さびる様より七夕とさびる様の
サイト一周年半の記念に
配布されたフリーSSです。

短冊    さびる様作


「ママ。 何を書けばいいの?」
「そうねえ。何か上手になりたいこと。かなえて欲しいことを書けばいいのよ。」
「××が欲しい: ゆうき」

毎年のことだ。 
七夕の夕べを楽しみに来た者たちは、この笹飾りの前に来ると、初詣でお賽銭を投げて祈るように、ちょこっと立ち止まり、子どもも大人も短冊に一言書いて、ぶら下げるのだ。

短冊を吊るしながら願いを祈り、散っていく人々を微笑んでみていた“司る人”は、その少年を見た。


時々こんな子がいる。 
「願い事なんて、ばかばかしくって。」と。 
そういうように拗ねたような僻んだような子どもが。
願いが叶うことを信じてない子ども、夢を抱かない子ども…。

いえ、他の者たちだって、信じてるというわけじゃないですよ。
軽い気持ちで書き吊るすのですよ。
と、ため息をつきつつ思いながら、 “司る人”は声をかけた。

「ええと。 君は? 短冊は… 願いことは叶うこともあるんだよ。 遊びかもしれないけれどね。 今じゃ。」
そう言って“司る人”は、吊るしてある短冊を指した。

<神の一手を目指す><タイトルが欲しい><合格祈願><サマージャンボ宝くじ当たりたい>…

「君も書いてみたら、どうかな。 遊びと思って…」
その少年は、“司る人”を見た。
なんとなく、皮肉な声でその少年は言った。
「遊びに付き合ってるんだ。 大変だね。 あと片付けもさ。 全部、燃しちゃうんだろ。」

“司る人”は苦笑した。
「たいした苦労はありませんよ。 
こうやって、日頃叶えたいと思っていることを、書いて気分をすっきりさせる。 
皆が、この日にちょっと、楽しめれば、私はそれでいいのですよ。
今はそういうものになってしまいましたから。 
それでも、私は、これを片付ける時に、今までずっとしていたように、丁寧に、祈りを捧げてるんです。
そこに吊るした願いが叶えられるようにと。 
真剣にです。
それが私の仕事ですから。 
私は年に一度の そのことだけのために、ずっと、存在しているのですから。」

少年は言った。
「ありがとう。」
とても心の篭った声だったので、“司る人”は、少し、ドキンとしたものだった。

その少年は、“司る人”にお辞儀をした…
その少年が行ってしまってから、“司る人”は気がついた。
あの、お辞儀は… 
七夕が祝われ始めた頃、神事だった頃の記憶が、微かに蘇った。

「そういえば、私の姿を何故あの子は見ることができたのだろう。」
“司る人”は、急に気がついた。

あの少年は短冊を書いている…
“司る人”は、彼の短冊を探した。

...が欲しい。 …になりたい。
そういう願いの山の中に、“司る人”は見つけた。
彼の願いを。


"  あいつの夢を叶えてほしい。 ヒカル "

 




「お前、こういうこと好きだな。」
いつも季節の行事を大切にするお前。

「ヒカル。 私の分も書いて吊るしてくれますか?」
「えっ。 二つも書くのかよ。 ああ、そんなに書きたくないよ。」
そう言った時、心なしか哀しげな、あいつの表情に気がついた。

「ごめんなさい。 自分で書ければいいのですけど。 私は、筆を持てませんから…」
「悪い。 ごめん。」
俺は、謝った。

「先にお前の書いてやる。 言えよ。」

こいつ、気分がすぐ変わるんだよ。 ほら、もう、楽しそうに笑ってるよ。
「ヒカル。 私の願い。 なんだと思います?」

ええっ。 俺を試そうっていうのかよ。
「神の一手を目指す。 ラーメンが食いたい。 アイスクリームが食いたい。 碁石を持って打ちたい。 シャンプーの泡を立てたい…」
あいつが言ったことを、一つづつ挙げたのに、あいつは笑って、首を横に振るばかり。

