寝顔を見る度に、泣きたいような衝動に駆られるのはきっとそのせいだと思う。 それでも、僕の方がずっと深く貴方を想っていると言い切れる。 大切なモノを順番に並べたとする。貴方のリストでもしも僕の名前があったなら、それは一体何番目だろうか?全く想像もつかない。貴方は大切なものを沢山持っているから。沢山のモノとヒトを愛する事が出来る人だから。貴方が僕を愛してる事が本当でも、それは一部でしかないだろうから。そのことは、別に構わない。それが貴方だから。でも。 僕は、貴方だけだ。 自分の全てを貴方に向けている。昔はそれでも少し他に向かうべき物があった、花喃とか彼女の復讐とか色々と。でもそれらはもう終わってしまった。解決したと言うよりも自分の中でもうそっとしておいて良い物に変化した。そうしたら残ったのは貴方だけだった。 全身で貴方を追っている。 そう、言ってみたい。 「…・・・悟浄?」 弱く室内に響いた、八戒の声/悟浄の名。 決して大きな声ではない、微かな。悟空のイビキにかき消されてしまう位の。それでも、八戒が目的の人を気付かせるには十分なモノで。ごそり、と動く気配。床に寝ていた一人が体を起こしてベッドに背を持たせかける。ジッという低い音と、暗い室内に目立つ赤い点が生まれる。 「ナニ…?」 掠れた声と吐き出される紫煙。けだるそうに暗闇でも赤い髪をかきあげる悟浄を見て、八戒はフト笑った。ベッドから身を起こし、力を抜いてもたれかかる悟浄の背に後ろから手を回す。八戒がその肩口に顔をうずめても、悟浄は当然のように受け止める。煙草を持つのと反対の手を、八戒の頭にのせた。ぐしゃ、と髪を乱す。 「また、姉ちゃんの夢でも見たか…?」 優しい、見当違いの心配。八戒は鼻に抜ける笑いを洩らす。その息がおとがいに掛かって、悟浄は一瞬体を固くした。八戒はまた笑う。顔を傾け、首筋に唇を押し付けてささやく。 「感じました…?」 「ばあっか…元気じゃねえかよ、このタヌキ」 悟浄は起こすんじゃねえよ、とぼやいて携帯灰皿に煙草をもみ消す。八戒の頭に当てた手でその髪を一度梳き下ろすと、仕方がないというように微笑んで肩に回された八戒の手をとる。手の甲に軽くキス。 「大丈夫なら、眠れや。お前は明日も運転だろ」 だから、ちゃんと休んどけ。言外の言葉を聴いて、八戒は笑みを深くする。押し付けたままの唇で、悟浄の首から肩にかけてのラインをなぞった。襟ぐりの広いタンクトップの肩を腕に落としてしまうと、悟浄は「オイ」という声と一緒に八戒の頭を軽くはたく。 「…寝ろ、て言ってんだろーが…」 「イヤですよ」 さらりと返した八戒に、悟浄のため息が落ちた。肩を抱いた両腕をそのまま下ろそうする八戒の動きにチッと舌打ちしてソレを止める。八戒はいかにも哀しげな声を作った。 「僕がキライですか?」 「だーかーら、そういうコトじゃなくって」 「じゃなくって?」 「だーもー、やっぱオマエ根性ワリイしバカだよ」 「何とでも」 ぼそぼそと低く続く会話と密やかな攻防。 眠る同室の二人を気にして抑えられてはいるためか、防戦側はいささか押され気味で。 「つーかオマエ、ココでやるつもり?絶対無理だから」 「何でです?」 「……八戒さん、ソウイウ趣味がおあり?」 「趣味はないですけど、貴方なら見てみたいですねぇ」 「うーわ、何か言ってるよコノ人……ん。」 隣のベットで三蔵が寝返りを打ったのを目の端で確認した八戒が、悟浄の唇をふさぐ。そしてそのままなだれ込むディープキス。仰のく姿勢の悟浄はすこし苦しそうに、それでも抗いはしない。ぴちゃ、と音を立てて柔らかく絡み合いながら悟浄は呼吸の合間に呟いた。 「ほんと、ここまでな」 「ココ、ではですけどね…」 含みのある八戒のセリフに悟浄は苦笑する。舌を絡め取られる感覚を心地よく感じながら、腕を持ち上げて八戒の髪に指先をうずめ、そっと引き離す。頤に添えられていた八戒の手が名残惜しげに頬を辿って離れていった。 悟浄は仰のいたまま、ベッドに乱れた自分の髪をもてあそぶ八戒の、いささか不貞腐れたような顔を見上げて何処か嬉しくなる。ワガママをいう八戒が嫌いでなくて、八戒、と名前をよんだ。 「何ですか?」 「だいじょーぶ、オレ、お前のこと大好きよ?」 軽い口調でフワリと笑う悟浄に八戒も笑みを返し、もう一度だけキスを落した。 貴方の声が聞きたい。貴方の生の体温を感じたい。貴方の笑顔が見たい。ただ貴方を愛したい。 僕は、それだけだから。本当にそれだけ。 オワリ. |
赤崎真守巳さま1109(悟浄さん誕生日)リク→「八浄」。シンプル。 甘く日常いってみました、如何でしょうか恥ずかしいですね。 すこしでも楽しんで頂けると幸いです。ナヴァル鋼。 |