健全なる心と体 20020607
早朝の校門を過ぎたあたり。くるなあ、と思ってた。実は。 「いーぬいっ!ハピバーッ!!!!」 ダカ、という背中への衝撃と共に耳元で盛大な祝いの言葉。嬉しいってかうるさい。いやいやそれでもソノ心はアリガタイ(ハズの)もので。身軽とはいえ中学男子を背中に貼り付けて、乾は笑顔も貼り付けた。 「どーも有難う、エージ。」 「へへ、オレ一番乗りっしょ?」 「そーだなあ」 口頭ではね。とモゴモゴと言っておいた。早々に離れた英二には聞こえていなかっただろうが、別に大した問題じゃない。オレに言ったという事実があればヨシ、だ。本当の一番乗りは、午前零時に電話で祝って貰った――オレが、3週間前にそうしたように。もしアレがなかったら海堂はきっと電話してこなかっただろうと思うと、滅多に家に居ない両親にこの上なく感謝したくなる。この時に生んでくれてアリガトウ。 早々に離れて隣に並んだ英二とともに部室に向かう。その間も休み無く続く弾丸トーク。煩くはあるがキライじゃない。 「でもさあ、いいよね、乾もうバトロワ観れるじゃん」 「何でバトロワ?古いよ英二。それにアレ、15禁だからまだ観れないし」 「えー?15歳から見れるんじゃないの?」 「いや、15歳まで禁止っしょ。つーか、ビデオ借りるんなら関係ないじゃんソンナノ」 「ウチは家族がウルサイんですー健全な家庭なのっ!」 「ハイハイ、ウチは放任で乱れた家庭ですよ。」 「んーなコト言ってないじゃん、ヒガミっぽいなあ乾……あ」 ちょうど部室のドアの前まで来たところで、英二がピタリと止まる。何か他のコトにとらわれて停止するのは英二の常なので放って置いてノブに手をかけた。英二が復活してよってくる――妙に楽しそうだ。 「じゃあさあ、乾って今日、家でお祝いとかしないの?」 「?しないよ?」 ドアにはカギが掛かってない、もう大石が来ているってこと。英二が離れてくれるなあ、とカナリ友達甲斐のないコトを考えた。そして同時に、海堂も来てるかなあと。3週間前のように、顔を合わせた途端に顔を赤くしてくれるだろうか?考えると、にやける。英二がスゴイキモチワルそうにコッチをみてたが気にしないでドアを開けた。同時に英二もトーク再開(ウルサイ)。にぎやかな声が部室に響いた――室内ではよりキツイ。 「そんなら今日みんなでお祝いしよーよ乾!オレ、カラオケ屋でいいトコしってんだー!!」 「えー…いいよ別に」 「おはよう乾、英二。お祝いってなに?」 長机のスミで何やら書いていた大石が笑顔で聞いてくる。相変わらずサワヤカ。英二はタッと駆け寄った。 「おはよう大石v今日はねー、乾の誕生日なんだよん♪」 「ああ、そうなんだ?15歳おめでとう、乾。なんも用意してなくてゴメンな」 実にサラッと如才ない言葉。わざと幼く作っているような英二と並ぶとギャップが凄くてスゴイ面白いと思う。ソレは口にださないで、いや、と返そうとした端から英二が被せて話し出す。この自己主張も、ある意味スゴイ。そしてオレの意志は微妙に置いてけぼりのようだった。 「だーかーら、放課後みんなでカラオケ行こ?乾の分はオゴリってことで」 「それはイイと思うけど。ひょっとして英二、自分が行きたいんじゃないの?」 「アハハ、ソレもアリ!だってやあっと試験が終わったんだもん、遊びたいじゃん。ねえ、海堂もそーっしょ?」 「え…あ、ハイ」 英二はイキナリ海堂に話をふった。英二の視線を辿り海堂を見つけて、そもそも海堂が居るコトに気付いてなかったオレは真剣に驚いた。しばし停止した。かなり挙動不審な反応に怪訝な目をしたのは大石だけだった。海堂に見られてなくてほっとする。その海堂は、我が道を行くセンパイの対処に苦慮しているトコロだ。何時もならやんわりと止めに入る大石も、今回は害ナシと見たのかさせるがままにしている。哀れ海堂。 「海堂は今日ヒマ?だいじょうぶだよね?一緒に行こうよ、乾センパイおたんじょうびかいinウタヒロ!」 「空いてますけど…オレ、歌とかダメですよ。カラオケ行ったコトないし」 「えー?じゃあますます行こうよ!何事も経験だよん、薫くん♪」 「はあ…」 菊丸圧勝でゲームセット。まずひとりげっとお!と雄たけぶ英二はどうやらレギュラ全員を確保する心積もりらしい。無意味に精力的なその姿に、あきれを通り過ぎて感嘆する。よく疲れないものだ。 英二は、押し切られた海堂に、部活終わった後ちゃんと部室に居てね、と念を押してから今度は俺のほうに来る。ちょっとかわいそうかなー、と呑気に海堂に同情している場合ではなさそうな感じ。