東急の車輌

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更新履歴

車輌の番号の付け方編成の組み方パスネットの駅別印字一覧車庫の所在地

東急の車輌一覧

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8000系8090/8590系8500系9000系ED30横浜高速鉄道Y001系横浜高速鉄道Y500系

8000系・8500系の譲渡試作車弘南鉄道6000系弘南鉄道7000系水間鉄道1000型静岡鉄道1000系豊橋鉄道1800系東横電設の軌陸車地上線時代の綱島駅東急グラフ東急の切符


東急の車輌の番号の付け方

東急の編成の組み方(June 26, 2003.)

東急出身の車輌他

目黒蒲田電鉄デハ1型(Aug 7, 2010.)

目黒蒲田電鉄が開業に際し、汽車会社で1922年(大正11年)に製造した11m級の木造ボギー車です、、、とかなんとか言いながら下の写真の車輌は目蒲電鉄の車輌自体ではなくて、翌年に蒲田車輌で製造された蒲原鉄道のモハ1型です。全くのコピー車と言うか、蒲原鉄道が開業に際し「最近の新造電車で良さそうな車輌は無いか、、、」と探した結果が目蒲電鉄のデハ1型で、「これと同じ電車を作って、、、」と発注したのでは無いかと思います。目蒲電鉄の車輌自体は保存車がありませんが、車内構造のレプリカであれば「電車とバスの博物館」に展示されていた筈です。

目黒蒲田電鉄デハ1に極めて類似した蒲原鉄道モハ1。2010年(平成22年)7月、蒲原鉄道冬鳥越駅?(新潟県加茂市)にて撮影。

肝腎の目蒲の車輌の方ですが、阪急の社長に「開業当初は輸送量が小さいのだから小型車で初めて輸送量が増えたら大型車を導入して、、、」とかなんとか、たぶらかされてこんな小型車を作ってしまったとかで、1942年(昭和17年)には全部の車輌が神中鉄道(≒相模鉄道)に譲渡されます。関東近郊で、こんな小型車を用意して開業したのは元来が軌道線である王子電気軌道や京王電気軌道くらいなもので、まともな地方鉄道でこんな市電もどきの電車を作って開業した鉄道は他に類を見ません。たぶらかした奴は充分悪質ですが、嵌められた方も間抜けと言うのか、、、。

いずれにしても転出時期が早かったために、この車輌は大東急方式の型番を与えられることなく転出して行ったと言う事になります。導入の経緯を抜きにすると、小柄で丸っこくて、しかも私の好きなブリル76E型台車(笑)を履いているというのですから、なんとも堪えられません。東急が保有し続けなかったのがなんとも惜しまれます。車体幅を拡幅した後期型も含めて11m級2扉車が10輌揃っていたわけですから20m級4扉車約5輌分と考えられなくも無いので、連結化・冷房化改造をすれば今でも充分に大井町線辺りなら、、、ちょっと無理があるか。

8000系・8500系の譲渡試作車(July 30, 2005.)

クモハ化改造されたデハ8723。2004年11月、長津田車輌工場にて撮影。

営業運転に使っている車輌ではありませんが8000系のクハ8049と8500系のデハ8723を背中併せのクハ+クモハの2輌編成にしたものです。8000系・85000系は新5000系の増備に伴い譲渡されつつありますが、その商談用見本?として改造されたものです。

クハ8049は従来と大差無い外観をしていますが、中間車であったデハ8723は運転台取り付け改造をしてクモハ化されています。要は8500系の中間電動車であるデハ8700型を、同じく8500系の制御電動車であるデハ8500並みの車体形状に改造したと言うことです。「それだったら最初からデハ8500を使えばよかろう」と思うのですが、どうも腑に落ちないこの種の改造を丁寧にする辺りが如何にも東急らしい処です。

デハ8700はクモハ化されると同時に1M化されています。元来、8000系のデハ8100も同様ですが、8000系・8500系の電動車は、デハ8400を除けばMM’編成を組むように設計されています。それではデハ8700もデハ8100も1M化改造の際に両運転台化すれば単行で運転できるか?と言うと、、、多分できなくは無いと思いますが、恐らくは冷房用のMGはクハ8000に取り付けてあるものをそのまま転用しているんじゃないかと思うので、その辺はなんらか工夫してやる必要はありそうです。

