アンコール・トム
王と神の都市―アンコール・トム
アンコール・ワットに象徴される大伽藍の造営によって
国内の精神的統一を図ったスールヤヴァルマン二世は、
外征も積極的に行った。その後、1177年のベトナムの
チャンバ軍による王都略奪からアンコール地域を開放
したのが、クメールの覇者と呼ばれるジャヤヴァルマン
七世であった。この時に新たに建設されたのが都城
アンコール・トムであり、同時に領土内各地で寺院建設、
道路網の整備、102箇所にも及ぶ施療院、121箇所の
宿駅などが整備された。
|
南大門。 |
|
54体の像のアップ写真。 |
南大門の四面仏アンコール・トムの外側、悪魔の顔。 |
5つの門に囲まれた都城 アンコール・トム(大きな町)は高さ8mのラテライトの城壁に囲まれている。周囲12kmの城壁内には、十字に主要道路が配置され、その中央にバイヨン寺院がある。そこから少し北上した位置に王宮がある。王宮の正式な塔門は、象のテラス、ライ王のテラスと一体化して作られている。像のテラスはジャヤヴァルマン7世によるもので、バプーオン遺跡からライ王のテラスまで300m以上もある壮大な規模である。このテラス上から王族たちが閲兵を行った。この凱旋道路が城壁とぶつかった位置にある門は東西南北の城門に加えて、勝利の門と呼ばれている。 |