夢の通い路
松前早咲様
ヒカルが私の膝の上で寝ている。
小さい頃は一緒のタオルケットに入って寝たりしていたけど、それ以来かもしれない。
ヒカル、大人ぽくなった・・・。
あんなに頬がぷにぷにしていたのに今は頬に余計な肉がついていない。
子どもぽさが抜けてきた。
いつからヒカルはこんなに大きくなったんだろう。
’
私を置いて行かないで。’心の中で何度も思った。
何度口に出して叫びたかっただろう。
小さな頃から一緒にいたヒカルが私から離れて行くのが寂しくって。
いつもいつまでもずっと一緒に居られると信じていた。
同じ小学校に入って暫くした頃、ヒカルが私の事を下の名前で呼ぶのを同じクラスの
男子にからかわれていた。
「こいつら、お互いを『ヒカル』『あかり』って呼び合っているんだぜ。おかしいよな。」
そんな揶揄も気にせずにヒカルは私の事を「あかり」と呼び続けてくれた。
普通だったら、からかわれて周りの男子と同じ呼び方に変えるのにヒカルはしなかった。
私達はずっと「ヒカル」と「あかり」だった。
どうしてだか判らないけど、ヒカルが碁に興味を持った。
その事をヒカルのお母さんから聞いた時、私も碁を始めようと思った。
ヒカルと少しでも一緒に居たかったから。
ヒカルは私の気持ちに全然気がつかない。
それで、いいの。
私は変わらないから。
ヒカルが私の事を見てくれるまで、ずっと待っている。
だから、ヒカル早く私に気がついてね。
天気の良い縁側でヒカルの頭を膝に乗せていると、庭の方から少しだけ風が出てきた。
すやすやと気持ちのよさげな寝息を立てるヒカルの前髪をそっと風が撫でていった。
誰かが、優しく髪をさわっている?
風がそよそよと吹いているから、だからなのか。
こんな夢を見るなんて。
佐為・・・。
あんなに探し求めていた存在がそこにいた。
佐為、おれに碁を教えてくれた人。
オレの師匠。
誰にも言えないけど、オレに一番近かった人。
時には兄であり、ある時は弟のような手間の掛かる存在に思った人。
それが、佐為だった。
江戸時代とのギャップにいちいち驚いてオレに色々質問してきて五月蝿く感じた。
TV、傘、飛行機・・・。
でも、オレは佐為が好きだった。
オレが少し挑発するだけであいつの本気で怒った顔が見れた。
あの綺麗な顔が怒った所為で顔が真っ赤になって、声も感情的になった。
感情が豊かで表情がクルクルと変わるあいつをいつまでも見ていたかった。
「佐為?」
目の前にいる佐為が信じられなくって、佐為の名前を口に出した。
佐為はいつもオレに見せる笑顔を向けて、オレの頭を撫で始めた。
それは、佐為がいなくなって碁をやめたオレが再び碁を始めたのを許してくれているようだった。
オレは碁を打つ事によって、佐為に会えると信じていた。
そして、佐為から受け継いだものをいつか再び佐為に返す為にも。
だから、オレは打たないと駄目だと感じていた。
オレは打ち続けないといけない。
いつか、お前に会って再び対局する時まで。
そう気を張ってきた。
『ヒカルのしたいと思うようにしなさい。
例えヒカルの事を悪く言う人がいても、ヒカルが正しい思って行動したら後悔はしないですみます。
ヒカル、いつも見ていますから出会った頃のあの向日葵のような笑顔をまた見せて下さい。』
そんなオレに対して佐為がそう言っているように感じた。
佐為の心使いが嬉しくって、涙がにんじんできた。
END