100-004:マルボロ ベットサイドの、赤い紙箱を掴む手は、線は細いがまぎれもなく男の手だ。 骨ばって、硬そうな皮膚。実際触れられていても、その感触はざらりとしたものだ――悟浄が長く慣れ親しんできた、細く優しく柔らかい、流れるように肌を滑る手や指たちとはとても似つかない。 なにもかもが、まったく違う。 悟浄はふわ、と、紙箱から煙草をとりだす手に手を伸ばし、それを両手で大切に捧げもつ。相手が戸惑うすきに硬い指を自分の唇に押し当てる。そしてそのままゆっくりと、男の指の形をなぞった。性戯にするのとは違う、どこか呆けた指先への口づけに、三蔵は少し、困惑する。ただ滑らかで暖かい唇の感触だけが、指を、次第に手の全体をなぞっていく。悟浄の赤い目は伏せられたまま見えなくて、その表情はただおとなしいものに見える。先ほどまでの挑発的な態度や仕草を欠片も見せずに、唇は静かに肌の表面をだどる。 「悟浄…?」 いつもの直接的な誘いより、よほどそそられる、伏せた透ける目蓋と抑えた息遣い。腹の底がゾクリとする感覚を味わいながら三蔵は、本人に自覚がない分やっかいだ、と苦々しく眉をひそめる。 「あんたの手って、綺麗だな」 「あぁ?」 「すっげーきれーぇ」 「バカか河童。死ね」 三蔵は、いつものように悟浄を罵る。もっとも三蔵が好戦的なのは悟浄に限ったことではないし、そっと掴んでいる手が振り払われる様子もないのに悟浄は鼻から緩く、クスンと笑った。 「んだよ、ホントのコトじゃーん」 悟浄がなにか言う度、暖かく湿った空気が三蔵の肌を撫でる。それに一々気付いてしまう自身に苦々しく舌打ちをして、三蔵は赤い箱を荒くゆすり、煙草を銜える。愛用のジッポーで火をつけ肺に深く吸い込んだところで、頬にピタリと。節の目立つ、鎖の跡の消えない、冷たい、悟浄の指が押し付けられた。見下ろせば、笑ったような、そうでないような、血の色の目。 「あー…でも。 やっぱ、訂正、かも。 あんたは全部、綺麗だわ」 悟浄の手はそのまま、尖った顎の輪郭をなぞって喉へと降りる。その見詰てくる視線、それがぼう、として熱を伴わないのに、三蔵は却って自分の熱が高まるのを認める。半ば嵌められた気分で、体を倒した。 「マズ…」 笑みを含んだ唇に、柔らかく受けいれられて、余すとこなく舌を絡めて濡れた感触を存分に味わって。首にまわった手は三蔵の髪を撫で下ろしさえしたのに、唇を離し近い距離で目を合わせた時、悟浄はそう言って派手に眉を顰める。 「……ケンカ売ってんのかお前…」 悟浄の頭の上辺りに肘をついた、覆いかぶさる体制のまま三蔵はピシリと固まった。そうでなくてもセックスの経験値は悟浄に大きく劣っているところ、今更に下手だと言ったの同じの言葉は三蔵の地雷を踏んだ。 眼前で据わった三蔵の金目に、悟浄は言葉の誤解を知る。覆いかぶさったまま固まる三蔵をそのままに、ハッと笑った。 「…オイ」 「悪ぃちげーよ、キスが下手とかんなコト言ってんじゃねーよっ」 いつもの口を歪めるやり方で、悟浄はこみ上げてくるのを抑えられないように笑う。あからさまに不機嫌になった三蔵の肩を回した手のひらで軽く叩いて、言葉と一緒に宥める。 「そーいうんじゃなくてさ、お前、吸ったばっかだろ? やぁっぱマルボロは旨くねーよ、三蔵さまもハイライトにしねえ?」 「吸うか、んなオヤジタバコ」 「わかってねーなーこの渋さが。 かの吉田拓郎もハイライトだぜ?」 「誰だソレは」 掛け合いのような軽口の間に、悟浄は触れるだけのキスを繰りかえす。整った顔立ちの、やはり綺麗な形の唇に唇で、何度となく触れられたあと三蔵は体を起こした。妙な言葉で気は削げたが、不愉快でない穏やかさで手にしていた煙草に口をつける。あくまでマルボロ、と主張しているようにも見える三蔵の憮然とした態度に、悟浄はふと思い出すところがあった。それの、三蔵とのギャップに、彼は一体なんと言うだろうと楽しくなる。それでも口にはださず、そのまま目を閉じた。途端に襲ってくる睡魔と、隣の体温の暖かさに気付く。 「悟浄?寝るのか?」 三蔵の声に応えるのも億劫に、悟浄は深いところにおちていく。三蔵はフン、といつものように息をつくと室内の明かりを落とし、悟浄のむき出しの肩に荒っぽくシーツをかける。悟浄はそれを意識に端でとおく感じた。唇がゆるむ。 罵る言葉や、不機嫌な態度。性別。セックス。それも確かに今までの恋人たちと違う一面だったが、三蔵が違うのはそんなところではないもかもしれない。ちくしょうやっぱりコイツは生臭坊主だ、と悟浄は暗くて深いところにおちる意識で笑う。そして、コイツはマルボロでいーんだ、と。 悟浄は意識が完全に闇におちる寸前、目蓋のむこうに金糸を見た気が、した。 Marlboro;Mens Always Remember Love Because Of Romance Only. 100題四つ目。 マルボロ、ときたらやっぱり三蔵さま以外は思いつきませんでした。 三浄です。しかも事後(オイ)。 最後の Mens〜 のくだりはマルボロ、という名前の由来だと聞いたことがあるのですが、ほんとの所はどうなのでしょう。知りません。 20030222*ナヴァル鋼 |
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