誕生日はあなたと
makomako様作
特別な日に誘われるとなぜか期待してしまう
私はドキドキと高鳴る胸をおさえつつ迎えの馬車でリュミエール様の館に向かう。
今日は日の曜日
そしてリュミエール様のお誕生日。少し前にリュミエール様の誕生日が日の曜日だと気付いて、どうすればお祝いが出来るだろうと思案して
いた私に彼が館に遊びに来ませんかと誘った。
誕生日なのだということを少しも感じさせず、まるでお茶会にでも誘うような気軽さで。
忘れているのだろうか
新たな疑問が私の心に芽生えた小高い丘を回りこむように馬車は進み、高台にある館の前で止まった。
門を抜けてから馬車が止まるまでの時間を考えると、すごいんだろうなという予測に反しない広大な屋敷
が目の前にあった。
「ああ、よく来てくださいましたね
」馬車を降りた私を見て微笑を浮かべリュミエール様が館から出てきた。
「あっ、リュミエール様。今日はお招きくださってありがとうございます
」挨拶をするとリュミエール様はにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ
堅苦しい挨拶は抜きですよ、エンジュ。さぁ、中へどうぞ 」促されるままに中に進むとそこは大きくて明るい玄関ホール。
天井まで続く大きな窓から明るい日差しが差し込んでくる。
その大きさと明るさに驚いていると、向こうにある広い階段を上がったリュミエール様が声をかけてきた。
「エンジュ、こちらですよ
今日はいい天気なので二階のテラスにお茶の用意をしたのです 」「はい、リュミエール様
」返事をして慌てて後に続くとリュミエール様は階段を上がり広い廊下の先にあった扉を開いた。
光に溢れた部屋はリュミエール様のアトリエらしく、絵の具とお日様の匂いがした。
きょろきょろと部屋を見回す私に微笑みかけると、リュミエール様はこちらですよと大きな窓の向こうに
進む。
白い石造りのテラスには籐の椅子とテーブルがあり、同じく籐で作られた座り心地の良さそうなベンチが
テラスの手すりのそばに並び、いくつものクッションが置かれている。
「うわ〜可愛い
」まるで本から抜け出たような光景に思わず声を上げるとリュミエール様が楽しそうに笑った。
「あなたはこれくらいでお喜びになるのですか?」
「だってまるで本から出てきたみたいに素敵なんですもの
」「本ですか
ふふ ではこれはどうでしょうか 」リュミエール様は楽しそうに笑って私を手招きし、手すりのそばに近づいた。
テラスの向こうには庭園が広がり、その向こうには眼下に聖地の風景
宮殿や庭園、その回りにある森、森の間からはきらきらと光を受けて輝く湖が見えた。
言葉もなく見惚れる私にリュミエール様は楽しそうに笑いかける。
「気に入ってくださったみたいですね
とても嬉しいですよ」「だってこんなに
」「ええ、わたくしもとても気に入っているのです。少々不便さもありますがそれを補ってなお余りある風
景ですから
」「毎日こんな景色が見られるなんて羨ましいです
」「あなたもここにお住まいになれば見ることができますよ
」「えっ?」
驚いて振り向くとリュミエール様は何事もなかったかのように涼しげに微笑む。
聞き間違いだったのかもと思っていると、リュミエール様がお茶をいただきましょうとテーブルに誘った。
アールグレイのいい香りが辺りに漂う、アールグレイといえばアイスティーの代名詞のようだけど、ホッ
トで飲むのも好きだ。
心地良い香りが気持ちまでリラックスさせてくれる。
薄い白のカップに注がれた香りのいい紅茶をリュミエール様に手渡される。
口を付けて視線を上げるとリュミエール様が優雅にカップを持って紅茶を飲んでいた。
じっとその様子を見ているとリュミエール様と目が合う。
「えっと
お誕生日おめでとうございます、リュミエール様 」一息でそう言うとリュミエール様は驚いた表情で私を見て、少し後にくすりと笑った。
「あなたはいつもわたくしを驚かせてくださるのですね
」「驚かれたのですか?もしかして憶えていらっしゃらなかったとか?」
「いいえ、憶えていなかった訳ではないのです。ただあなたがご存知だとは思わなかったので
」「私がリュミエール様のお誕生日を
ああ、ええっと何か欲しいものはありますか?」私がごまかそうとしたのがすぐに分かったみたいでリュミエール様が楽しそうにくすくすと笑う。
「こんなに楽しませていただいたのに、この上あなたに何かいただけるのですか?」
「ええっと何もお持ちしてないので、今出来ること以外は後日になりますけど
」「それは楽しそうですね。少し考えさせていただきましょうか
」リュミエール様はそう言ってまたカップの紅茶を飲んだ。
しばらく他愛のない話をして過ごし、お茶を飲み終えた頃リュミエール様が散歩をしませんかと言った。
テラスの端には下に降りるための螺旋階段が付いていて、そこから直接庭園に降りられる様になっている。
先を歩くリュミエール様の後を遅れて付いていくとふと彼が立ち止まった。
私が足を止めると振り返ったリュミエール様が言った。
「並んで歩きませんか
」「えっ?あ、はい
」急いでリュミエール様の隣に並ぶ。
歩き始めて少し経った頃、動かした手にリュミエール様の手が触れてドキッとして慌てて引っ込める。
でも一瞬早くリュミエール様が私の手を握った。
そのまま何事もなかったかのようにリュミエール様は先へ進む。
ドキドキと手が震え、まるで心臓になったかのよう。
私は頭の中でこんなの普通のことなんだから冷静にならなくちゃと何度も繰り返す。
さすが水の館らしく庭園にいくつもある噴水を見て周り、一番奥にある清らかな水の湧く泉に行った。
溢れた水が小さな流れになって庭園の脇を流れていく。
その泉に張り出したように東屋があってリュミエール様は私を連れて中に入った。
「お疲れになりませんか?」
声に慌てて顔を上げて私は笑顔で答える。
「いいえ
とっても素敵な所ですね。そこをリュミエール様に案内していただけるなんて嬉しいです 」「ああ、楽しんでくださっていたのですね。安心いたしました
あなたがいつもより大人しくされていたのでつまらなかったのではと気になっていたのです
」「そんなことありません。それは
」手を握られてしまったことが言い出せなくて、ただ頬だけが熱くなる。
些細なことにも一喜一憂してしまう私。
手を握られたことに胸をときめかせる私と、なんでもないことのようなリュミエール様。
これが私とリュミエール様の差。
女の子と男の人の違い?子供と大人の違い?それとも恋をしているか、していないかの違い?
