日常あるいは平穏な日々:古泉一樹篇

「しっかし、どうしておまえはそんなに弱いんだ?」
 文芸部部室、通称……と言っても、今ではほぼ公式に近い非公式集団、SOS団アジトには今、キョンと古泉一樹の2人しかいなかった。
 団長の涼宮ハルヒ以下2名の女性団員はそろって外に買い出しに出かけている。今度はいったい何を企んでいるのかわからないが、戻ってくるそのときまでは平和であることに違いはない。いつものようにいつもの如くボードゲームに興じるキョンは、対戦相手の古泉一樹に向かって呆れ顔を見せていた。
 久しぶりに引っ張り出したオセロの結果は、ほぼ黒一色。キョンと一樹のどちらが勝者なのか、あえて言う必要もないだろう。
「いえいえ、何も勝つことだけがゲームではないでしょう?」
 ひょい、と肩をすくめて一樹はうそぶく。
「勝った試合より、負けた試合のほうが得るものも大きいというものです」
「へぇ、それで散々黒星を作りまくって、何を得たっていうんだ?」
「そうですね……」
 マグネット式のコマを盤面から取り除いて次の勝負に移ろうかとなった頃合いに、一樹は考えがまとまったのか、口を開いた。
「こういうボードゲームは相手との駆け引きが重要です。自分がこうこう動けば、相手はこう返してくる……そこに相手の心理を探る鍵があるものです。あなたが何を思い、どう考えているのかを、勝たせることで探っているわけですよ」
「もっともらしい口上だな。じゃあ聞くが、今の勝負で俺が何を考えているのか分かったとでも言うのか?」
「ええ、もちろん。おそらくあなたは……」
 口元に手を当てて、まるでパイプ煙草を口にするシャーロック・ホームズのような素振りで、視線を宙に彷徨わせる。
「よくも悪くも、涼宮さんのことを考えていたのではないですか? 言葉にすれば『やれやれ、ハルヒのヤツ。いったいどこまでほっつき歩いてるんだ。またロクでもないことを考えているんじゃないのか?』と、言ったところでしょうか」
 ズバリ核心を突かれて、キョンは目を丸くした。が、すぐに古泉のからかうようなニヤケ笑いを見て、眉根を寄せる。
「そりゃ今までの経験則から出てくるセリフだな。ゲームで俺を勝たせなくたってわかりそうなもんだ。もうちょっと、負け惜しみらしいことを言えよ」
「なるほど、確かにその通りですね。あなたはつねに涼宮さんのことを考えていらっしゃいますから、ゲームでわざと負けるまでもないですね」
「……含みのある言い方だな」
「ご自分でおっしゃったことではありませんか」
 これ以上、付き合いきれないと言わんばかりにため息をついて、キョンは盤面に白いコマをおいた。
「先手はくれてやる。もう一勝負──」
「おっまたせーっ!」
 どかん、とドアを蹴破る勢いで騒動を巻き起こす張本人が部室内に戻ってきた。手には紙袋やビニール袋が握られている。やはり何かをしでかすつもりだ。
 キョンはため息を吐き、一樹は肩をすくめる。
 平穏な時間は、今ここで終わりを迎えるようだ。