前の詩と同様、境界に関するもの。
この頃、自分とまわりの世界との境界についてよく考えていた。
境界線
体温と同じくらいの
水をさわるように
冷たかったり
あたたかかったり
舌の先で確かめてみても
皮膚を滑ってゆく
音の波のように
私も波になってしまえばいいのに
境界線の儚さと安らぎに
目を閉じて 9/21
境界線が崩れて、溶けてゆく快感。
確実な存在である時よりも、遥かに自分を感じていたような気がする。
暗闇を背に
動く気配もない空気になったなら
夜になりましょう
私の境界は
昼のように厚くはない
機械じかけの
オオカミの遠ぼえは
稜線を浮きあがらせはじめる
淡い光を
のどの奥にひきのばしている 6/5
浪人のとき、授業中窓の外を眺めながら書いたもの。
何だかわからない気持ちそのまんま。ぼーっとしてる時の私の中はこんな感じです。多分。
空の穴に落ちこんだ雲
あめ色ひかり
風が吹いても
どこへゆくのかわからない
とけるのを待っている
つたのつるをひき
夜をおろしてしまえ 6/2
過去の詩を見ていて思うのは、感情ってその一瞬の自分のものでしかないんだな、ということ。なんで自分はこういう表現をしたんだろうって、不思議に思う詩もある。これもそのひとつ。
そう思うと、これまで残してきた詩のひとつひとつがとても大切な瞬間たちのように思える。
あめふるよる
雨のる夜は階段も見えない
踏みはずしそうなのに
なぜか歩いている
そこは
地球ではないのかも知れない
後ろ手にドアをつかめば
今日もまた
何かをつかみ損ねた私。 2/27
駅から下る道を、排気ガスに巻かれながら帰る途中に思い浮かんだもの。
ふっとガスが途切れて、夕焼けが透けて見えるような瞬間。そして一歩踏み出すと、またガスに巻かれる。でも、そこを歩いている時間が妙に楽しかったりもする。
その繰り返しが幸せなんだなぁって。
ゆがみ
ゆがみのない空気
時々、落ちている。
その中に入ると
夕焼けがいつもより
きれいに見えるそうだ。
ゆがみのある空気
いつも どこにでもある。
その中では
何でも乱反射して
妙に味があるのだ。 1/31
1998年