私の見た日系アメリカ人社会

2000年 9月

カリフォルニアのシリコンバレーに引っ越して始めて身近に日系人というのを知りました。正確には日系アメリカ人です。カリフォルニアには割に大きな日系人コミュニテイーがあり、仏教会(お寺はアメリカではブッデイストチャ−チと呼ばれていた)も近所に何軒かありました。サンフランシスコやサンノゼのような大きな町には日本人街もありました。アメリカの前に海外はオーストラリアを経験していましたが、オーストラリアには日本人の駐在員以外ではオーストラリア人と国際結婚している日本人ぐらいで、いわゆる日系人はその当時オーストラリアではいませんでした。

カリフォルニアの学校で娘が初めてできた友達の話を家で時々していたので、私は「ジョイス」や「リサ」や「キンバリー」や「ジェニファー」のことは聞いていたのだけれど初めてその子たちに会った時、アレ?と思いました。なんと顔を見ると日本人と同じなのです。名前とのイメージが全然ちがうのです。名前からして、私は当然白人か黒人をイメージしていました。もちろんその後は日系人にも慣れたので変とは今では全然思いませんが。

日系二世ぐらいはまだかなり日本語も話せる人もいますが、三世・四世はほとんど英語しか分かりません。日本食の単語や行事や日本語でしか表しにくい単語と簡単なあいさつぐらいしか日本語はわかりません。発音もアメリカ式です。

仏教会で長女は剣道を次女はバスケットのチームにはいっていたので、たくさん日系人と知合いになり、また仏教会の行事などいっしょに参加して、日系人のカルチャーを興味深く、観察しました。

剣道では稽古を見学して、変と感じたのは言葉が日英ちゃんぽんだったことです。

「面を打て!」は「ヒット メン 「ふみこみを早く」は「 クイック フミコミ 「気合(声を出すこと)をおおきく!」は「ラウダー キアイ」という具合です。 「あごをひけ」はこれは英語で「チン ダウン」でしたが。英語の得意じゃない日系人の一世の人の日本語にもぽんぽん英単語がまざり、「山田さんの奥さん」のことは「山田さんのミセス」といい。「山田さんのボーイ」というのは山田さんの息子のことです。「私」は「ミー」、「あなた」は「ユー」休日は「ハラデイ」(holidayのこと) 遊園地のデズニーランドのことは「デイ ジランド」と発音し、たとえば、<日系一世の主婦の日本語の会話> 「きのうのハラデイはミーは剣道のトーナメントでフレスノにいったんよ。うちのケビン(自分のむすこのこと)はフジワラさんの下のボーイと遊びよった。」 「遊ぶ」は剣道する日系人のあいだでは、「試合をする」の意味で使っていました。これは英語のプレイを日本語に置きかえたのかしら?

初めは何のことか分かりませんでした。

日系人の女子バスケットチームの練習でも違和感を感じたことがありました。中学生の女子選手の態度です。コーチは選手の中の一人のお父さんがやってくれていますが、コートでしばらく練習をしたあと、選手を一個所に集めてコーチがみんなのやり方を説明したり、コメントしたりするとき、コーチを囲んで選手たちは座って話しを聞きますが、しばらくすると選手の中で2人ぐらいの女の子は体育館の床にねころんでコーチの話しを聞いているのです。

私はなんと行儀の悪いと顔をしかめました。でも他の選手もコーチも平気なのです。これは行儀がわるいとは見なされないようでした。私としては特に女の子なのにと感じました。日本では特に女の子にはより行義よいのを期待するけれど、アメリカではその点は男女平等なんだなと解釈しました。日系人もそうですが、アメリカ人は純日本人に比べると度胸があるというか。基礎練習はあまり好きじゃなく、でも試合になると、俄然みんなに見られているのでハッスルするのか、実力以上に力がでます。反対に日本人はどちらかというと練習のときはのびのびできて、力があるのに、試合となると緊張して、力が発揮できない傾向があります。アメリカの子供たちはみんなに見られているほうが、得意になって、がんばります。自分に対して、肯定的で自信を持っているからなのかとうらやましい性格だなと感じました。

慣れてくるにしたがって、日系人をよく観察すると、初めは顔が日本人と変わらないじゃないと思っていましたが、違いにも気づくようになりました。日系人は色も焼けていて肌も荒れている人が多いです。それはカリフォルニアの日差しの強さのせいでしょう。それ以外にも特に女子は日本人の女子と表情が違います。話すとき、相手の目を強く、凝視し、表情もゆたかです。日本人からいうと感情をオーバーに表現します。歩くときも肩で風邪をきって、大股で、外またで堂々としています。そう言えは、うちの娘たちも在米年数が立ってくると、日系人の雰囲気と少しづつ似て来ました。自分の意見もはっきり主張するようになってきたし、相手をじっと見て物を言います。これがアメリカナイズしてきたことなんだなと思いました。

じゃあ日系人はみんなアメリカ人と同じようになったのかというと、それは人により、いろいろです。主流のアメリカ人から見るとやはりちょっと違うのです。例えば日系人で固まる傾向があり、結婚も日系人同士が、多いです。特に私の印象では女子は白人の女の人より、活発で、自己主張も強いような人が多く、男子は気の弱いちょっと自信がない風な人が多かった気がします。日系の女の子は勉強もがんばって白人社会に入っても堂々とやっていけるようで、白人と結婚する数も多いです。でも男子は英語も日本語もちょっと変で、日本から親戚の紹介のお見合いで奥さんをもらった人がたくさんいました。

私はいろいろな種類のカップルや、英語・日本語両方、いわゆる「変」な日常会話を聞いたりして、人はそれぞれその形でも幸せに元気にアメリカ社会に根をおろして、生活している、日系人や国際結婚の人々を見て、日本人はこうあるべきだという考えかたはなくなりました。なぜなら多分化社会のカリフォルニアではいわゆる「変」な人種のあつまりなのです。混血は多いし、そういう2つも3つも文化の混ざったような人がうじゃうじゃいるのです。ちょっとぐらい変でも目立ちません。

日系人にしろ、ラッシュの通勤地獄は経験しないで、立派な道を車ですいすい近くの仕事場にいけるし、家は日本のうさぎ小屋からするとどれも雑誌にでてくるような豪家な家に住んでいるし、家族生活も日本のようにお父さんは働き蜂ということはなく、学校や教会の行事もみんな夫婦いっしょに出席し、幸せにしているように見えます。アメリカに来る前は日系人は白人社会から差別され、主流派じゃないから、肩身の狭い気持ちでアメリカで生活しないといけないのじゃないかと想像して、気の毒な気がしていました。でも実際日系人に、「日本の生活はどう思いますか。」と聞くと、みんな「受験地獄といじめがあり、生存競争もはげしいし、人種差別もまだまだ多いようだし、私達のようなゆっくりした人には恐い所に思える。」と言います。

確かにアメリカにも人種差別者はいますし、よく日系会社のバッシングなどニュースにでたりで、日本人の目にはアメリカはそう住みよいとは思われていません。でも日系人の考え方では、人種差別でいやな目にあう事があるにしても、それは差別的に考える人が悪いのであって、だからこちらが引っ込む必要はないのです。日系人は立派なアメリカ人の一種なのだから、堂々と権利も主張し、小さくなって住む必要もないのだという考えです。私も日本にいて考えていた日系人の生活と、実際に見た生活は違っていたので、自分の意見も変わりました。