Skip LeFauvre, Saturn's fostering father passed Away

心臓バイパス手術をし、ICSにはいっていたスキップが先週末にフロリダでなくなったとの報がKeith からSJに入ったのは火曜の朝である。 スキップという名前に初めて接したのは、忘れもしない1996年5月に単身で一週間、スプリングヒルのトレーニングに参加した時だった。 その時私の中にサターンフィロソフィーがいわば擦り込まれたわけだが、担当のトレーナーが何度も引用したのがスキップの言葉だった。 それからその一風変わったニックネームの人物が、85年から95年まで10年以上に渡ってサターンの社長を務めた人であることを知り、サターンの生みの親ではないが、生まれたての赤ちゃんのようなサターンを育てあげ、世に送り出したカリスマ的指導者だったことを知ることになった。 

スキップにSJの一員として始めて実際に接したのは、彼がサターンのローンチ後、日本に来た時だった(97年であったろうか。)  その時、私達は手探りの中でサターンを日本でローンチしたばかりだった。 スキップに尋ねた。「あなたはUSでサターンをローンチするとき成功する自信がありましたか?」と。 答えは”We were scared to deathというものであり、その言葉は私を驚かせた。 まさかここまでの表現が帰ってくるとは思わなかった。 それに続けて彼は、「人間は自分が絶対に正しいと思っているときはかえって危ない。 あれこれと迷いながら進んでいる時の方がむしろ正しい判断ができる」といった意味のことを語った。 わずかの問答ではあったが、スキップの人間観、人生観が各所に伺われ、その人間の高潔と暖かさに触れ大変感銘を受けた。 アメリカでスキップに対するサターンメンバーの信仰ぶりは尋常ではないが、特に生産の現場であるスプリングヒルでは、一種異様なまでのカリスマ的崇拝の様子であった。それもこの人の人柄が全く飾らず、驕らず、どんな人に対しても誠実で真摯であったからであろうし、それが常に彼の体から発散され、周りの者に伝染していたからだろう。スキップが財務や開発といったいわば花形の分野の出身でなく、製造や生産技術畑を長く歩いてきたことも、現場の人間の共感を得たに間違いない。 

サターンのISPであるDC氏は、スキップ逝去の報を翌々日まで知らなかった。自分がYGPでそれを告げた時、彼は一瞬絶句してしまった。 彼も80年代後半にサターンに加わったとき、スキップやその他のシニアマネジメントと会見する場があったそうだが、その時のスキップの言葉、態度の丁寧で謙虚なことに感銘を受けたという。 さらに、95年に彼が担当していたアリゾナ地域リテーラー大会でスキップがスピーチを終了した時、会場が総立ちとなり拍手鳴りやまず、スキップは涙を流したそうだ。 そのため、次のスピーカーとして壇上に上がった現CEOのリック・ワゴナーが立ち往生してしまい、ようやくスピーチを始めることのできたワゴナー氏は、「スキップはGMの良心(conscience)だ」と言ったそうである。

スキップは、1956年に当時のpackard electronicに入ってGMでのキャリアをスタートさせているから、当時22歳としても享年68歳前後であろう。 告別式は、ミシガンのAnn ArborにあるFuneral Homeでこの金曜と土曜に行なわれている。 スプリングヒルや全米各地のリテーラーから弔問客が引きをきらないだろう。 DC氏がいったごとく”Skip was Heart and soul of Saturn. He made it happen”なのである。 (以前、Don Hudlerにスキップについて似たようなことを婉曲に言ったら、I did all the dealer side"と鋭い目つきでリアクトされたのには苦笑したが。)

サターンのフィロソフィーや価値観に魂を吹き込み、それを労使関係や販売方法、トレーニングなどの組織、インフラとシステムによって構築していった偉大なるリーダーが今逝った。 サターンはクルマを売ることが苦手なブランドという評価が、今のGMの中で定着している(DC氏)という折、USサターンの人々の落胆は大きなものがあるであろう。 スキップが亡くなるということが、サターンの命運を暗示するようなことがありはしないかと。 しかし、スキップ自身の言葉で伝えられているように、「サターンが文化であり、それがサターンに触れた人の中に生き続ける」限り、サターンは不滅であることを私は疑わない。 サターンが登場した1990年というのは、アメリカが経済的に最も低迷し、世の中の気分としても社会の弱者、敗者に少なからず目が向いていた点で、サターン的な価値観が受け入れやすかったかもしれない。  しかし、GMのリーダーはサターンをさらに育てていくだけの知性とバランス感覚を持っていると思う。  販売台数や利益で一時的な退潮があるにしても、サターンは無類の経験を与えてくれるし、それは会社にとって必ず財産になるはずである。

アメリカは今や世界に並ぶもののないパワーと自信を持つ一方、9/11のテロが一種のトラウマになり、やらなければやられるという、だからイラクを叩くという短絡思考に陥っているように思う。 思想や言論の多様性を享受できることこそアメリカの懐の深さ、知性であり、例えば第二次大戦を自ら応召し、かつ冷戦時代を見てきたブッシュ父は、バランス感覚を持っていた。  戦争はどちらの側も義を唱えるが、痛むのは一般市民だ。 もしかなうことなら、スキップと戦争と平和の問題について、人間について、サターンの日本での経緯について、日本という国について、色々と話をしてみたかった。 今はしかしそれは決してかなわぬ夢となってしまった。(2002/2/1)

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