無題
りらりん様
<ねぇ、ヒカル!その楽器は何ですか?>
その日は、佐為がオレにとりついてから、初めての音楽の授業があった。
さっきからずっと質問責めにあっているオレは、すでに疲れ気味だった。
「リコーダーっていうの!」
<りこおだぁ?>
「ほらっ。こうやって吹き口から息を吹き付けると、音が出るんだよ」
<へぇぇぇ〜>
いちいち、大げさに反応する佐為が可笑しい。まるで幼い子供のようだ。
<ねっねっヒカル、吹いてみて下さいよ〜♪>
「今はダメなの。先生が何か説明してるだろ」
そうこうしている内に、楽譜が配られ自由練習の時間になった。
<早く早く〜♪>
「せかすなよ、佐為」
実はオレ、リコーダーが吹けないのである。
どうしてこんな簡単な楽器なのに、悲鳴のような音しか出せないのか、いつも先生から異星人を見るかような目つきで、じぃぃとのぞき込まれるぐらいだ。
<ねぇ!ねぇってば〜!>
おねだりモードの佐為になると手がつけられない。──ったく、どうしてオレもこんな変なヤツにとりつかれてしまったんだろう。
「うるさいなぁ、もう。ホントに吹いていいんだな、佐為!」
オレは念を押す。
<ハイ♪>
知らねぇぞ、どうなっても。
オレは思いっきり息を吸ってから、ソプラノリコーダーを吹いた。
ギャァァァァ〜という断末魔のような音が辺りに響きわたる。
その瞬間、周りからの冷た〜い視線が一気に集中した。
「進藤くん!練習する時は周りの迷惑にならないようにしなさい!」
音楽のハクサイ先生(髪型からついたあだ名)が間髪入れずに注意してきた。だから、嫌だったんだよ、オレ。
<ヒカル、それ本当に楽器ですか?>
疑い深そうな佐為の目。正真正銘の楽器だよ、悪いか。
「周りのヤツも吹いてるだろ」
ぶすっとして、オレは大きく息を吐いた。
<あぁ、確かに。これは柔らかくてきれいな音色のする楽器ですねぇ>
隣に座っているあかりが吹いているリコーダーの音色を、うっとりとした目で聞き入る佐為。どうせ、オレが吹いたのとはどう聴いても、違う楽器としか思えないよ!
「ヒカルは息が強すぎるのよ。もっと少ない息で吹くと、上手く出来るよ」
あかりが気にして、吹き方を教えようとするが、オレは無視をした。女なんかに教えを乞うなんて、まっぴらゴメンだ。
<もうヒカルってば。せっかくああして、あかりちゃんが…>
「うるさいなぁ、もう黙れ!」
オレが得意なのは、せいぜい体育ぐらいだよ。他に何も取り柄がないんだから。
<ヒカル…?>
そのままうつむいて、黙ってしまったオレを心配そうに佐為が見る。
やっぱり出来ないと恥ずかしいんだよ、ホントはオレだって。
オレの心の声を聞いた(らしい)佐為、何かを思いついたのか、急にぱぁっと顔を輝かした。
<ねぇヒカル!今夜はリコーダーの特訓をしましょう>
「え〜嫌だよ。どうせ上手くならないもん」
<とっておきの方法がありますよ♪>
自信満々の佐為。なんだよ、魔法でもかけてくれるのかよ?
結局、その夜、オレは佐為に広い原っぱに連れていかれた。
まん丸の満月がこうこうと照っていて、星はピカピカと光っていた。
何だか、いつもよりも空が広く見えた。
<ヒカル、草笛って知ってます?>
「何ソレ?」
<あーもう、最近の子供は自然の遊びを知らな過ぎます。こうやって葉っぱを口に当てて──>
「こう?」
佐為の手振りを真似て、ちぎった葉っぱを口に当てる。
<そう、そこで思いっきり吹いて!>
息を吸って目をぎゅぅとつぶって、思いっきり吹いた。
プゥゥ〜という甲高い音が響く。ちょっと別のものを想像してしまうような音だ。
<今度はコレですよ、ヒカル>
雑草のまめを指さす。中の豆を取って端から吹くのだと佐為が教えてくれる。
その通りにすると、またさっきとは違う音がした。これは吹き口が小さいのであまりきつく吹くと、口から息がもれてしまう。一工夫が必要だった。
<葉っぱを丸めてね、こう端っこをつぶしても笛になるんですよ>
どれどれ。ホントだ!
