100−009:かみなり 夜の雨空。 たちこめる雲の陰で、低く唸る。 あれは神鳴り。 神さまが、鳴いているのです。 何度おなじ過ちを繰り返せば気が済むのかと。 あまりに愚かだと、涙を流して啼いているのです。 弱い雨、風はなく、黒い雲だけが夜空を埋め。 そこに響くのはゴウゴウというエンジン音。 夜空に跳ねてワンワンと響いている音。 雲の、隙間から。 かすかに覗く三角の編隊。 戦いに赴く、異国の戦闘機たち。 ああ。 これは、かみなり。 神さまが、鳴いているのです。 「死にたく、ないなあ」 「え?」 三日ぶりにすっきり晴れた日の、夕刻。久々のコートでの練習に我知らず浮かれて飛ばしすぎ、自主練を終えた時にはもうすっかり疲れ果てていた海堂は、隣を歩くヒトの言葉を上手く聞き取ることが出来なかった。軽く横を見上げる。乾はもう一度、言った。 「死にたくないなあって。いまはまだ、やっぱりね」 「……死にたいと思っているヤツのが少ねーと思うッス」 「まあね」 乾の突拍子もない言葉を聞き取った海堂は、またいつもの訳の分からない、と半ば以上あきれて乾を見上げる。そのあからさまな様子に乾はすこし悲しくなるが、返事を返してくれる海堂の律儀な優しさに幸せにもなる。恋愛中の感情は忙しいものだ。乾は一度言葉を切って、続けた。 「でもさ、治る見込みなく病院のベットに寝てる老人とか、クラス中から無視されてるヤツとか。死にたいって思うと、思うんだよ」 「……」 「あとは、アレに乗ってるヒト、とか」 アレ、と言って乾が指差したのは空。それに従って顔を上げた海堂は、真っ青な空を横切る3機の飛行機をみた。綺麗な編隊を崩さないまま飛んでいく後には、同じく3本の白いラインが残っていた。水色の空に、白い雲に、均一に並ぶ白い線。それは見た目にとても印象的で、美しいものにすら見えて、海堂はポカンと口をあけた。光を弾いて銀色の飛行機が視界から消えるまで空を見上げ続ける。 乾はそんな海堂を、羨ましいように辛いように見透かしたように、とにかく色々なものを含んだ目で見て少し笑った。 「綺麗だよね」 「ハイ」 「でも、あれはヒトを殺しにいくんだ。直接的にせよ、間接的にせよ」 殺す、という剣呑な言葉を、乾はとてもゆったりと語る。そのせいで一瞬聞き流しかけた海堂は、次の瞬間、惚けた顔を一転厳しく変えた。眉根を寄せた、本気で不快を感じる顔になる。海堂は、冗談や啖呵で使う「死ぬ」や「殺す」とは違う次元を話しているのを、乾の口調にはっきり感じた。乾は海堂のその感受性を、好ましいと思った。 「人殺しが、頭の上を飛んでいるよ」 「だから、何ッスか」 「辛いだろうなあと、思って」 「…誰が」 「人殺しのヒト」 自分を守るため。世界を守るため。相手がいけないのだから。いくら言葉を重ねたところで、個人の手が血に染まるのに変わりはない。それでも他に道がないように、今は思えてしまって。 「辛いだろうなあ」 「……なんか、ないんスかね」 「あったらいいのにね」 乾の声が聞き取りにくかった。海堂は、また、戦闘機が近づいてきているのが分かった。遠くから低く頭に響く、エンジンの音。それは雲が厚い程、地上に反射し響き渡る。 昼も、夜も、ゴウゴウと。 100題9つめ。 戦争はイヤです。 20030308*ナヴァル鋼 |
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