オフィス街(青)

インターネットでコミュニケーションを考える


−第二回共通テーマ  「男と女」−

1.問題提起

 第二回の共通テーマは、それこそアダムとイブの時代から続いている「男と 女」の問題を取り上げた。「夫と妻」、「男性社員と女性社員」、「父親と母 親」などのヴァリエーションとしてとらえて構わないこととして、広く情報と見解を求めた。
 このテーマに対して学級生からよせられた情報、意見、感想等は、以下のよ うに、男女問題の社会現象面、評価、今後の方向性の大きく7つに分けて整理 した。

2.男と女は、いったい違っているのか、同じなのか。

 次のように男女の差に関してのさまざまな局面での現象の情報と報告が寄せ られた。

(1)演奏家、作曲家、小説家にみる男女の能力の違い
演奏家は有名な人がいますが、なぜ女性の作曲家はいないのでしょうか。指揮 者も少ないですね。
そう言えば画家も少ないですね。思い付くのはマリー・ローランサンくらいで すか。
小説家は多いですね。世界最古の小説を書いたのは紫式部です。言語を操る能 力は女性が優れていると言えそうです。(多賀)

(2)幼児のころから男の子と女の子は違うのでは。
幼稚園に入って、幼稚園の先生から妙なことを尋ねられました。
「男の子と遊べるんですね?」と・・・。
男の子、女の子と区別して遊ぶなんて、考えた事のない私は、絶句??
世の中、男女区別無し?といっていますが、子育て世代の間では、そうでもな いのかな???(渋谷)

保育園は幼稚園とちがって、哺乳びん、おむつ状態から男女混合、小学校には いるまでは一緒に乾布まさつもやる仲です。おままごともつきあわされ、圧倒 的に言葉がたっしゃな女の子や保母さんの影響で、言葉使いが少し女の子っぽ いところがあります。 でも自動車やウルトラマンに興味を示し、お人形にはあまり関心を示さないの はどうしてか????? 家でも男の子らしくなど意識して育てている積もりはないのに不思議です。 (峰松)

(3)校歌にある男女差
1998年9月19日の朝日神奈川版に、次ぎのような趣旨の記事がありまし た。
大磯町の町立国府中学校で、校歌の歌詞の一部が男女平等の精神に反している という生徒の指摘などから、昨年の卒業式以来、式典などで歌われなくなった。 50年間歌い継がれた校歌だが、町や学校側も不適切な表現だと認め、来春の 卒業式までに新校歌をつくろうと、父母らも交えて話し合いを始める。
その校歌の抜粋
(略)
男(お)の子われら 励まざらめや
おみな子われら たおやかに伸びん
(略)
男(お)の子われら 努めざらめや
おみな子われら うららかにあらん
(略)
男(お)の子われら 名をし立つべし
おみな子われら 清らかに生きん

私は、新制中学に入学し、新しい民主的な教育を目指す雰囲気の中で、自由で 活発な学校生活を送った経験を持っていますが、地域によって違うのですね。 (佐藤)

(4)医療や福祉活動への男女の意識の差
セミナーの内容は、末尾に書いてありますが、ここで問題にしたいのは、参加 者の男女比率です。正確に数えたわけではありませんが、3回のセミナーを通 して、男性はほぼ2割前後、女性はほぼ8割前後の比率だったと思います。こ のような男女比率は、今回のセミナーに限らず、私が今までに参加した多くの 医療や福祉関係のセミナーにも共通していたように思います。
では、このような男女比率は、どのようにして生じるのでしょうか?
以下、私の意見です。
人類は、すべて女性の胎内から誕生しました。母性愛の根源はここにあると思 います。女性には、生来病人や、身心に障害を持った人々等に対する天性の繊 細な感性が備わっていて、このような人々を癒し、援助を惜しまない感情が、 深く心(或は潜在意識)に刻み込まれているのではないかと思います。
そこで、女性の多くは、医療や福祉関係のセミナーの開催を知った時、自主的 に極く自然に、参加するようになるのではないかと思います。 これに対して、大部分の男性は他のことに注意が向けられていて、切迫した事 態にでもならない限り、参加することがないというのが、一般的でしょう。
3回のセミナー終了後、参加者約100人の中から「ガン患者と家族の会」の結 成希望者が、約40人集まりました。その中から、会の発起人として男子2人 (そのうちの1人は私)、女子8人、計10人が挙手によって決まりましたが、 この結果には本当に驚ろきました。ここでも、発起人の男女の割合が、なんと 参加者の割合と全く同じ2:8!(武藤)