これも工夫が必要だった。葉っぱのつぶし具合によっても音が微妙に変わる。
いつしかオレは真剣になって、あちこちの草の笛を吹くのに没頭していた。
<ね、面白いでしょ、ヒカル>
「うん。…でも、これとどういう関係が?」
佐為はオレが持ってきたリコーダーを指さした。
<今からもう1度、リコーダーを吹いてみて下さい>
「え…だって、オレ」
<ここなら、誰も聴いていませんよ、さぁヒカル!>
オレは息を整えてから、ゆっくりと吹き口から息を吹き込んだ。今まで聴いたことがないような、清涼な優しい音が響いた。
「え?これってオレが吹いた音なの?」
<そうですよ、さぁもう1度>
再び、おそるおそるオレはふぅっと息を吹き込んで、リコーダーを鳴らした。
ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド
全部、ちゃんと音階になって音が出てきた。
<やれば出来るじゃないですか、ヒカル!>
「そうだな、ちゃんと吹けるじゃん、オレ♪」
オレは調子に乗って、今度は思いっきり吹いてしまった。すると、すぐに悲鳴のような音に舞い戻ってしまった。
<そうじゃなくってぇ〜>
再び、草笛からやり直し。
何度も繰り返していると、やっとリコーダーの吹き方のコツがつかめてきた。
佐為はオレの吹く音色に耳を傾けながら、ふと、昔の話をしてくれた。オレはそっと口から笛を離す。
<──平安の昔>
ささやくような虫の鳴き声と共に、佐為は静かに語り始める。
───わたしは、特にしの笛と琵琶を好んで演奏していました。
ヒカルも雅楽は知っているでしょう。平安の時代、宮中ではあのような楽器を多くの者がたしなんでいたのですよ。
「へぇぇ」
佐為の生まれ育った”平安”という時代のことは、歴史の授業で習ったが、そういうことまで教えてくれたっけ?
───人に想いを告げる時にも使いましたし、笛の音で相手を誘い出したりもしたのです。
山々にこだまする笛の音には、いろんなものがありましたねぇ。
美しい笛の音色は、悪霊の心まで虜にしてしまうこともあったのですよ。
「ふぅん」
佐為は?
佐為はどんな想いを込めて笛を吹いたのだろう?
───わたしですか?
そうですねぇ。
その時
ふわりっと風が舞った。
佐為の艶やかな長髪が風にゆられてしなやかになびき、狩衣の薄い絹地が、やわらかくはためいた。
──と、佐為の右手にはいつしか、しの笛が在った。
軽く息を吸うと、佐為は端正な唇をそっとあてて、その横笛を吹き始めた。
透き通る、優しい音色───
その音は月にまで届きそうなぐらい、空間にどんどんと広がっていった。まるで広大な宇宙全体が鳴っているようだ。
辺り一面がにわかにぱあぁと、明るくなる。
佐為の周辺には蛍が飛び交い、まるで音楽にあわせて踊っているかのようだった。
幻想的な風景だった。
神さまの気まぐれが生みだした美の世界。
これは夢なのか、それともうつつなのか?
しばらくぼぅと、笛の音に聞き入っていたオレは、いつの間にかゆっくりと眠りに落ちていった。
目が覚めると、そこはオレの部屋だった。チュンチュンと雀のさえずりが聞こえてくる。もうすっかり日が昇っている。
枕の横には、ソプラノリコーダーが置いてあった。
「佐為?」
キョロキョロと辺りを見回すと、佐為は隣で軽い寝息をたてている。案外、寝顔はあどけない。オレはその時、佐為の寝顔を初めてみた。
「やっぱりあれは夢だったんだろうか?」
オレは佐為を起こさないように、そっとリコーダーを吹いてみた。
すると、昨晩に吹いたような、柔らかくて優しい音がした。
・・・・・・・・・アトガキ
というわけで、お待たせしてしまいましたが、
10010のキリリク出来ました(^^;)佐為とヒカルのほのぼの&不可思議ワールドです。こんなものしか書けなくてごめんなさい。
水色真珠さま、リクエスト、本当にありがとうございました。
七夕の夜に贈らせて頂きます。
2003.7.7