「どうかされたのですか
?」しばらく黙っていた私を心配そうにリュミエール様がのぞき込む。
「何でもありません。そろそろ館に戻りますか?」
ゆっくり散歩していたからだろう傾きかけたお日様。
日が暮れる前に帰らなくちゃと立ち上がろうとした私を繋いだままの手を引いてリュミエール様が止めた。
バランスを崩しそうになりながら顔を上げるとリュミエール様の瞳に捉えられる。
瞳を合わせただけなのに時が止まってしまったかのように思えて、閉じることも逸らすことも出来ない。
「いっそこのまま時が止まれば
」リュミエール様は言いかけて首を振ると微笑を浮かべた。
「―――今日
ふたりだけで誰にも邪魔されずにあなたと過ごす その願いが叶ったのですから」それは誕生日を私と過ごしたかったということ?
心が期待をしてしまいそうで無意識にそれは違うと否定的な意味を探そうとする。
だけど何も見付からなくて、答えを知りたくて心が焦る。でも知るのが怖くて
不意にリュミエール様が指を絡めるようにして手をぐっと握り、距離が縮まって頬が胸に触れる。
それがきっかけだったかのようにリュミエール様の手が腰に回り私を抱き寄せた。
温かくて広い胸
そこに抱かれていると緊張していた筈なのに私は不思議なほど落ち着いてきて、リュミエール様に髪を撫でられていることも心地いい
リュミエール様の頬が髪に触れて甘ささえ感じる声がエンジュと私の名を呼んだ。
ゆっくり顔を上げて目を合わせると優しい瞳。
リュミエール様は私を抱いたまま片手を取ってぎゅっと握った。
「エンジュ
先ほどのお話のことなのですが わたくしの欲しいものをくださるという 」「ああさっきの
何がよろしいんですか?」「ええ
ふふっ、どう言えばいいのでしょうか 」リュミエール様はそう言って楽しそうに笑う。
「欲しいものはひとつ
いえ、ふたつでしょうか 」「ふたつですか?それでどんなものでしょうか?」
「ものという訳ではないのですが
」なんだかリュミエール様が可愛いような気がすると思っていたら、予想もしてなかったことを言われた。
「わたくしはあなたの気持ちが知りたいのです
」「へっ?わ、私の気持ちって
」言葉の意味を考えると嫌な予感がしてリュミエール様に視線を向けるとさっきと全然違う真剣な瞳。
告白するなんて少しも考えたことがなかったから
やっぱりそういう意味なの?と。でも百回の好きより一回の愛してるの方が欲しい時もある。
とそんなことを考えているとエンジュと名を呼ばれた。
「―――教えてはくださらないのですか?」
私の言葉をじっと待っているリュミエール様を見ると嘘もごまかしもしたくなくて、でも本当のことを口
にするのが怖くてたまらない
俯き加減でリュミエール様の胸に顔を隠すようにしてようやく声が出る。
「―――リュミエール様が好きです
」すぐに両腕が私を包んでぎゅっと抱きしめられた。
「わたくしも
あなたが好きです。ああ、ずっとその言葉が聞きたかった 」ゆっくり顔を上げるとすぐ目の前にリュミエール様の笑顔。さっきよりもずっと私に向けられる瞳が優し
くて。
「ずっとですか?」
「ええ、以前から
望んでいたことです」リュミエール様は見たことがないくらいの笑顔でその笑顔が全部私に向けられていて、それがとても嬉しい。
「リュミエール様
」私が名前を呼ぶと問うような視線が注がれる。それがくすぐったいような気さえして
「もうひとつ欲しいものって何ですか?」
リュミエール様はああと言ってくすくすと楽しそうに笑った。
「それもいただけるのですか?わたくしこれだけでもとても幸せなのですが
」リュミエール様の言いたいことがなんなのか分からなくて私がただ彼の顔を見つめていると、不意に瞳が
近づいてくる。
あっとそのことが何なのか分かった途端、今までで一番ふたりの距離が近くなった。
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水鳴琴の庭 水の宝石箱 ****