(5)男女の年齢の扱いの違い
女性に年齢をたずねることはタブーとされていて、オペラなどのプログラムに 載っている女性歌手の経歴を見ても、生年月日など年齢を推測させる事項は避 けられています。映画や演劇の女優でも同様だと思います。 他方、新聞記事などでは、人物については年齢が特定されます。女性といえど もこれは容赦がありませんね。女性週刊誌に至っては、電車のつり広告で見る 限り、女優、タレントの名前の後に括弧で年齢が表示されています。
この考えからすれば、年齢をたずねることを避ける美風(?)は今後も続くこ とを望みます。願わくば、男女差別をなくすことから男性についても(^^;) (側島)

(6)出生時、男女どちらが良いのか。
さて、この度息子誕生に際して各方面からいろいろとお祝いの言葉を頂戴いた しましたが、その中で「男と女」ネタにからんで、気になる話がありました。 それは、「男児」出生についての+αのお祝いの言葉なのです。数多くの皆さ んが、男児と耳にすると「それはなお良かったですね。ご両親もさぞお喜びで しょう。」というものです。もちろん上が女児なので次が男児でバランスがと れた?!という感じがあるものもあるでしょうが、基本的には「跡取り誕生」イ メージが強いように思われます。個人的には男でも女でも良かったので、度重 なるとお礼を述べる言葉にも力が入らなくなります。
出生段階での社会的性差みたいなものが感じられる言葉なのですが、皆さんの 回りでのこういった問題についての反応などはどのようなものなのでしょうか? (石井)

(7)これからの男性と女性の魅力
「ふたり」という映画で男の子と女の子が坂から転げ落ちて心だけが入れ替わ ってしまう話がありました。男の子の心を持った女の子が何かとても新鮮で魅 力的でした。それに比べ女の子の心を持った男の子はすこし惨めでした。
最近読んだニューズウイーク紙によると最近人気のある男優も女優も顔は女性 的な顔だそうです。シュワルツネッカーのようなマッチョタイプは流行らない のだそうです。
キムタクもそうですし、小沢さんや小渕さんより人気のある管さんの顔は女性 的ですね。そうすると現代のもてる人間像は男も女も女性のような優しい顔か たちと男性的な凛々しい心を持った人物ということになりますか。(多賀)

(8)男女の差は筋肉の違い
今、家の改築をしていますが、職人さんたちの力持ちには、もう感激していま す。
こういう時は、「やっぱり男だなあ」と思ってしまいます。(もっとも、最近 の男の子は、なぜか頼りないのも沢山いるようですが)。 わが家は、二人共娘なので、お婿の条件なんていうのを考えてみました。 結局、「気がやさしくて、力持ち。そこそこに生きてゆく上での知恵があるこ と」となりそうです。
男と女の違いがあるのは当たり前ですが、気がやさしいことと、知恵は(もち ろん、勉強が出来るなんてことじゃなくて)女でも同じですが、唯一際だって いるのは、力のような気がします。力持ちを比べたら、男対女は、100対1 くらいなるのでは?(徳田)

これほどの差はないにしても、オリンピック競技の中で、力のいる競技の記録 は、男の方が上ですよね。男と女では、筋肉の構造に違いがあるのでしょうか? (武藤)

3.愛の問題こそ男と女の究極のテーマ

(1)男と女の愛の問題にも触れなければ…
今吉永小百合、渡哲也主演の映画「時雨の記」が話題になっています。 (98年11月14日公開 原作/時雨の記(中里恒子・文春文庫)) 「マディソン郡の橋」、「失楽園」に続き今年の「時雨の記」とこういった中 年の男と女の愛を主題にした映画が続くのは社会現象なのでしょうか。 我らが時代の吉永小百合の映画とすれば見にゆかない訳にはゆかないでしょう。

