日常あるいは平穏な日々:長門有希篇

 その日、文芸部部室、通称SOS団アジトには涼宮ハルヒと長門有希の2人しかいなかった。副団長の古泉一樹はクラス委員の集まりがある理由で欠席、マスコット兼メイド兼書記係の副々団長、朝比奈みくるは鶴屋に誘われて欠席、そして雑用係のキョンも欠席……というわけではなく、谷口と国木田の誘いを断れず、遅れてやってくると言うことだった。
 各々、はずせない諸事情があるとはいえ、団員の3/5が不在ということもあって、ハルヒの機嫌はよろしくない。
「せっかくみくるちゃんに新しい衣装を用意したのになぁ。今日はヒマねぇ」
 団長席に胡座をかいて座り、マウスをかちかちとクリックさせながら、暇を持てあましているときに見せる不満顔でハルヒが呟く。
 そんな団長に一瞬だけ目を向けて、長門有希はすぐに文庫本へ視線を戻した。
 ハルヒは確かに退屈しているが、世界を改変するほどまで今の世界に飽き飽きしているわけではなさそうだ。放置しておいても問題ないレベルと判断して本を読み続けていると、不意に妙な視線を感じて再び顔を上げた。ハルヒがジッとこちらを見ている。
「有希、ちょっとこっちいらっしゃい」
 何を思いついたのか、小首をかしげて有希は席を立つ。ハルヒの前まで来ると、団長席に座るように言われた。
「うーん……あんたカワイイんだから、もうちょっとオシャレに気を配りましょうよ。この超美容師、涼宮ハルヒさまに任せなさい!」
 いったいどこから取り出したのか、ハルヒの手には櫛やらファンデーションその他の化粧品一式が握られていた。
「そうね……うーん、ちょっとおでこ出してみる? ん……と、こんな感じかなぁ」
 まるでメイクアーティストのように手慣れた手つきで眉を整え、ベースメイクを終わらせる。素地がいいだけに、アイラインやマスカラを入れただけで別人のようになる。ハルヒは有希の細い顎に手を伸ばし、上を向かせてリップブラシで口元を強調する明るめのリップを選択。それで完成だ。
「これなら、衣装も変えちゃいましょうよ。んー、みくるちゃんでサイズが合わないかもだけど、それでもいいわよね」
 いいも悪いも、明確な意思表示を見せる有希ではなく、仮に断ったところで押しきられるに決まっている。
「うん、これでカンペキ!」
「遅れてすま……ん?」
 満足げにハルヒが胸を反ると同時に、部室のドアを空けてキョンがやってきた。まるでアンティーク・ドールのような有希と目が合って、言葉を無くす。
「ちょっとキョン、どうこれ!? 衣装はみくるちゃんのために用意したゴスロリだけど……みくるちゃんはメイドさんだしね。有希の衣装にしちゃいましょ。我ながらいい仕事したわ! って、なによそのマヌケ面。なんか、いやらしいわねっ」
 ずっと有希を凝視していたキョンに向かって、急に機嫌を悪くしたハルヒが怒鳴り散らしている。どうやら自分の役目は終わったようだと判断して、有希は読みかけの本を再び手に取ってページを開いた。
 唯一残念なのは、キョンがどんな印象を抱いたのか、そのコメントを聞けなかったことだろうか。けれどその感情はエラーと判断。すぐに霧散する。
 有希は言い合いを続けるハルヒとキョンの声をBGMに、いつものように活字の世界に没頭した。