クモハ化改造されたデハ8723。2004年11月、長津田車輌工場にて撮影。

新設された運転台付近の外観は右の写真の通りです。いささかノッペリとしており、通過列車表示灯がありません。十和田観光電鉄に譲渡されて両運転台化改造された7200系の車輌の、増設側運転台に良く似た外観です。

車体外観はご覧の通りですが、車内はセミクロスシート化改造されています。普通のセミクロスシートは通路を挟んで両側にクロスシートとロングシートが混在していますが、この車輌はそうではありません。通路の片側がロングシート、反対側がクロスシートとなっています。独特な車内配置です。通路を挟んでどちら側の席に座っても海岸の眺望が楽しめるようにしてあるんだとか、、、。

因みに、この試作編成と同じ内容の編成が伊豆急行に譲渡されており、クハ8035+デハ8155が、クハ8051+クモハ8151に改造・改番されています。

東横電設の軌陸車(Mar 15, 2008.)

東横電設の軌陸車。2008年(平成20年)3月、東急目黒線元住吉(もとすみよし)駅にて撮影。

「なんだ、これは」と言われそうですが、傍系企業である東横電設のエルフ(と言う名前のいすゞ製トラック)です。軌陸車と言うのか普通の2tトラックですが、それ以外にレール上を走るための鉄製車輪も持っている車輌です。主な用途は、工事用なんだと思います。東京急行自体が所有している車輌であれば救援用としての用途も考えられますが、、、。

名前だけ見ると東横電設は電気工事専業の下請け企業みたいですが、実際にはもっと高い工作能力があります。東急で廃車になった車輌を他社に譲渡する際の改造は、軒並み東横電設で請け負っているようです。実例はありませんが、新車を造るつもりになれば造れないことはない程度の技量はあるんじゃないかと思います。恐らくは、静岡鉄道の長沼工場に匹敵する程度の力量は持っているのだと思います。

東横電設の軌陸車。2008年(平成20年)3月、東急目黒線元住吉(もとすみよし)駅にて撮影。

こちらも軌陸車ですが、装備違いです。基本的には同じ年式のエルフに違う種類の架装をしているのだと思います。

東横電設の軌陸車。2008年(平成20年)3月、東急目黒線元住吉(もとすみよし)駅にて撮影。 東横電設の軌陸車。2008年(平成20年)3月、東急目黒線元住吉(もとすみよし)駅にて撮影。

軌陸車の足回りです。左の写真が後ろ側、右の写真が前側です。この種の車輌の金属車輪はあくまでも車輌を誘導?するだけの役目で、ゴムタイヤ自体を駆動してレールの上を走って行くのだ、、、と思っていたのですが、どうも勘違いだったようです。実際には、前側に金属車輪には油圧モーターが仕込んであるようで、この金属車輪自体が駆動輪であるようです。

エンジン式のウィンチを持っているRV車などでも見掛ける装備ですが、2t車以上のトラックで特装車だと「PTO」と言う仕掛けを持っています。「パワー・テイク・アウト」のアルファベットの頭文字だったかな?。要するに冷凍機・冷蔵機を持たない普通のトラックにはエンジンは1基しか搭載しませんが、エンジンの出力軸をドライブシャフト経由で車輪に接続するか、油圧モーターの方に接続するか、そう言った切換が出来るようになっている訳です。車載クレーン(いわゆる“ユニック”)を装備しているトラックなんかは、この手の装備を使用して作業する訳です。この軌陸車の場合は油圧モーターで車載クレーンを動作させるのではなくて、自走するために使っていると言うことです。

地上線時代の綱島駅(Jan 3, 2000.)

高架化以前の綱島駅。1962年(昭和37年)頃撮影。

地上線時代の綱島駅。1962年頃でしょうか? 桜木町方を向いて撮影しており、右に止っているのが旧3000系の上り電車、ホームの先に見えるのが県道子母口綱島線の踏切で、地上線時代の最末期です。この時期、綱島駅のホームには17m車5連までしか停車することが出来ず、6連の編成は踏切を塞いで停車して、例によってホームからはみ出した車輌のドアは「非扱い」としていました。

この写真では判然としませんが、中央やや左側に写っている人物は私の母親です。

東急グラフ(Nov 26, 2000.)