「でも、ヒカルが思うものを書いてください。」
「ええっ? それ、判んねえよ。」
「だって、口にすると、願いは叶わなくなるんです。」

仕方ないから、俺は、ちょっと考えてから、短冊を書いて吊るした。
これなら良いんじゃないかなあ。

「ヒカルゥ。 見せてください。」
「やだ。 後で見ろよな。」
俺はそう言ったんだ。 あの時。
だって、もし違ってたら、あいつのがっかりした顔を見たくないもの。

あいつは、後で、そっと、それを見ていた。
俺が振り返ったら、にっこり、「ありがとう。 ヒカル。」って言ってくれた。
俺の汚い字 読めたみたいだ。


“あの者と真剣勝負をできるように   佐為”

 

 


 

ヒカル。 私は、あなたと私を 牽牛と織女になぞらえる傲慢は、持ち合わせていません が。
でもあなたと共に夢を叶えたいと思っています。

でも、それは叶わぬ夢だと、今、判ってしまいました。
私の本当の夢は、あなたが、今短冊に書いてくれた夢が叶う時に、消えるのです。
それが私には判ったのです。

あなたにそれは言えない。
あなたは私の願いをたくさん挙げてくれた。
どれも私が言った言葉。 
それをあなたは全部覚えてくれている。
そんなに私の一言一言を大切に心にしまってくれているあなたを。
私は、そういう心優しいあなたを嬉しく、誇りにも思っている。

私は自分が書けなかった 願いを そっと、祈ります。

あなたの夢は私の夢になる。 私の夢はあなたの夢になる。
それが、判っているから、それがとてつもなく哀しく辛い私です。

私は…
こんなに楽しく人が集っている時に、いつか、あなたが哀しい心で、ここに立たないで欲しいと思ってます。

切なく願う佐為の心に短冊が揺れた



“いつまでもヒカルと共にありたい  佐為”

 

 


 

あいつは消えた。 あいつは、でもやっと夢に出てくれたんだ。
だから、今年は来てみたよ。 あいつと来たここへ。

あいつを宿せた俺だからか。
俺には見えた。 “司る人”が。
あいつが“司る人”だったら、俺は年に一度あいつに会えるのにな。

俺があの時書いた願いは、あいつの本当の願いだったのだろうか。
それが、いつも心にひっかかっていたから。
改めて書こうと思ったんだ。

"司る人”が、祈りを込めてくれるって言ったから、俺はきっと叶うと、それが叶うと 、信じている。



俺には判らないあいつの夢を 俺は叶えたい。
もう手遅れか?

でも、あいつの本当の夢ってなんだろう。
それって、今でも叶えることはできるのか?

お願いです。 どうか       


“  あいつの夢を叶えてほしい。 ヒカル "


今年も にぎやかだな。
俺は、毎年ここへ来ている。  もう、何回来ているだろう。

あれ以来、いつも書く言葉は決まっている。 俺にはそれしかないから。
ずっと、お前と一緒にいる。
俺には、お前もそう願って、短冊に書いてくれる気がするのだ。

それがお前の願い事だったんだって。

この年になったから。 
いや、お前が行ってしまったから分かったんだ。
お前が行ってしまったから。
お前の姿が見えないから。
俺には今、俺の心にいるお前がこれほどはっきり見えるんだと。
七夕の日には、それを感謝して、いつも書くことにしてるよ。

星空を仰げば、お前が微笑んでいるのが見える。
じっと、耳をすませば、心の奥底に、お前の声が響いてくるよ。



“ いつまでも、君とともにいられるように  佐為&ヒカル ”

 

 

"司る人”は、大勢の人々がさざめきながら願いを吊るしていくのを楽しげに見つめた。
それから、彼に気がついた。
彼にはもう私は見えないのですね。
“司る人”は、少し寂しげに呟き、それから、言った。
でも“彼らの”願いは叶ったのですから、それが私の仕事ですから。
“司る人”の視線の先には、見えたから。
微笑を浮かべ空を仰ぐ青年の傍に、同じように微笑みを浮かべる人影が。

(2005.7/7)