限界破裂 20020410 「…っ、長太郎!ソレ、痛いんですケド」 しみて。と子供のような文句をいう彼は、確かに痛々しい。満身創痍、という言葉がこの上なく似合う姿で可哀相な位だ。まして憎からず思っている人なら尚更で。 しかし自分だってナニモ好きでやっている訳じゃない、と鳳は内心ため息をつく。宍戸の左手のキズを押さえていた脱脂綿はもう血がベッタリとついている。ここのトコロでカナリ私物化しつつある部の救急箱から新しい脱脂綿を取り出して、もう一度エタノールを染み込ませる。その手元を恨めしげにじっと見られても、こっちが泣きたいというものだ。もう何度目になるか分からない愚痴が口をつく――ベンチの向かいで座る宍戸の手を取り、あちらこちらにある擦り傷をそっと抑えながら。 「だから、こういうムチャな練習は止めましょうって言ってるじゃないですか。俺だってね、宍戸さんがあっちこっちキズ作ってるのなんか見たくないですよ?」 右手を鳳に任せて顔をしかめていた宍戸は、ますますイヤな顔をする。鳳も、彼が言う事を聞いてくれないのは分かってる。しかし、それでも言ってしまう心情を察して貰えると嬉しいんですけど、と思ってしまう十四歳。尤も彼の思い人がそんな気持ちを分かるはずもなく。 「うるせーよ、だからイヤなら付き合ってくれなくてイイって言ってんだろーが…って、イタイてソレ」 あんまりにツレナイ言葉を吐く宍戸に、鳳は思わず傷口を押さえる力が強くなりそうだ。今更見捨てられるようならば、最初から手伝いなんて申し出ていないというのが分からないのだろうかコノ人は、と、一つ上の先輩を恨めしくすら思う――が、絆創膏を貼る手付きはあくまで丁寧で。 不動峰の橘に負けて、レギュラから外されて、一人がむしゃらな練習をしていた彼を見ていられなかった。だから無理矢理パートナーを買って出て、そして昨日、ようやく宍戸はレギュラに復帰した。 それでハード過ぎる練習は終わりにしてくれると思った、のだが。宍戸は今日、止めるどころか一層激しい練習を始めた。どこまで自分の体を苛めれば気が済むんですか、と本気で諌めた鳳に、それ以上の本気を返した。彼の気持ちは、同じプレイヤーである鳳にも痛いほどよく分かって。それ以上のコトは言えないまま練習を続けて、終えた。 だから、鳳は愚痴以上のコトはもう何も言えない。その練習が鳳にとってどれだけ苦い思いを強いるものであっても。そして「付き合ってくれなくてイイ」という宍戸の言葉に、自分は彼に必要とされているコトを読んで密かに満足を得るのだ。 「それだけ派手に擦りむいてればイタイに決まってるでしょう…ハイ、右手オワリ。次、顔ですね」 鳳の気持ちなど知らない、とばかりに宍戸は鳳の言葉に従い無防備に顔を突き出す。間近で目が合うのを嫌がった鳳のために目を閉じて。あちこち擦過傷の出来た顔は、不ぞろいな短髪と相まって酷く幼く見え、身長の関係で軽く上から見下ろすことになる鳳はかなり、胸がざわついた。片手に脱脂綿、片手に絆創膏の姿勢のまま、ちょっと止まってしまう。 「…宍戸さん、短いのも似合いますね」 思わず、口に出た。鳳が自分の言葉に驚く前に、宍戸がばち、と目を開け、直後にクツクツを笑いだす。鳳とは至近距離で顔を付き合わせたままだ。鳳はカナリ馬鹿なコトを言った自覚があるのか無言のまま顔を赤くする。救いの手を出すように、笑いで震える声のまま宍戸が言った。 「当たり前じゃん、似合うに決まってんだろーが。だって俺だもんよ?」 おどけて言ってみせる言葉は酷く自信過剰。でもソレがよく似合う人だから、鳳もつられて笑った。