東急グラフ誌。

その昔に駅頭配布していた広報誌です。現在の「salus」の前身のようなものですが、salusは東急沿線とは全く無関係の場所のグルメリポートのような記事が結構多いのに対して、東急グラフの方がもっと東急志向?です。

内容自体は広報誌ですから電車の写真も結構出てきますが、表紙には余り電車は出てこなかったように記憶しています。写真は左が拙宅で一番古い83号で、昭和37年の発行です。オーケストラの写真が写っているのは文化活動の一環として云々、と言う事だったと思います。

中央は記念すべき100号で雛人形に扮しているカップルはこの当時の表紙に頻繁に登場していた懐かしい人形です、右は昭和44年だったかの発行の号で、こどもの国が開園してから間が無い頃の発行なので表紙は何処だかの動物園で撮影した写真が使われています。

東急の切符

記念切符などを買い集める趣味は殆ど皆無に近いので大したものは有りません。後になって引き出しの奥から発見して「そう言えばこの頃は、、、」と言った程度に過ぎません。ご笑覧いただければ幸いです。なお、此処に写真を載せた切符類は、全て降車時に駅員さんに口頭で許可を得た上で持ち帰っています。入手に際し、不正な手段は一切弄していませんので念のため。

昔の半硬券?(Nov 23, 2000.)

昔の半硬券キップ。

以前に窓口で販売していた半硬券?です。普通の硬券は出札窓口のホルダー?のような器具に収納されて販売していましたが、これは券が何枚だか何10枚だか連続した状態でぶら下がっていて、その都度千切って販売していたものです。上下の点線が切れ目で、左側から3/4くらいの処まで切れ目が予め入っているものです(右側の切れ目が若干ぎざぎざになっているのがその証拠です)。つまり、千切れる程度の厚みの紙を使っていると言う事です。

振替乗車票(Nov 23, 2000.)

振替乗車票。

ストライキだったかで終日運転されなかった際に、定期券の補填用?に配られたものです。基本的な体裁などは前述の半硬券?と同様です。違う点は金額式ではなくて、定期券の補完用なので乗車区間が特定されており、更にこの乗車票を発行する駅では自駅のみが印刷されており、相手側の駅名はハンコで対応しています。定期券の補填用なので1日分(=1往復分)の2枚が1セットで発行されています。

車内精算券(Nov 23, 2000.)

車内精算券。

乗り越し精算などの際に車掌さんが発行してくれる精算券です。下半分(右の写真の右側)が自社線で、中央の辺りが東京地下鉄です。

パスネットの駅別印字一覧

自分か、ないしは家内が実際に乗った範囲で調べておりますので、まだ空白が多いですが、ご笑覧いただければ幸いです。パスネットのカードやキップ、定期券などを2枚同時に処理できる自動改札機がありまして、これを使うと中々面白い結果が得られます。以下、私が経験した範囲での話ですが、、、

路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日
東横線渋谷しぶや東急渋谷TK渋
東横線代官山だいかんやま代官山代官2007.11.10
東横線中目黒なかめぐろ中目黒中目
東横線学芸大学がくげいだいがく学芸大学学大
東横線・大井町線自由が丘じゆうがおか自由が丘自由
東横線・目黒線田園調布でんえんちょうふ田園調布

東横線・目黒線新丸子しんまるこ新丸子新丸
東横線・目黒線武蔵小杉むさしこすぎ東急小杉小杉
東横線元住吉もとすみよし元住吉元住
東横線日吉ひよし日吉日吉2007.9.15
東横線綱島つなしま綱島綱島
東横線大倉山おおくらやま大倉山大倉
東横線白楽はくらく白楽白楽
東横線反町たんまち反町反町
東横線・みなとみらい線横浜よこはま東急横浜TK横
東横線高島町たかしまちょう高島町高島
東横線桜木町さくらぎちょう東急桜木桜木
みなとみらい線みなとみらいみなとみらい
MM
みなとみらい線日本大通りほんおおどおり
日通
みなとみらい線元町・中華街もとまちちゅうかがい元町中華

