シネマ大全 さ行・ソ

 それでもボクはやってない 

2007年 日本


大事な就職の面接を控えた日の朝、大勢の通勤客に混じって、満員電車から駅のホームへ吐き出された所を痴漢に間違われ、現行犯逮捕されてしまったフリーター・金子徹平。連行された警察署で容疑を否認すると、そのまま拘留される。その後も一貫して無実を主張するものの、結局は、起訴される事になってしまう。徹平の無実を信じる母や友人の依頼でベテランの荒川、新米の須藤の二人の弁護士が徹平の弁護を引き受け、いよいよ裁判が始まるのだが…。


“大量破壊兵器は本当になかったのに、何故、私が逮捕され、処刑されなければならないのだ?”これは、昨年末、刑を受ける寸前のサダム・フセインの発言の一つだ。
彼が、全くの善人だと思っている人は少ないだろうが、この一点だけは筋が通っている。
やや旧聞になるが、あのO.J.シンプソンが本当に無罪だと思っている人は、世界中にどれくらいいるだろうか?そう、アメリカは、“正義の国”などではなく、“実力の国”なのだ。

我が日本国は、もう少しマシかと思っていた。私の身近に、冤罪で苦しんでいる人はいない。
しかし、この映画を観てから、考え方が変わってしまった。
“痴漢の容疑で逮捕されたフリーター”と、聞くだけで、もう、その人を悪人だと決め付けてしまう先入観は、誰もが持っているものに違いない。
逮捕から取調べ、拘留、起訴の過程で、誰も徹平くんの主張には、耳を貸さない。 
疑われた者は、ハナから犯罪者扱いだ。無実であっても、無罪を勝ち取るのは本当に難しい。


ちょっと、気が弱くて、しかし、曲がった事が嫌いで、少々運が悪いと、誰でも、この映画の金子徹平くんになってしまう。この映画に描かれている刑事も警官も、副検事も、“推定無罪”の徹平くんに対して、常に横柄で、悪意丸出しで、自分の利益しか考えていない。
とても、恐ろしい事だ。

これは、被告人側から描いている映画だが、作り手が非常に偏った立場に立っているとは考えにくい。
ああ、やはり、世界は、悪意に満ち満ちている。
下手をすると、ボーーーッと満員電車に乗っているだけで、大変な事になってしまう。
だからこそ、隠された悪を注意深く拒まねばならないのだ。

周防正行監督、11年ぶりの力作。彼の映画は、いつも15分長いと思っていたが、この2時間23分は、地味だが誠実で豊かだ。

この映画は、ヒットしなくてはならない。 おい、悪意! 正義は、まだ死んではいないゾ。


(2007.1.10)