ケイ国王の映画感想文21 VOL.13
ケイ君のビデオ観賞記21その五(「おかえり」)

「おかえり」(監督/篠崎誠 出演/寺島進 上村美穂)

■テサロニキ国際映画祭最優秀監督賞、国際映画批評家連盟賞
■ベルリン国際映画祭最優秀新人監督賞(ヴォルフガング・シュタウテ賞)
■タンケルク国際映画祭グランプリ 最優秀女優賞、プレス審査員賞、若手審査員賞、観客賞
■モントリオール国際映画祭新人監督グランプリ(モントリオール大賞)、国際映画批評家連盟賞
■ナント三大陸映画祭最優秀女優賞
■東京スポーツ映画大賞監督賞、新人賞

 精神のバランスが崩れて行く妻(上村)とその妻を必死に救おうとする夫(寺島)の物語・・・
 
 長い間映画ライター、批評家を務めた篠崎誠氏が満を待して自主制作に近い形で製作した映画だったが、日本での短期間の上映ののち、海外の映画祭で爆発的な人気を得た。
 ずっと見たいと思っていたのだが、監督本人の意向でビデオレンタルがされておらず、先日CATVで放映されたものを録画してようやく見る事が出来た。
 明らかに低予算だが、じっくりとした長回しで、寺島、上村の素晴らしい演技を見せる事に専念した監督の堂々たる演出ぶりは、これよりもお金のかかっている凡作を百本見るより、よっぽど濃密な時間を味わう事が出来る。
 
 結婚して2〜3年。塾講師を勤める夫と出版社のインタビューのテープ起こしの内職をしている妻。二人の間に子供はいないが、二人は小さなアパートでつつしまやかな生活をしている、ごくごくありふれた普通の新婚夫婦である。
 カタカタと一人でワープロを打つ妻のアップでオープニングが始まる。なにもない空間。のどかな住宅街。しかし、そんなオープニングを見た瞬間、観客はなんとなくこの妻を現実に繋ぎ止めているものが、非常に細い糸のようなもので、しかも今現在なんとかぎりぎりその均衡が保たれているのだと言う事を、うすうす感じ取る。上村美穂(この作品で初めて見た)の演技はその年の主演女優賞を総なめにしてもいいくらい、素晴らしい。
 
 そんな上村が演じる妻が、少しずつ、少しずつ「向こう側の人間」になって行くのを見ながら観客はどうする事も出来ない。
 そんな観客の期待を担い、そして妻の最後の心の砦である優しい夫を演じる寺島進・・・北野武映画では常連の彼にとって、この映画は「初主演」になるのだが、妻をただ静かに、優しく包み込む彼の演技! 俺が女性だったら絶対彼の大ファンになってる! 素晴らしい! まさか、こんなに細やかで暖かい演技を出来る人とは思わなかった。素晴らしい役者だ!
 この二人のコラボレーションを見られただけで、ぐっと胸に来るものがある。日本にはこんなに素晴らしい若手俳優がいるんだ、と言う事への感動・・・。

 そしてこの映画を撮った篠崎監督はもともとはホラーやSFの批評を良くしていた人で、病魔に犯される妻の描き方はある意味、SF映画の演出に繋がっている、と言うのが、隠されたこの作品の特徴であろうか。
 いや、もちろん何か特殊効果を使っているとかそう言う事ではなく、自分の身近にいる人が「知らない別のものに変わって行く恐怖」・・・あきらかにSF映画の文法でそれを演出しているふしがある。もちろん監督はそれと気付かれないくらいのさりげなさで、それを忍び込ませているのだが・・・
 大急ぎでフォローすると、監督はもちろん精神を病んだ人を興味本位で描いたり、揶揄するような描き方など当然しておらず、むしろ、医学的な資料や取材に基づいた形で精神病と言うテーマを非常に真摯に扱っている。
 そして、あくまでも医学的手段に頼らず、ただただそんな妻に寄り添って生きて行こうとする夫の姿を通して、そんな時に周りの人間が取りうる最善の手段を描いてみせる監督はもちろん、深い部分で人間を見る事の出来ると言う、監督として「多分大事な」才能を持った人であると言う事は間違いがない。
 
 一人の人間の人生を支えて行く事の決意・・・今回はたまたま、こういう題材だったが、そうじゃない内容でもそう言ったものを見せつけられたりする事はあるかも知れない。
 そう言った強い意志のようなもの・・・それを、これ見よがしでなく、静かにさりげなく見せられた時に、人はより深い感動を覚えたりするのではないだろうか?
 
 静かに染み入るような、「感動と言う言葉では一括りに出来ない感情」・・・に今も僕はとらわれた状態にある。
 そして時間の経過と共に、それが薄れていっても、必ずこの時に感じた感情を、「実生活においても」感じる事がある筈だ、と言う確信がある。
 この映画を「身近に感じてしまった」。これはたぶん非常に個人的な感じ方なのかも知れない。これを俗に「身につまされる」と言うのであろう。
 この時に感じた感情を、「実生活においても」、感じる事かも知れないと言う確信・・・まさにその時が訪れた時に、僕の脳裏に浮かぶのは、この映画の、寺島進の妻に向ける優しい眼差し、であるような気がする。
 
 「おかえり」。いい映画でした。

(☆☆☆☆)

('95劇場公開→'01/2/23CATVで放送された時に録画したものを3/3観賞)
('01/3/3書き下ろし)

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