路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日
田園都市線渋谷しぶや営 渋谷

田園都市線三軒茶屋さんげんじゃや三軒茶屋三茶
田園都市線用賀ようが用賀用賀
田園都市線・大井町線二子玉川ふたこたまがわ二子玉川二玉
田園都市線溝の口みぞのくち
溝口
田園都市線あざみ野あざみのあざみ野あざ
田園都市線江田えだ江田江田
田園都市線青葉台あおばだい青葉台青葉
田園都市線長津田ながつた東急長津長津
田園都市線つくし野つくしのつくし野つく
田園都市線南町田みなみまちだ南町田南町
田園都市線中央林間ちゅうおうりんかん
TK林
路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日
大井町線大井町おおいまち東急大井大井
大井町線中延なかのぶ東急中延TK延2007.10.13.
大井町線・目黒線大岡山おおおかやま大岡山大岡
大井町線等々力とどろき等々力
2007.10.6
路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日
目黒線目黒めぐろ東急目黒目黒
路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日
池上線・多摩川線蒲田かまた
蒲田
池上線御嶽山おんたけさん御嶽山

池上線雪が谷大塚ゆきがやおおつか
雪谷
池上線荏原中延えばらなかのぶ荏原中延

池上線戸越銀座とごしぎんざ戸越銀座

路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日
多摩川線矢口渡やぐちのわたし矢口渡

多摩川線下丸子しもまるこ下丸子下丸
路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日
こどもの国線長津田ながつたこ長津田こ線
こどもの国線恩田おんだ恩田恩田
路線名 駅名 読み方 乗車時 降車時 調査日

車庫の所在地(Sept 29, 2006.)

東京急行路線図

池上線・多摩川線:雪が谷大塚(ゆきがやおおつか)

池上線と多摩川線の共同使用で、所在地は池上線雪が谷大塚駅の蒲田寄りです。この車庫の一番西側の線路(=本線と反対側)はかつての国分寺線、と言いますか、奥沢支線の軌道敷を転用したようです。

大井町線・田園都市線:長津田(ながつた)

大井町線と田園都市線の共同使用で、所在地は田園都市線長津田駅の中央林間寄りです。この他に、大井町線独自の電留線が自由が丘に在りますが、旅客営業用の電車(20m車5連)と、保線用の車輌が1編成づつ留置できるだけのささやかなものです。また、以前は田園都市線の鷺沼駅に車庫が在りましたが、この車庫は東京メトロに売却したので東急の車庫ではなくなりました。

世田谷線:上町(かみまち)

上町駅の下高井戸寄りに車庫が在ります。此処は長津田の車庫の出先機関(分駐所?)と言う位置づけのようです。生憎と言いますか、車庫の北側の本線側からしかまともには車庫内の撮影ができなくて、逆光になります。余りピーカンの日には撮影に行かない方が宜しいかも。

東横線:元住吉(もとすみよし)

元住吉駅のやや横浜寄り、高架下に車庫が在ります。線路配置の関係で元住吉駅の旅客ホームから、直接は車庫構内に出入りできません。地上の車庫内から高架上の本線に列車を出すためには、渋谷方向へは武蔵小杉駅までの入出庫線を登って行きます。この入出庫線は将来的には目黒線の本線と一部共用になるようです。横浜方向へは出庫専用線があって坂を登って行き、県道鶴見溝の口線(≒市道尻手黒川線)の高架橋の辺りで東横線の下り本線に外側から合流します。

目黒線:奥沢(おくさわ)

奥沢駅の真横に車庫があり、この車庫も線路配置の関係で奥沢駅の旅客ホームから、直接は車庫構内に出入りできません。車庫に居る電車を奥沢駅の旅客ホームに着けるには、一旦目黒方にスイッチバックして来なければなりません。車庫とは言っても上屋らしきものは殆ど在りませんから、実質的には規模の大きな電留線と言う程度です。

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