キョンの様子がおかしい。
何がおかしいってとにかくおかしい。顔がおかしいのは言うまでもないけど、そういうのじゃないのよ。なんか上の空っていうか、ボーッとしているというかなんというか……。
そんな様子でおかしいのは、朝からだった。朝のホームルーム前にどーでもいいような話をふっかけて来てたくせに、今日に限っては「放課後に用事があるから部活休む」のたった一言だけ!
冗談じゃないわ。アリエナわよ。何それつまんない。……いやいや、ツマンナイのは話がそれだけだから、ってわけじゃないのよ。本当よ。本当だってば!
とにかく、我がSOS団は年中無休24時間ニコニコ営業なの。そんな「休む」とか言われて「はい、そうですか」なんて言うあたしじゃないのよ! なのにバカキョン、あたしの言葉なんて右から左みたいな顔で聞き流してさ。あったまに来たからぶん殴ってやっても、何も言わずに白い目で人のこと見て……結局、その日はろくに会話もしてくれなくて……ああ、もうイラつく!
放課後、キョンは授業終了の鐘とともにカバンを持って出て行っちゃった。これはもう、由々しき事態だわ。こんな暴挙を見逃していたら他の団員に示しがつかないわ! SOS団よりも優先させる用事ってのがなんなのか、しっかり確かめるのも団長たるあたしの務めよ。この超探偵、涼宮ハルヒさまに隠し事なんてさせやしないんだから!
でもアイツ、自転車通学よね。追いつけるかしら……って思ってたけど、幸いなことに電車に乗り込んでくれた。家に帰らずそのままどっか行くみたい。
あやしい。とことんあやしい。限りなくあやしい。
一両隣の車両に乗り込んで、絶えず監視を続けているけど、どこまで行くつもりかしら。ヤバイわね、財布の中身が……。もう! なんであたしがあのバカのせいで無駄に出費しなきゃならないのよ!? だいたいお金出すのはキョンの役目じゃないのさ。
あたしがそうやって財布の中身を心配していると、キョンが電車を降りた。場所は……国際線の空港? なんだってこんなところに……。
キョンが飛行機に興味があるとはとても思えないし、ここで誰かと待ち合わせ? まさかねぇ……そんな……こと……あったのね……。
あたしやキョンより、年上の女性だった。髪が長くて清楚な感じで。みくるちゃんとも違うタイプの美人っていうのかな。そんな人。
彼女なのかな? でもキョンにそんな甲斐性があるとは思えないし……でも、なんの関係もありませんって雰囲気でもないし……って、チケットっぽいの渡して、ままままさか駆け落ちとかしようってんじゃないでしょうね!? じょーだんじゃないわ。あんたはSOS団にとって、なくてはならない雑用兼お財布兼下僕なのよ! あんたがいなくなったら毎週の喫茶店代はどーすんのよ! それに……それにそうよ、団長たるあたしに一言の断りもなくいなくなるなんて、そんなの許せるわけないじゃない!
「このバカァァァァッ!」
気がつけば、あたしは手近にあったものを投げていた。6人掛けの椅子だった気がするけど、そんなんどーだっていいのよ。とにもかくにもあのバカ面が気に入らないの! そもそもあたしが投げたものを寸前で回避する根性が気に入らない!
もうね、正直に白状するわ。そのときのあたしはよっぽど頭に血が上ってたんでしょうね。飛び出したあたしを見てキョンが何か言ってた気がするけど、まったく聞こえなかった。
「何が『用事があるから〜』よ! あんたあたしに黙ってどこ行くつもりだったの!? SOS団はどうするのよ! あんたがいなくなったらね、古泉くんは一人寂しくTRPGやるようになっちゃうかもしれないし、みくるちゃんだってお茶の淹れ甲斐がなくなっちゃうだろうし、有希だってあんたみたいな朴念仁でもいればいたで安心してるっぽいのに! あんたはまがりなりにもSOS団の正規メンバーなのよ! あたしが許さない限り、どこにも行っちゃダメなのよ! だいたい、あんたがね、あんたがいなくなったら……いなく……」
ホントにね、なんでなのか未だにわかんないけど、そのときのあたしは何故かボロボロ泣いてた。なんでだろ。なんでこんなことで泣いてるのかさっぱりだけど、とにかくあたしは泣いてた。もう言いたいことは山のようにあったんだけど、言葉が続かなかった。
そしたらキョンのヤツ、何か言いたそうに表情を二転、三転させたあとに「やれやれ」って言いたそうに肩をすくめて、あたしの頭に手をおいた。
「……この人は、俺の従姉だ」
「…………え?」
キョンに馬乗りになってボロボロに泣きながら罵声を浴びせているあたしを見て、目を丸くしている美人さんを指さしながらの言葉に、あたしは言葉を失った。我ながら見事な失態だったと思うわ。
ちゃんと話を聞けばどーってことはないコトだったのよ。キョンの従姉が結婚して海外に移住するから、その見送りに来てたってだけ。旦那さんは先に行ってて、飛行機の手配がわからないとかで駆けつけたみたい。時間的にも、学校が終わってすぐ向かわないと間に合わないから……ってことだったんだけどさ。
「だったら最初からいいなさいよ」
成り行きでキョンの従姉さんを見送り終わったあと、あたしはもっともな意見をキョンにぶつけた。そしたらなによ、人を障害競走の障害物を見る馬のような目で見ないでよね。
「言っても言わなくても来るんだったら、椅子を投げつけられる危険を除いておけばよかったよ。おまえな、あんなもの直撃してたら普通は死んでるぞ!?」
「うるさいわね! ちゃんと理由を言わなかったアンタが悪いのよ! だいたい、なんでハッキリ言わなかったのよ?」
そう問いかけると、またも白い目で見られた。コイツ、ホントに学習しないわね。ネクタイ引っ張って頭突きの二〜三発くらいお見舞いしてようやく口を開いた。
「は……初恋の人だったんだよ。だからその……なんだ、つまりそういうことでだ、せめて見送りくらいは一人でゆっくり送りたかったんだ」
「……へぇ、それであんた、」
「つーか、さっきのは一体なんだ!? いきなりボロボロ泣き出しやがって」
あたしの言葉を遮って、あたしが思い出したくもないようなことを言い出した。
「俺はおまえと違って、世間の目を気にする繊細かつ純真な心の持ち主なんだ。やめてくれよまったく、俺がどっかに行くとでも思ったのか?」
「うっ、うっさいわね! あたしはただ、団長としてみんなの意見を代弁しただけ! ちょっと熱が籠もっただけなの!」
「へぇ」
……なによ、なによもう! その勝ち誇った顔は! あームカツク。ほんっとムカツクムカツク! バカキョンのくせに!
「前にもどっかで言った気がするけど、古泉くんもみくるちゃんも有希も、それにあんたも、大切な団員なの! あたしの許可なく勝手にどっか行くのなんて絶対許さないんだからね! 今度こんな真似してみなさい、死刑よ!」
そうよ、キョンもあたしが一番最初に目をつけたSOS団の団員一号で雑用係で大事なお財布なの。いなくなったら困るんだから。
なのにこのバカ、ニヤニヤしちゃってさ。
「わかったよ、少なくとも帰りの電車の中くらいまでなら付き合ってやるよ」
「ふん!」
散々人をバカにして……電車の中くらいですって!? じょーだんじゃないわ! これから一生コキ使ってやるんだから、覚悟しときなさい!
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