仕事も、地位も、家族も捨てて、女と共に山の庵に住みたいという夢を一途に 追い求める男と、その夢を情愛こめて抱き取る女。人生の秋にさしかかった2人 の「純な愛」を、美しく描く。 「失楽園」や「マディソン郡の橋」とは対極 にある、大人の純愛。・・・・と言う映画だそうです。

昨年の「失楽園」の時に会社で男同志で話したのは、凛子(失楽園のヒロイン) のような若くて美しい女性が現われたら、仕事も家庭も捨てて人生の最後の愛 に燃え尽きてみたいと思うかという事でした。「あれは空想の世界で、現実に は出来ないよ」という良識派が大多数でした。ビジネス戦士達は愛とか恋とか いうのはどこかに置き忘れてきた気がします。(多賀)

私は「マディソン郡の橋」は好きですよ。
あの本は、英語で読むのと、日本語訳で読むのとでは、大変印象が違います。 読書会で取り上げて、英語で読んだ人は、不倫には違いないけれど、感動した という感想なのに、日本語訳を読んだ人達には評判が悪く、私も日本語訳を読 みかけましたが、受ける印象が違って、途中で止めました。
4日間愛せるだけ愛し合って、女は家族を思って、付いていくのを諦める。 男も女の幸せを願って別れていく。それでいながら、生涯想い合いながら、家 族には、おくびにも出さずに尽くしていく。
女が死んだ後、子供たちは遺品から知るわけですが、その見事な生き様に、子 供たちすら感動するのは分かる気がします。雨の中での別れの場面も、英語の 方がよいですねえ。映画もよくできていたと思いますよ。(藤田)

やっぱり、あれほどエゴを追求する欧米人でも家族のために自分の思いをすて るというのは感動するのですね。これは昔の映画(終着駅など)に出てくるパ タンです。(多賀)

(2)「時雨の記」こそ男と女の愛の理想か?
私が恋愛小説で一番好きな"時雨の記"が話題になっていてうれしいです。 学生時代に読んで、その後神田の古本屋街で中里恒子の本を探しまわった記憶 があります。時雨の記以外は娘が外国人と国際結婚をした事をテーマにした話 しなどがあり、結構どれも辛口な印象がありました。

失楽園がでたときにも、あれは男性側からみた恋愛論で、女性には?マークだ と思っていたのですが・・・・・逆に時雨の記への男性の感想をきいてみたい なと思ています。
なにしろ思い入れたっぷりの本なので映画が本のイメージを壊さないかと心配 なのですが、サユリストの夫と一緒にみにいこう(そういえば結婚してから一 緒に映画みたかな???)と思っています。(峰松)

失楽園は朝日か、日経新聞に連載されている時に、飛び飛び読みましたが、こ れは、男性の性懲りもなく、幾つになってもロマンを追いかける男性のベスト セラーだったと思います。私は「純な愛」ではなく、不倫愛でしかないと醒め た目で読みました。
男性の夢を壊してごめんなさい。(城山)

久しぶりに、きっとした硬質の恋愛小説をよみました。恋愛小説というと渡辺 淳一のようなウエットでどろどろした話になることが多いのであまり好きでは ありませんが、"時雨の記"は男と女の世界をすべて知ってしまった男が、昔 の物語から出てきたやうなたおやかな未亡人に少年のような一途な恋をするさ わやかな小説です。
何か一般の恋愛の範疇に入らない気がします。壬生は趣味の合わない奥さんに がっかりきていて、自分のテイストに共感してくれる相手を探していたのでは ないでしょうか。「あれよかったね!」「これ美味しい!」と共感できる相手 がいると言うことは一番幸せなことです。この相手が気立てがよく、趣味がよ く、男のかばいたくなるはかなげな女性であったので壬生の満たされ無かった 女への思いが一気に爆発したのだと思います。多江も同じだったのではないで しょうか。このように結びついた男と女は肉体的な引かれ合った男と女とは比 べ物にならない強い絆で結びついたと思います。(多賀)

