シネマ大全 あ行・イ

 いつか読書する日  2005年 日本

大場美奈子。50才、独身。
朝は牛乳配達、昼はスーパーで働き、毎夜の読書をささやかな楽しみとして、日々を暮している。静かな生活、あの人さえ忘れられたなら…。同じ町に住む高梨槐多は毎朝、病気の妻・容子の傍で牛乳配達の音に耳をかたむけていた。幼かった恋、忘れられない想い、けれど美奈子と槐多は、目を合わせることさえも出来ずに、30年以上の時間を別々に生きてきた。
そして、余命わずかな容子は美奈子にある願いを託す…。

高梨槐多というキャラクターは、黒澤明監督の「どん底」における左ト全の様な役割を果たしている。それでいて、主役なのだ。 美奈子と槐多が、遂に心開いて交わす会話。

“こうなったら、もう私をどうにでもして下さい。死ねと言われれば、死にます。この街を出て行けと言われれば、出て行きます”

“そんな事、しなくてもいいよ”


“じゃあ、せめて牛乳を飲んで下さい。もういい歳なんだから…”

非常に面白い。 長い夢の果てと、今の現実が交差している。

映画「ブリキの太鼓」のあの、雨が降って来て、“ハイル・ヒトラー”と挙げた手の甲をくるりと手の平に返す、あの名シーンを思い出させる。

自転車で街を走る美奈子と、バスに立ったまま乗っている槐多。
そう、美奈子にとって槐多は30年間、“斜め上の神”だったのだ。
カメラと俳優の位置関係が、考え抜かれている映画だ。それでいて、少しもあざとくない。
美奈子と槐多を演じるのは、田中裕子と岸部一徳。少しも、いやらしくない。
この2人以外には、考えられない。
ラストは… 誰にも教えたくない。 観るべし!

2005.6.27)