お別れ・・・

 ぼくの名前はアレックス。 本名はアレクサンダー・ザ・グレート。 日本語にするとアレキサンダー大王。 すごくいかめしい
名前です。ぼくの異母兄の名前をシーザーにしたので、弟のぼくも偉い王様の名前にしようということでパパがそう名づけ
たのだそうです。


 ぼくはいま虹の橋にいます。 虹の橋は天国の入り口にある橋で、地上での命を終えた動物たちが楽しく集う楽園で
す。 ぼくは9月16日の朝に地上での11年余りの生涯を終えて虹の橋にやってきました。 その日の朝、ぼくはいつものよ
うにパパとねぇねが会社に行くのを見送ったあと、やさしいママの腕の中で静かに地上での生涯に幕をおろしました。


 前の週末に体調を崩して毎日獣医さんに通っていたぼくは、その日になって変てこりんにお腹がふくらんで息苦しくなって
しまいました。 ママがイヌ車で獣医さんにつれて行ってくれたときに、先生が「そろそろかもしれませんよ」とママにささやいて
いるのが聞こえて、ぼくは「そろそろって何なんだろう?」って思いました。 点滴と注射をしてチーズをもらったらだいぶ楽に
なったので、帰りは自分で車に跳び乗りました。 家に帰ってからは玄関の板の間に横になったんだけど、ふくらんだお腹の
せいで呼吸が苦しく、座っている方が楽なので、できるだけ座るようにしてときどき立ち上がって足腰を伸ばしたりしました。


 ママが獣医さんの話を家族みんなに伝えたらしく、その日はパパもにぃにもねぇねもみんな早く家に帰ってきました。 みん
なでぼくのまわりに集まって撫でたりダッコしてくれました。 大家族の次男坊のぼくが家族をひとりじめすることは滅多にない
ことなのでものすごく嬉しかったけど、とても苦しかったので元気よく尻尾をふることはできませんでした。 大好きなチーズや
煮干もくれました。 本当はあまり食欲がなかったんだけど、嬉しくてみんな食べてしまいました。 みんながいつも以上にや
さしくしてくれて、いつまでもぼくのそばから離れないので「そうか。そろそろっていうのは、ぼくもいよいよってことなんだな」と
別離のときが近いことを悟りました。


 みんなとの時間を過ごしていると、真夜中近くになって愛妻ラッキーと愛娘ルルのパパとママ、それと愛娘ルーシーのママ
がお見舞いにきてくれました。 なんとラッキーも一緒でした。 とても嬉しくて、思わず立ち上がってラッキーの匂いを嗅ぎま
くって、いつものようにみんなの膝にスリスリして甘えました。 嬉しさのあまり思わず最期のときが近づいていることも忘れ、
家の外まで出てラッキーと二人で写真を撮ったり、ラッキーパパの車に跳び乗ろうとしたりしました。 「この調子なら週末に
多摩川で会えるね」という安心した様子のみんなが帰るのを見送りました。


 元気そうにふるまったぼくの姿に安心したのか、パパはジュンとビンゴとぷっぷを連れて洗足池に散歩に行きました。 ママ
はぼくとシーザー兄ちゃんを近場のトイレ散歩につれて行ってくれました。 最近は足腰の弱ったシーザー兄ちゃんが長い散
歩が無理なので、二組にわかれての散歩が習慣になっています。 ぼくはシーザー兄ちゃんの長ションの跡をいつものように
堂々と足高々に消しました。


 その後ちょっと疲れたぼくは玄関で休み、ママとパパは居間と玄関を行ったり来たり、にぃにはしばらくの間ぼくを撫でたり
やさしい言葉をかけたりしてくれた後で「そんじゃ、アレックス頑張るんだよ。また来るからね」と言いながら新しく引越した
家に帰って行き、それがにぃにとのお別れになりました。 一番の仲良しのねぇねは「ニャー君、ニャー君」と声をかけながら
ずっとずっとぼくを撫でてくれました。 翌日会社があるパパとねぇねは3時過ぎに寝ましたが、ママは寝袋を玄関にもってき
てぼくと一緒に寝てくれました。


 そしてその日の朝。 いつものように玄関を見下ろす階段の踊り場でパパとねぇねが出かけるのを見送りました。 パパが
忘れ物をして戻ってきたので、ぼくはもう一度パパとねぇねを見送ることができました。 ママが洗濯物を干したりキッチンの
後片付けをしている間ぼくは踊り場にひとりでいましたが、しばらくするとママがそばにきて膝枕をしてくれました。 ぼくはなん
だかとても安らいだ気持になって眠ってしまいました。 遠くの方で「アレックス!」と呼ぶママの声が聞こえたような気がしまし
たが、もう目覚めることはできませんでした。


 それから後はまるで夢のようです。 二つのことを同時に楽しむことができるのです。

ひとつは、虹の橋にいるぼく。 遥かな丘につづく緑の草原やきれいな渓流、ポカポカと心地よい日ざしの中で走りまわった
り水遊びをしてみんなと楽しく遊びます。 草むらに入ってしまったボールを見つけてあげてはみんなに喜ばれています。 ふく
らんだお腹も元通りすっきり。 食欲もバッチリです。 ビンゴに刈られることがなくなった尻尾の毛もふさふさとはえそろいまし
た。 ラッキーパパからの贈り物の多摩川のクロバーは虹の橋の草原に植えました。 夜は、ママが棺にいれてくれた、ぼくが
ドッグコンテストで賞品にもらったキルティングマットの上ですやすやと寝ています。

もうひとつは、家族みんなと一緒のぼく。 居間もキッチンもママやねぇねたちの部屋も、多摩川や洗足池も、ねぇねやにぃ
にやパパの会社も、どこにでも行きたいところにいつでも自由に行けるのです。 先週もママの胸のペンダントから出て多摩
川の河川敷をみんなと一緒に楽しみました。 河川敷の堤の通りを渡り終えてからシー兄ちゃんが何度も振り返ったのは、
ぼくがちゃんとついてきているか心配だったのかなぁ。ぼくはいつもみんなと一緒だよ。もちろん行き帰りのイヌ車の中はいつ
ものとおり立ちっぱなしでしたが全然疲れませんでした。


 だから、これからもずっとぼくは家族のみんなと一緒です。 今から来年の清里旅行を楽しみにしています。 「パパァ!
尾白川でまたボールを投げてくれぃ! どんな急流にも飛び込んでとってくるよぉ!」