…私が気がついたら、そこは宿泊先の宿だった。
ベッドに縋るように、クレアが床に膝を突いて眠っている。
―――私は、どのくらいの間眠っていたのだろう。
そして、あの怪物は一体どうなったろう。ガランは、ゆっくりとカラダを起こし、窓の外に視線を向けた。
もうすっかり日は落ちて、辺りは真っ暗だ。
しかし、先ほどの様に街は静まり返っては居ない。
ガランが怪物と闘った広場は、人で一杯だった。そしていくつかの屋台も並んでいる。
…恐らく、これが本来の街の姿であったのだろう。
ガランは安心の微笑を浮かべ、窓から視線を外した。
目に付くのは、目の前で眠っている、クレア。
…クレアのあの姿は、夢であったのだろうか。
空間を切る剣捌き…風に乗ったような身のこなし…。
そして、まるで戦いを楽しんでいるような、燃えるような炎の……煮えたぎる血の色をした、瞳。
ぞく。
悪寒が走った。
ガランは首をふって布団に沈み込んだ。
その振動で目を覚ましたクレアが、ごしごしと目をこすって起き上がった。
「……!がーさま!!」
そして眠気を吹き飛ばすような声でガランの呼び名を叫び、半ばしがみつくように抱きついた。
「いたっ…いたいよ、クレア」
「っ!あぁっ…御免なさい……でも、がーさまだぁ……」
クレアの瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
それを拭ってやりながら、ガランは、ゆっくりと口を開いた。
「……私が気を失っている間…うぅん…私があの魔物と戦っている間…一体何があったの?」
クレアの瞳が、大きく揺れるのを、見逃せればよかった。
◇◆◇
「……前から、言ってるよね。がーさまが、おいらのにーさまに似てるって」
クレアは、いつもとは打って変わった落ち着いた口調で、こう話し始めた。
「…にーさまはね、おいらの大切な人だったの。
なんだかよく分からないけど、大切な人だったの。
……でもね。にーさまは……悪い人に殺されちゃったんだ。
おいらの目の前で…。
それで、おいらは何がなんだか分からなくなって…気がついたらね、おいら…剣だけ持って
逃げてたんだ……。
何があったかなんて、全然覚えてない…。
覚えてるのは、手に残る……生ぬるい感じと、ぐにゃってした……変な感触だけ…」
クレアの肩がかすかに震えている。
その肩に手を置いてやることで、ガランは自らの心の動揺も押えようとしていた。
…クレアは、それでも首を振って真実を話そうとしていた。
「…もう、誰も失いたくないんだ……。
にーさまも、がーさまも…。おいらの大切な人は、皆居なくなっちゃう。
………おいらの、所為で。
そう思ったら、さっきも……。怖くて…泣きたくて…。
がーさまを助けたいと思って…おいら………」
ここまで喋って、クレアは遂に泣き崩れた。
ガランは何て言って上げればいいのかもわからず、ただただ眉を顰めた。
こんなに小さな少女が背負った、罪。
しかもそれを、自分が負わせた……。
ガランは、そっとクレアの腰に下がっている剣に手を伸ばした。
クレアは大人しくそれを許した。
そして、ガランはゆっくりとクレアの剣を鞘から引き抜いた……―――。
「……!!!」
「…?がーさま……?」
ガランは、唖然とした。
クレアの剣は、先ほどと何も変わりのない、新品同様のままだった。
……一体、どういうこと……??
ガランは、ふら、と立ち上がって、そのまま部屋を出た。
「がーさま?!」
叫ぶクレアの声も、彼女の耳には届かなかった……。
◇◆◇
ガランが向かった先は、先ほどガランと魔物が闘っていた広場だった。
そこはもう、人で溢れていて先ほどの緊張感もない。
しかし、地面には、もう殆ど乾いてしまっているが、あの魔物のものだと思われる、緑色の体液。
それは、最初から付いていた文様の様に、すっかりそこに定着していた。
「……アンタ、旅の人かい?」
突然後ろからかけられた声に、ガランは驚いて振り返った。
振り返った先には、一人の老婆が立っていた。
気配は、人の波にかき消されて読むことが出来なかった。
……いや、ひょっとしたら、この老婆が本当に気配を消しているのかもしれない。
「えっと…私に何か?」
「…ほほ。焦る事はないだろう?…アンタ、さっきこの染みを見ていたねぇ」
「…はい」
老婆は、手に持っていた杖で、その染みをなぞった。
そして、微笑を浮かべてガランを見つめる。
その瞳に縛られたように、ガランは身動きが取れなくなった。
「…これは、魔物の血だねぇ」
「……そう、ですか」
「ほほ…とぼけなさるか。先ほど街を騒がせていた魔物のものだろうに」
「…みていらっしゃったんですか」
老婆は「否…」と首を振った。
そして、ぼそぼそと乾いた唇を動かして声を発する。
「…私はねぇ、見なくてもわかるんだよ…見たくないコトまで、全てね。
コレは…アンタの連れがやったんだろう?」
「……」
「あぁ、アンタはしらないのかい。
…ほう。その真意を知りたくて此処に来たんだね?」
ガランは、驚きながらもゆっくりと頷いた。
ココロを、見透かされている。
この老婆の前では、口を開く必要がないのではないかと思っていたら、老婆は殆ど皺で隠れている目を
更に細めて笑った。
「…そんなことはない。言葉にしないと伝わらないことだってある。
そして、相手が一体何に迷っているのか…。
それを、言葉から読むことだって必要なんだよ…。
あぁ、そうだ…お嬢ちゃん、名はなんと言うんだい?」
「あ、えと…私はガランです」
「ほほ。では、ガラン…少しの間、この老いぼれの世間話の相手になってくれないかな?」
ガランは、断る事が出来なかった。
それは、別に老婆の力とかではなく、ただ純粋に、ガランが話したいと思ったからだった…。
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