私が観た映画 年間ベスト10 1991年〜1992年


1991年
羊たちの沈黙
クラリスがレクター博士と初めて逢うシーンの緊張感。ラストの“時間の芸術の特性”を生かした展開も見事。よく、映画を観た人が“原作を越えてない”とか“主人公のイメージがあまりにも違う”と不毛な事を言ったりするが、これは原作も映画も、文句なしの超一級品だ。

ニキータ
無期懲役のニキータがその生存能力の高さに注目した政府の秘密機関により、3年後に美しい女殺し屋に変貌して行く…。この設定の面白さに加えて、アドバイザーのジャンヌ・モローの圧倒的な存在感、スタイリッシュな映像、あっけないラスト…。上手い!

レナードの朝
当初、ロビン・ウィリアムズは、ロバート・デ・ニーロが演じた患者役を熱望したという。公式に認められていない薬の大量投与は非常に危険だが、そのリスクを侵しても、ひと時の人間らしい時間を取り戻した人々にあえて、“良かったネ”と言ってあげたい。

あの夏、いちばん静かな海
北野武の作品で最もチャップリン等のサイレント映画の影響を受けており、初期のアメリカ映画が好きだった黒澤明がこの映画を気に入っていた理由が良く解る。海で主人公が死に、浜辺に一人残る女。それらを無音で語って行く、ラストの展開の上手さ。

尋問
’50年代、スターリン体制下のワルシャワ。身に覚えのない容疑で投獄されたキャバレー歌手・アントニーナは執拗な尋問を受け、それは恐るべき拷問へと変わる。これに近い事は古今東西、世界中で行われて来た。現代日本も、決して例外ではない怖さ。

あんなに愛しあったのに
一人の女性を愛した3人の親友同士の30年間に渡る人生模様を戦後イタリア映画への郷愁を織り混ぜて描く。いつの間にか時が流れ、時代が移り変わって行くこの世の無常。ヴィットリオ・ガスマンの味わい。F・フェリーニ監督の特別出演が嬉しい。

プロヴァンス物語〜マルセルの夏
19世紀末の南フランスに生まれた少年・マルセルとその周りの人々の交流をノスタルジックに描いた心優しきヒューマン・ドラマ。成長期の少年の日々を淡々と平凡に描いて行く事によって、非凡な秀作となった。続編「マルセルのお城」も、なかなか。

想ひ出ぽろぽろ
心身共に疲れたOLが小学校時代の自分を連れて、田舎へと旅立つ。もしかしたら、大人にはいつも子供時代の自分が寄り添っているのかもしれない。苦しい時にはふと、そういう“原点”に戻ってみるのも良い。ラストの歌が流れて来た時、涙が止まらなかった。

シェルタリング・スカイ
失われた夢を取り戻す為にやって来たはずのアフリカで、愛を見失って彷徨うアメリカ人夫婦。ボロボロになって行くデブラ・ウィンガー。天才撮影監督・ヴィットリオ・ストラーロによる一度も見た事のない異郷の地の“心象風景”に打ちのめされた。

10

八月の狂詩曲
人里離れた山村を舞台に、長崎での被爆体験を持つ祖母と4人の孫たちのひと夏の出来事を描く。前作『夢』あたりから、かなり開放されて来た黒澤明監督の“スケッチ短編集”。少々緊張気味の日本俳優陣と比べ、リチャード・ギアの自由さは、さすがだ。


1992年

ツイン・ピークス〜ローラ・パーマー最期の七日間
アメリカ北西部の街・ツイン・ピークスを舞台に、ローラ・パーマーが殺されるまでの7日間の出来事を描く。現実の世界ではない“アナザー・サイド”の描写。あの市松模様の床の劇的効果。デビッド・ボウイの登場によって、その作品世界が確定した。

JFK
アメリカ現代史上の一大事件で今なお謎の残るジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件を、新たな調査資料を元に検証したドラマ。事件を担当した検事・ジム・ギャリソンの視点。本当にこれが作りたかったに違いないオリバー・ストーン監督、渾身の一作。

ハート・オブ・ダークネス〜コッポラの黙示録
映画史上屈指の問題作「地獄の黙示録」(フランシス・フォード・コッポラ監督)の製作過程を描くドキュメンタリー。これと、コッポラ監督夫人・エレノアが書いた本「ノーツ」を読むと、映画制作という名の苦行の“闇の奥”を垣間見る事が出来る。

夢を生きた男〜ザ・ベイブ
初めて野球で金を稼ぎ、自費で食事をする若き日のベイブ・ルース。その食卓の上の食べ物の量の多さ。ああ、この子はずっと、“一度良いから腹一杯食ってみたい”と思っていたんだろうなぁ、と思って泣けてしまった。名優・でジョン・グッドマンに、今からでもオスカーを!

アトランティス
6つのテーマを基に海面から海底までの海の生物の生態を映す。美しい映像の連続のラスト近く、巨大なマンタが現れ感動していると、更にもう一匹が…。これで完全に持って行かれてしまった。リュック・ベッソン監督は、女性を口説くのが上手いに違いない。

バートン・フィンク
ハリウッドに招かれたニューヨークの劇作家が、宿泊先のホテルで遭遇する不思議な体験を描く。部屋の壁紙が、ベタ〜と剥がれて行くヌメッとした感覚、その生理の描写が、物書きの苦悩と重なり面白い。タトゥーロとグッドマンのトボケた個性も、うまく生きた。

ウルガ
モンゴルの大草原で暮らす羊飼い一家の日々の営み、生き様を描いたドラマ。ウルガとは長い棹で、これを草原に刺しておくと、恋人たちの情事を邪魔するなというサインになる。この素朴な暮らしに入って来たのは、テレビが知らせる冷戦の崩壊という皮肉。

歌姫カルメーラ
スペイン内戦期、ファシスト政権下で歌と芝居に生きた歌手・カルメーラを描く人間ドラマ。祖国を侮辱する不本意な舞台を演じなければならない辛さ。不幸な時代を生き延び、ささやかな幸せを求めた彼女。しかし、ラストはあまりにも悲し過ぎる。

ミンボーの女
名門ホテルを食い物にするヤクザとミンボー(民事介入暴力)専門の女弁護士の闘いを描く。冒頭、ホテルのロビーを俯瞰で見せ、状況を観客に知らしめる伊丹十三監督の語り口の上手さ。ヤクザの罠にはまり、破滅する支配人・宝田明は敢闘賞ものだ。

10

地獄の警備員
次々と殺戮を繰り返して行く狂気の警備員によって、恐怖のどん底に突き落とされた会社員達の姿を描くホラー。犯行の動機が最期まで解らない所が非常に怖い。余談だが、私が自分の出演作で自らのベストテンに入れているのは、現在の所、この作品だけだ。