ごく近くから宍戸の目を見るコトは、鳳にはカナリの緊張だ。だが今は緩んだ場の雰囲気に助けられて、目の前で笑う彼をまっすぐ見ることが出来た。やはりとても好きだと思う。それでも思いを告げる気はなくて(気の置けない後輩の地位を失うのは怖くて)、ただ笑った。 「あ、笑ってやがるよコイツ。マジに生意気ー、多摩川に沈めるぞコラ」 「ハイハイ、全国が終わってからにして下さいね」 お互いふざけた会話。こういうのがキモチイイと、鳳は思う。思うから踏み出せない。それでもケガの処置のため、目を瞑って上を向いている宍戸の顔にはざわざわする。相手に見えないのをイイコトに、軽く自分の唇を舐めた。 宍戸の頬の引っ掻き傷を押さえながら、自分と相手の息遣いを妙に意識してしまう。添えた方の手に掛かる宍戸の呼吸を妙に熱く感じて、その部分がどくどくいう。どうしても息を詰めてしまう。うまく呼吸が出来てない感じだ。 宍戸が自分のギコチナサに気付いていないコトに救われながら、鳳は顔のいたることろにあるキズを手早く消毒をし、血が滲むトコロに絆創膏をはっていく。最後に口のわきのキズをかるく脱脂綿で押さえる。指が微かに宍戸の唇にあたる。他の部分とは違うヤワラカイ感触に鳳は再びざわついた。 「なあ長太郎。」 指の端に動く感触。鳳は思わず手をビクリと揺らす。しかし宍戸は構わず話続ける。 言葉ごとに息が指を掠めて、あつい。指だけでなく体中がどくどくいっているのが、分かった。手が止まりそうになって、内心あわてて脱脂綿を傷口から放す――離れたあとも、唇に触れていた部分がチリチリと感じる。 「まだ自主練してんの、他のヤツに言わないどいてよ……コート使ってるのとかバレると、何かとウルサイからさ」 跡部が。 最後の言葉に舞い上がった気分がスッと引く。体中のどくどくはそのままに、頭だけが妙に冷えるのを鳳は感じた。付け足しの様に宍戸が口にした名前には、酷く優しい響きがあったのに気付いたから。 鳳は唇をかみ締めたい気分で笑う。 「二人だけの秘密v てヤツですか?」 「ばあっか、ナニ言ってんのお前。つかコレでオワリ?どうもアリガト」 「どういたしまして。またどうぞ」 殊更明るい調子で鳳は応える。宍戸に何も感づかせないように。鳳が救急箱を片付け終えたのを見て、宍戸は後輩の荷物も一緒に持って早々に部室を出ようする。 「先輩に荷物持たれちゃうと俺、立場ナイんですけど…」 「俺そーいうの気にしない」 宍戸さんが気にしなくても他の人が気にするんだけど、と小さくボヤキながら鳳は小走りで追いつき、ちょうど部室を出たところで宍戸に並ぶ。宍戸がドアに鍵をかけるのを待ってバックを受け取る。 適当に話しながら駅まで歩き、そこで別々のホームに降りる。 また明日、と沙汰を交わして。 宍戸が、どれだけ他人の名前を甘く呼んでも。 彼が一日の最初と最後に沙汰を交わすのが自分であることを、鳳は酷く嬉しいと思っていた。いつも、今日もだ。 だから、だから。 向かいのホームで背を向ける宍戸の隣の跡部に、鳳は頭の奥がグラリとした。 嫉妬と嫉妬と、どこか裏切られた気持ちに占められる。 開いていた参考書を閉じた。 電車に乗り来む。 立ったまま、目を閉じた。 イグルミリツサマ700ヒットリク。 鳳→宍戸跡部というリクを下さったのですが…跡部さま、出てない!ゴメンナサイ。ナヴァル鋼はコレでいっぱいいっぱいでした…んですが。少しでも楽しんでいただけると大変大変嬉しいですv(←図々しい)ちなみにタイトルはヒデのアルバムより(←益々図々しい)。 BACK |