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2001.10.8
タリバーンへの攻
撃が始まった。

今朝、起きて新聞をみると日本時間の未明〔午前2時)に、攻撃が始まったとの見出しが踊っていました。 「時間切れが近い」という2日前のブッシュの警告に、攻撃は数日以内と思っていましたが。 ブッシュ大統領の演説と巡航ミサイルの発射シーンがTVで繰りかえされる光景は、10年前の当時アメリカで遭遇した湾岸戦争の時のイメージとほとんど重なってきます。 (ブッシュ大統領やラムフェルド国防長官の演説は、CNN.comでストリーミングビデオで見れます。http://www.cnn.com/

日本では、自衛隊の派遣による後方支援を実施するための、テロ対策特別法が与野党間やマスコミで喧喧諤諤議論されています。 曰く、日本がいち早く自衛隊の派遣を表明したのは、金だけ出して実質的な支援が何もできず恥をかいた、とされる湾岸戦争時のトラウマが政府を駆り立てたからだ。/ 「Show the flag」という米国高官の言葉を額面どうりに受けて、望まれもしないの日の丸を掲げた駆逐艦を派遣してしまった。/ 武器弾薬も輸送すれば兵站と同じ、戦争に参加していると同じことである、攻撃されたらどうするのか、等々。 新法に全面的に反対するのは、社民と共産で、民主と自由党は、救援捜索とか避難民支援に重点をおくべきだという総論賛成、各論異議ありといったスタンスです。 

日本が55年前の戦争で300万人以上の死者を出し、アジアや周辺諸国を侵略した反省から、憲法9条で「国際紛争を解決する手段として、国権の発動たる武力の行使はこれを永久に放棄する」と謳っているし、この原則は忘れてはならないと思います。 一方で、日本は、極東地域での安全保障条約をアメリカと結び、日米間で集団的自衛体制があるからこそ、比較的安心して経済活動に注力できることは紛れもない事実でしょう。 日本にいるとわかりにくいが、平和と安全はどこからか与えられるものではない、自分で確保するものだし、アメリカをはじめ多くに国はそれを知っている。 日本にいるとその辺りの感覚が鈍くなってくるのです。 今回のWTCでも20人を超える日本人が犠牲になっている。 誰も戦争をしたくない、人を殺傷することは嫌だし、自分も勿論死にたくない。 しかし、その自分の身が本当に危険にされされたら、ほとんどの人が自己防衛するでしょう。

民族的、宗教的対立は人類の有史以来、数限りない血と犠牲を生んできました。 ユーゴやコソボ、チェチェン紛争などこの10年間に、民族紛争、地域紛争はむしろ激化しているように思えます。 特に中東は、1969年の第5次中東戦争に端を発したパレスチナ問題をはじめ、イランとアメリカの対立、イラクと戦った湾岸戦争など、この30年間、ユダヤとパレスチナという問題から、アメリカとそれを敵愾視するイスラム原理主義の紛争に発展し、現在も続いている。 しかし、今回のWTCへのテロのようなことが再び起こってはならないし、日本もいつそのような事態に巻き込まれないとも限らない(現実にYGPにも入館者のボディーチェックが始まっています。) 日本が武力大国になることは、世界も望んでいない。 ただ、元国連難民高等弁護官の緒方正子さんが指摘するように、難民キャンプなどでの人道的支援にも危険をともなうことはあるわけです。 NGOはそれを承知で、前線で難民の救援活動を行っている。 日本の自衛隊の派遣においては、その目的を人道的支援と多国籍軍への食料や非軍事的物資の輸送などの協力と明確に定義すべきではないでしょうか。 

今回のテロ事件と多国籍軍の報復戦争が経済活動に及ぼす影響は甚大なものがあります。 戦争が一体いつまで続くのか。 FBIは、イスラムからの報復テロがある可能性は、100%と言っているそうです。  一国へのテロが日本を含む世界に影響を及ぼす今回の事態は、二国間関係の範囲でとらえられていた紛争が、多くに国を巻き込む新しい形に発展しました。 その中での、日本の責任と役割がしっかりと議論されるべきでしょう。

フランシス福山という歴史学者は、数年前「End of History」という著書で、共産主義とソ連の崩壊による米ソ超大国の対立の終焉後、 世界は、市場主義的資本主義経済という秩序の中で、統一化されていくと述べました。 しかし世界には、様々な人種、宗教、民族があります。 画一的な市場経済主義が、宗教や文化の異なる国々にもたらす歪みが、地域紛争や民族紛争の形で現れているように思えるのも事実です。  

(2001.10.8)