ニヤ、と性質の悪い笑顔で英二は肩を組んできた――身長が違うから、半ばヘッドロック。痛い。微笑んで眺めている大石が少々憎らしくも偉大だと思う。よくずっと一緒に居られるものだ。と。 「ボーっとしてる場合じゃないっしょ、ハルくん?折角オレが海堂も誘ってあげたんだからさ、もちょっと嬉しそうにしろって」 ぼそぼそ、潜めた声でとアカラサマに内緒話。英二ごしにチラ、とこちらを気にする海堂が見えた。頬がゆるむ。ソレをどう取ったのか、英二はますます調子に乗って話だす。 「なんならさ、サワーか何かでちょこっと酔わせて…てのもアリじゃない?乾たち、キスもまだでしょ?ムードで流して誕生日プレゼント、もらっちゃえv」 「もらっちゃえってエージ……お前、そんなコト考えて」 なんか、ガックリときてため息がでた。確かに海堂との関係は進めたいトコロだがこんな仲人はジャマなだけだ。コチラの発言がいたく気に食わなかったらしい英二が眉をしかめて言い募った。 「そんなことー?大事なコトじゃんよ、好きな相手には近づきたいモンでしょう?健全で素直かつ人類必須の感情だよ。乾、オレ間違ってないっしょ?」 口調は軽いワリに妙に真剣な目でにらんでくる。間近でみるネコ目の威圧は中々のもので、結構その言葉にも説得力があるように思えた。確かに他人に近づきたいのがヒトの原点である――必ずしも肉体的接触の意味ではないとは思うが。 「まあ、確かに、な」 「でっしょー?じゃあまあ、とっくり楽しみにしてなさいvこの菊ちゃんがばっちりセッティングして差し上げましょうvv」 言うや否や、英二はひらん、と身を翻して部室のドアに向かった。同時に既に書き物を終え立ち上がっていた大石が英二にラケットを手渡す。ニコ、とさっきとは全く違う笑顔でそれを受け取った英二は大石と連れ立ってコートに向かった。なるほど黄金夫婦の馬の合いようは“大事な事”をしっかり交わしているためかと苦笑した。ヒガミがないとは言い切れない。 しかし、気付けばもう、朝錬が始まる時間に近かった。ドアの前ではレギュラが着替え終わるのを待つ部員達で溢れている。やば、と慌てて自分のラケットとタオルを取り出すべくロッカーに向かったら、ソコにはまだ海堂が立っていた。彼らしくなくぼおっとしているらしい背中に苦笑して、まだバンダナが巻かれていない頭を後ろから軽くはたいた。 「こら海堂。遅れるよ」 「っ!……あ、すいません」 派手にビク、となって俺を振り仰いだ海堂は少し顔が赤くて酷く慌てた感じだった。不思議に思って、そのまま部室を飛び出そうとした彼の前に足をガンと出す。再び見上げてくる顔。焦った慌てた様子が可愛かった。 「何そんなに慌ててんの、海堂?どーかした?」 「べつに、何でもないっす」 「ふーん……お前は、電話のほうがずっと素直だねえ」 「なっ!」 赤い顔がますます赤くなる。テニスをやってる割に白い肌が上気して何だか色っぽくみえた。英二の言い分が少しどころでなく説得力を持ってくる。とても近づきたいと思った。海堂が驚かないよう、さりげなく肩に手をやる。 「ね、海堂?もう一回、言ってくれないかな」 「何をだよ…」 「決まってるだろーが、そんなの。ね、海堂、お願い」 駄目押しに、ね?、ともう一度、声を潜めて囁いてみる。海堂は首まで赤くして俯く。軽く唸るような声。もうちょっと楽しみたいような状況だけれども、外の部員たちの喧騒はそろそろ膨れ上がってきていて。しょうがない、と身を離した。途端、パ、と海堂が顔をあげた。赤いけれど、少し必死な顔。にこ、と笑いかける。 「イヤならいいよ、悪かったね海堂、ありがとう」 最高に、優しい声を出す。本音半分といったトコロでラケットとタオルを手に取った。計画失敗をうけいれて、海堂も部室を出るよう促そうとした、その時。促す腕をガシ、と掴んで海堂は言った。視線はしっかりオレの方。 「お誕生日、おめでとう御座います」 シンプルかつ、ストレート。午前零時の電話と同じ言葉をもう一度言って、海堂はそのままオレを追い越して部室を出て行った。残されたオレは、もちろんこの上なく満足で。 「……心置きなく放課後を待つとしますかね」 呟いて、部室を出た。 とたん部員達の冷たい視線に晒されたのは言うまでもない。 |
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乾さん誕生日おめでとう! そうとう遅れましたがおめでとう。 何時もよりノリがずっと軽いです。 まかり間違えば続きそう。かも。ナヴァル鋼 BACK |