ケイ国王の映画感想文21 VOL.2
ケイ君のビデオ観賞記その一(「破線のマリス」)

「破線のマリス」(監督/井坂聡 出演/黒木瞳 陣内孝則)

 井坂監督のデビュー作「[FOCUS]」('96)は衝撃的であった。盗聴マニアの青年(浅野忠信)を取材するTVドキュメンタリーの取材クルーがセンセーショリズムを追求する余り暴走し、やがて全員が破滅の道に突き進んで行く。終始TVカメラ目線で物語が進んで行くと言う実験的手法と、浅野忠信の使い方の旨さ、73分のコンパクトな時間内におさめられたサスペスフルな演出にすっかり魅了されてから、井坂監督の名前はすっかり僕の記憶に刻み込まれた。しかし、その後撮られた作品の評判が今一つだったせいで、井坂監督の作品からは暫く僕は遠ざかっていた。
 その井坂監督が久々にマスコミの世界を舞台にした「破線のマリス」を撮ったと言う事で、物凄く気になっていた。果たしてどんな作品になっているのだろうかと……

あらすじ〜ある人気ニュース番組の事件検証のコーナーの編集を受け持つ編集ウーマン遠藤(黒木瞳)の元に、郵政省と企業の贈収賄に絡んだ殺人事件の内部告発のテープが持ち込まれる。そのVTRは明らかに郵政省の官僚・麻生(陣内孝則)を不審人物であると指摘するような内容であった。TVで扱うには物凄く危険な代物であったが、遠藤はこれを電波に乗せる事を決意する。さっそく遠藤はそのテープを元に検証VTRを作成。それをノーチェックで番組内で放送させる事に成功する。遠藤は麻生が犯人とははっきり指摘しないまでも、視聴者にそう思わせるような編集を施していた。遠藤は自分の行動にこの時点で揺るぎない自信を持っていた。社会悪を告発する事はマスコミの義務であり正義である! が、しかし遠藤はこの時点で自らが仕掛けた映像の罠と、犯人の仕掛けた罠に二重に足を取られてしまっている事に気付いていない……
 麻生の証言により、事件は遠藤が思いもよらなかった方向に……そしてある日から遠藤自身の私生活も謎の視線に脅かされていく。果たして事件の真相は……

 1997年9月、第43回江戸川乱歩賞に輝いたサスペンス・ミステリー「破線のマリス」の映画化。原作の野沢尚はもともとTV、映画の脚本家から小説家への転身を果たした人。今でもキムタク、中山美穂の「眠れる森」や松嶋菜々子の「氷の世界」等の人気TVドラマの脚本も書いている、ドル箱の現役シナリオライターである。TVの欺瞞や原罪を暴き、TVでは絶対映像化不可能だろうと言われたこのベストセラーの原作を、脚色しているのはもちろん野沢氏本人である。
 
 ちなみに破線=テレビ画面を構成するとぎれた線。
     マリス=悪意、敵意。

 で、感想はと言うと、非常に面白かった! 結末は読めなかったなあ〜。「TVや映像に映っている物は果たして全て真実なのか?」 それは前から僕自身も思っていた事だ。余りにもみんなTVやマスコミの言う事を鵜呑みにし過ぎるのではないか。ハリウッドでリメイクしても充分いけると思う。是非色んな人に薦めたい。黒木瞳良かったなあ〜 主人公はバツイチで子供とは離れて暮らしていて……泣かせるシーンがあるんだよねえ(何度もカセットテープを巻き戻して子供の声を聞くシーン)。ああいう芝居に弱い私。ウルッと来ました。旨いよなあ。
 ただ、全体的にきっちりしすぎてるような気がしてて少し面白みにかけるような気も……ま、こういうジャンルの映画が持っている宿命だとは思うけれども。
 こう言う情報量の詰まった長篇の小説を、決まった時間内に収めて映像化するのって大変だと思う。しかもミステリーだから確実に観客をラストの謎解きまで誘導しなくてはいけない。本筋に関係ない遊びのシーンを入れたり、観客に解釈をゆだねるようなジャンプショット(省略の技法)もなかなか使えない。説明不足はまずいからね、こういう映画の場合。
 ミステリーにも色々あって人間の心理状態を追って行くものと、出来事を追って行くものがある。「破線〜」はどちらかと言うと後者なんだよねえ。だから、じっくり役者さんの微妙な芝居のニュアンスを見てみたいとか、余韻を楽しみたいと言う欲求は余り叶えてくれなかった。ラストは余韻たっぷりに終るけどね。怖いラスト、でした。
 
 そう言う理屈で楽しむ部分の他に母子の愛情を描いた部分があってそれは非常に良かったのだが、ひとつ勿体無かったのは「遠藤と麻生の関係を疑似恋愛に見立てている部分」、それを結構早い段階で麻生本人の口から言わせちゃうんだよねえ。それは見ている人に何となく匂わせるだけにして、最後の最後に言うか、言わずに暗示だけさせて置けば、二人の男と女の間に漂う色気を表現出来たと思うんだよね〜。そこは勿体無いなあと思う。それなしでも成立する話なんだけどさ。そう言う部分があった方がドラマとしても盛り上がるしね。
 「ハロウィン」と言うホラー映画で殺人鬼マイケル・マイヤースと、とことん追い掛けられるヒロインの関係を「究極の片思い」に見立てた文章があって、あ、なるほどなと感心した事がある。遠くからマイケルが窓辺のヒロインを見つめるシーンは「ロミオとジュリエット」を思わせるような美しいシーンだったとも書いてあった。ホラー映画ってそう言う意味ではセクシーだよね。そう色っぽさって大事。

 結論としては、「破線のマリス」には艶っぽさが足りなかったと(それは直接的な濡れ場とかなくても表現出来る物である)。それから真面目で理路整然した奴よりも、ちょっとバカっぽい奴の方が周りから愛されたりするように、ちょっと遊びの部分が足りなかったかも。
 しかし、それとは別に社会派サスペンスとして秀逸な映画ではあった。ミステリー好きには是非見て頂きたいものだ(☆☆☆1/2)。
 あと監督のデビュー作「[FOCUS]も面白いよん。

('00劇場公開作品→'01/1月ビデオでの観賞)
('01/1/14書き下ろし)

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