シネマ大全 さ行・ソ

 そして、デブノーの森へ

2004年 フランス/イタリア/スイス


ベストセラー作家・セルジュ・ノヴァクとしての正体を隠した小説家・ダニエルは、義理の息子の結婚式に出席するためカプリ島に向かう船上で、ミラという美しい女性と出逢う。
一瞬にして心を奪われたダニエルは、誘われるままに一夜を共にする。
しかし、翌朝の結婚式、義理の息子の花嫁として現れたのは、何とミラだった。邸宅のあるジュネーヴに戻っても、許されない情事を重ねる二人。妻にすら全てを打ち明けず、社会に背を向けて生きて来たダニエルにとって、同じポーランド出身で、ユダヤの言葉であるイディッシュ語が理解できるミラは、自分に近い存在のように思われた。しかし、関係が深まるほどにミラの存在は謎に包まれ、反対にダニエルの正体が世間に晒され、やがて、ダニエルは築き上げた全てを失っていく…。


ファム・ファタールに翻弄される男という永遠のテーマに、緻密に組み立てられた謎を加えて描かれたミステリー。“私たち 会わずにいられないわ”ミラからの電話を一旦は切ってしまうダニエルだが、やはり彼女の魅力には勝てなかった。二人は危険な逢瀬を重ねる事になるのだが…。 

以前にも書いたが、この世で最も難しい事は、男と女の関係をフィルムに定着させる事だと思う。そいうデリケートな視点からすると、この“運命の2人”の結びつきは、やや動物的に過ぎる気がする。
ミラを演じる“シャネルのミューズ”アナ・ムグラリスは、なかなか魅力的であり、ダニエルに扮するダニエル・オートゥイユも悪くない。
だが、何というか…“運命の2人”としての最終的な色気に欠けるのだ。


悲劇は、ターミナル(終着駅)でなければならない。
全く違うシュチュエーションだが、映画「高校教師」(’72年/ヴァレリオ・ズルリーニ監督)で、“運命の2人”を演じたアラン・ドロンとソニア・ペトロヴァは、映画全体を貫く悲劇のトーンをなめらかな音符の様に生きていた。ちょっと、足りない。


しかし、私の批判的な思いをよそに、ミステリーはどんどん展開して行く。時には見破り、時には騙された。ラストは書かないが、もう少し色濃く、主人公・ダニエルの“小説家としての矜持”や、“ユダヤ人という出自が持つ重さ”みたいなものを提示すべきだった。

自分勝手な“運命の2人”に、人生をメチャメチャにされる小説家の妻を演じるグレタ・スカッキが素晴らしい。彼女の品性。 その瞳が、この映画の“まぶた”みたいに、果てしない悲しみを堪えていた。

2007.6.10)