100-004:釣りをするひと 何気なく、エサを垂らしておいて。あるいは撒き餌をしておいて。 そろりと相手が近づいてきても、気付かないふりをして。 パクリ、と食いついたら思いっ切り引き上げる。 釣りの極意はたったこれだけ至極簡単。 しかしこれがどうして難しい。 相手が何を好むのか、見極めなければならないし。 徐々に距離を詰められれば、手に入れたくてたまらないし。 力を込めて引き上げるても、急ぎすぎれば身を捩って逃げてしまう。 なかなか、なかなか。 簡単にはいかないモノで。 でも、だからこそ、おもしろい。 ぶはっ。 「うっわ、乾、きったねー!」 「あ、わるい……」 三年首脳陣――というのもオコガマシイが――で、昼飯ついでに部室で会議。 もっとも話の内容は、12:40集合12:50終了という点から推して知るべし。後はまったり、飯食いと相成った。…会議という名の、単なるコミュニケーションかもしれない。 大石がネタをふり、3-6コンビがそれを広げ、オレと河村が適当に相槌。約一名黙して語らずな男がいるがそれはそれ、早三年の付き合い。こーいうキャラだと許容されて久しいのは誰もが知るところだった、のだが。 今日はなんの拍子か、不二が「手塚は?」と聞いたのに、手塚は珍しく饒舌に語りだした。話題はオフ日の過ごし方。ようは偶にはテニス以外もしたいよね、の軽口が、大会終わったら何する?、に発展したというわけだ。 手塚が淡々と語ったのはやはり、彼の渋めの趣味のひとつ、釣りについて。あまり抑揚のない、いつもの諭すような口調で語る釣りの醍醐味。 ふうん、と聞き入る一堂のなか、オレひとりが噴き出した。 「何やってんの?なんかツボった?」 乾訳わかんねー、と冷やかしつつも、コントのように緑茶を噴き出したオレにティッシュを投げるエージや、はやくも部室雑巾で床を拭いてくれている河村、は言うまでもなく。優しいヤツだ。とっさの反応が遅い手塚はともかくとしても、さり気なく場所を移動している大石や、アハハと笑って見ている不二。このデータも一助にし、次のランキングは勝ってやる、と独り静かに心に決めた。 「いや、ちょっと……」 エージに言葉を濁して返し、貰ったティッシュで周りをぬぐう。濡れた制服にあーあ、と愚痴って顔をあげた時、正面の不二とガッチリ目があった。 その瞬間、バレた、と解った。 いつもオレは彼を見ている、 それは彼が何を求めているのかあるいは必要なのか知るため。 それは彼が逃げ出さないで隣に居られる距離を探るため。 それは彼をいつ手に入れようか時期を計っているため。 なかなか、なかなか。 簡単にはいかないヒトで。 でも、だからこそ、惹かれている。 メシが終わった13:10、じゃあ戻るかと皆が腰を上げたとき。オレひとりは座ったままで、ドアのところでアレ、と大石が振り返る。 「やっときたいコトがあるから」 「乾汁調合のためなんて言うなよ!」 間髪入れずにかかった声に、それもイイなと言ってみて。じゃあ、と座りなおしてデータノートを広げると、上から不二が覗き込む。 「海堂の昼練も、面倒みてるの?」 ああやっぱり、と内心すこし腹立たしく、緩慢に頭をあげて不二をみる。いつもニコリと笑った顔、何ひとつ中身を覗かせない。その心情も、実力もだ。 「……すこし違うけどね。オレがちょっかい出してるだけだ」 遮光レンズで自分を守ってみても、どうしてか見透かす不二は時々空恐ろしいと感じさえする――嫌いというのとは、違うが。もっとも、オレの自虐的な言葉をフォローもせずアハハと笑うところなどは、はっきり嫌いだと言ってやれる。 オレの苦々しい感情を知ってか知らずか不二は気安くポンと肩を叩いて笑いかけてくる。怖いからやめて欲しい。 「……ああ、帰ってきたみたい、きみのお魚」 その言葉にドアに目をやれば、外には先輩のためドアを抑える姿があった。荒い呼吸音はハッキリときこえても、屋外の光で逆光になるためその顔は見ることが出来ない。 不二は室内から海堂に悪いね、と一言、声を掛ける。縛ったバンダナが揺れて海堂がうなづいたのを認めたが、それ以外は分からない。 「じゃあ乾」 不二は言う。 「頑張って、釣り上げてね」 だから、どこまで解っているのだろうこの友人は。 不二言うところのお魚は、言葉の意味を知るはずもなく、オレの目の前に立っている。 100題五つめ。 あ、あ、不二がどうしても黒い。 乾海なのに薫さんが喋らない。あ、もう。 20030223*ナヴァル鋼 |
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