果てなき空の下で

 

「にい、さま…?」

地の海の中に、よく知った顔が在る。
呼んでもゆすっても、返事はない。
まるで人形のように生気を失っている。

「ほら、ガキ。こんな風にゃなりたくねぇだろ?」

視界が涙に濡れて、相手の認識は出来ない。
ただ、目の前に居るこの野太い声の持ち主は、自分にとっての『敵』である事だけは間違いない。
スル と腕が伸びて、手が少女の首にあてがわれる。少女には、抗う力もない。

「…どうした?その腰に下げてるたいそうな剣で、対抗してみたらどうだ…?」
「っ…ぁ…」

少女の手は、空しく宙を掻くだけ。手を腰の剣に当てるつもりは、ない。

「…ふん。この村に伝説の剣士の末裔が居るって聞いたが…大した事はなかったようだな」

男は、少女の首から手を離した。
一気に気道へ流れ込んだ酸素に、大きくむせる。

「お前一人生かしたところで、怖くなんかねぇからな…。生かしておいてやるぜ。
 …まあ、こんな辺鄙な場所じゃあ、生きてられるかすらわかんねえけどな…!!」

男はにやりと嫌な笑みを浮かべ、少女に背を向けた。
少女の瞳からは、絶えず涙が零れ落ちる。
脳裏には…足もとに居る大切なヒトの笑顔が、走馬灯のように通り過ぎていく。

「に、いさまぁ…」

少女の肩が、がくがくと震える。

…憎い…。自分の全てを、村ごと奪っていったアイツが…!!

―――次の瞬間、少女は本能のままに、剣を鞘から抜いた―――。

◆◇◆


「なあ、聞いたか?ガラン。あの村の噂」
「…噂?」

―――とある町。
蒼髪・青目の少女ガランは、幼馴染みの少年に声をかけられた。

「いや、知らないけど…」
「じゃあ、教えてやるよ」

少年は朝から町中に流れているという噂について、ゆっくりと話し始めた。

「あの森に、村があるのは知ってるだろ?あそこの村の住人が、皆殺しにされたんだとよ」
「…穏やかじゃないね…。毎日のようにそんな噂ばっかりじゃない」

…つい最近から、町の周りでは、このような噂が耐えない。
お世辞にも、平和な世の中とは言えないようになってしまっている。
魔物の暴走…人々の乱心…暴力…殺人。
毎日のように起こる事件に、この豊かな町でさえ、恐怖に怯えていた。

「まあ確かに。でもな、大変なのはここからだぞ。
 家のオヤジ、アレでも警備軍だから…ちょっと盗み聞きしちまったんだけどよ、
 村の人間に混ざって、余所者の死体が発見されたらしい」
「…旅のヒト?」
「いや、そいつの剣に付いてた血が、…村人のものだったらしい」
「ってことは、生き残りが居るって事…?良かったじゃない」
「…そうでもないぜ?
その余所者の死体には刃物で切られたって言うより、風みたいな物にやられたような傷があったそうだ」

ガランは、ひっそりと眉をしかめた。
彼女は町の中でただ一人、風魔法を使う事の出来る少女だった。

「俺は疑ってないけど…、皆がお前を疑ってる。
 お前がマッチを擦るみたいに簡単に風魔法使う事はこの町の人間皆が知ってる事だからな。気をつけろよ?」

少年は、周りの視線を気にして、早々に立ち去った。
…周りの視線は、明らかにガランに集まっている。

…まったく、どこの誰だか知らないけど…いい迷惑…。

ガランは、奥歯をかみ締めて、家路に向かった。
と、その時、足もとの草むらが、微かに音を立てた。
小さい物音に敏感なガランは、一歩飛びのいて、恐る恐る草むらに声をかける。

「だれか…いるのっ?」

…まるで、返事をするように草むらががさがさと、立てる音をました。
ガランは草を掻き分け、音の発生源を探した。
中から現れたのは、碧髪・赤目の少女だった。

「わあっ…ヒト、だぁ…」

少女は、やっとの事で草むらから這い出し、ガランの前にちょこんと座り込んだ。
…髪はぼさぼさ、服はボロボロ。顔や足などの生身の部分はあちこち擦り切れて血がにじんでいる。

「あ、貴方は…??」

ガランが聞くと、少女は ほえ? といった顔でガランを見上げた。

「あ、…ああ。オイラはクレアっていいますぅ…」

少女はにっこりと笑って頭を下げた。
何となくズレたクレアと名乗った少女のテンポに、ガランは苦笑した。

「じゃあ、クレア…どこから来たの?」
「んん〜…オイラ、森の中の……っ!いったぁ…」

クレアは、足を押えてうめいた。
どうやら、足をひねってしまったらしい。
ガランは溜め息をついて、クレアの手を取った。

「ほえ…?」
「手当てしてあげるから…おいで」

ガランは、呆然と立ち尽くすクレアを引っ張って、家へ向かった。

◆◇◆


…町の一角にある小屋。そこがガランの家だった。
ガランは、救急箱から湿布を取り出したり消毒液を取り出したり…。さかさかとクレアを手当てした。

「あのぅ…貴方は?」
「私は…ガラン。一応、風使いだよ」
「ガラン、さま?」

クレアは、じっとガランの顔を見つめた。

「…?どうかした??」
「ううん…。なんでもないんだけど…、ガランさまはどうしてオイラに優しくしてくれるの??」
「なんでって…そりゃあ、女の子が行き倒れてたら誰だって気になるじゃん」

クレアは、少し首をかしげた。

「なんかね…ガランさま、オイラのにいさまに似てる…」
「クレアの、お兄さんに?」
「うん。血は繋がってなかったんだけどね。すっごく優しい人だったの。
 オイラ、小さい頃から泣き虫だったから、いっぱい迷惑かけちゃったの…」

クレアは、昔を懐かしむように、目を輝かせて「兄」について語った。
そしてその後、ふ と視線を落とす。

「…お兄さんは、今何を?」
「にいさまはね、…死んじゃったんだ…」

でも、と、クレアは笑顔で顔を上げた。

「ガランさまに会えたから、オイラ…寂しくないよ」

ガランは、何となく嬉しくなった。
自分が町で殺人犯と疑われている中で、こうして自分を慕ってくれている人が居る…。

「あっ…じゃあ、『がーさま』って呼ばせてもらっても…イイ?」
「うん。いいよ」

ガランは、頭の中で何かひらめくものを感じた。
そして唐突に立ち上がる。

「がーさま…?」
「クレア…、私と一緒に旅に出ようか…」

一瞬クレアは驚いたが、すぐに笑顔で頷いた。

「うんっ!がーさまになら、どこへでもついてくよ!!」
「じゃあ、支度しようか」

二人は、必要最低限のものを、バックに詰め始めた―――。