4.女性が会社で働くということ

(1)共働き夫婦の今昔
私のまわりは子供をかかえた共働きが多いので・・・どっちが残業をするか(本 当は誰も残業なんかしたくないのに)毎日取り合いです。
会社が近い人は21時で残業を交代などうらやましい方式をとっていますが、わ が家は毎晩大変。男は仕事といって残業したり、飲みニュケーションをどうど うとできないのは最近ではあたりまえでしょうか??(峰松)

私の勤めている会社は男女平等なので残業も法律改正後は平等です。
バブル景気のころには会社と駅の間を送迎バスが走り(夜おそいとちかんなど でてあぶないという理由。女性優先だったので逆差別だという声がありました。 でも送迎バスって9時ころには終了してしまうので本当に恐いような遅い時間 にはびくびく歩いてかえらなければなりませんでしたが。)、今はそんなバス もなく、タクシーを使う余裕もないので、終電に間に合うように駅に急ぐ女性 も沢山います。
そういえば最近は"おやじ狩り"で襲われる男性社員があいついだので女性も男 性も遅い時間に帰る怖さは同じになりました。
職場の宴会に子供を連れてくるお父さん,子供をお風呂にいれるためにいった ん帰宅してから再出社するお父さんなど、共働きの多いわが社の男性社員は大 変です。(峰松)

当時は、30才定年という企業はザラにありました。労働組合の柱は「男女賃金格差是正」でした。企業は、うむを言わさず夫を転勤させます。多くの女性 は、そういう中で、経済的基盤は結婚に頼らざるを得なかったと思います。
少しも変化しない社会にあきらめ、あえいできた私たち世代の思いはわずか 20年というのに、ちっとも伝わっていないことの情報の危うさ、いいかげん さを知らされたということでしょうか。
とはいえ、結婚し子供を持つことは、それなりに楽しかったから、別に後悔は していませんが。 (徳田)

(2)男は女のために、女は自分のために
私は自分のため(たとえば私は生命保険にはいっていません。病気をして回り に迷惑をかけると困るので医療保険にははいっているけど、私に万一の事があ っても夫が家族を養ってくれるだろうと思っています。
おさいふも全て別々なので相手がどんな保険にはいっているかもしらない自立 (?)した夫婦です。
DINKSだったどうでしょうか? お互いが自分のために働いているような気がし ますが。まれには夫の夢を実現するために奥さんが家族の為に働いている場合 もありますよね。(峰松)

5. 文化、歴史に見る「男と女」or「女と男」

(1)欧米は「男と女」、日本は「女と男」、日本は女性優位社会?
大勢を前にした挨拶のはじめ、英語などでは、'Ladies and Gentlemen!'と言 いますが、日本語では「紳士淑女のみなさまがた!」と逆になりますね。 ところが、小説やオペラの題名ではこれがさらに逆になるようなのですね。 「ロミオとジュリエット」、「ペレアスとメリザンド」、「トリスタンとイゾ ルデ」、「ポーギーとベス」など、男性の名前が先です。一方、日本の場合、 「山椒太夫」の「安寿と厨子王」、「静と義経」など(今手元に資料がありま せんのでこれだけしか例示できませんが)となります。
先に書いた方が尊ばれるのかどうか分かりませんが、どうしてなのでしょう。 いずれにしても、余り明確な理由はないように思います。と言いますのは、西 欧のものを翻訳する時、たとえば敢えて「ジュリエットとロミオ」としてしな いからです。(側島)

男性二人、女性二人という4人組を「彼ら」と呼ぶか、「彼女ら」と呼ぶか? 両方の言葉を用いるか(たとえば、交代で)。これは英語の話になってくると、 <he/she>の使い方の問題になりますね。たとえば、if a taxpayer wants to know moreabout the project, <he> should the right to. 歴史的には、 <he>が使われますが、今は<s/he>と書く人、<he/she>と書く人、必ず <she>と書く人などがいます。
<his-tory>があれば、<her-story>もあっていいではないかという議論にも 関連性があります。
紳士・淑女をどれを先にするか。これから作られる作品で、男性の名前と女性 の名前がタイトルに使われた場合、どちらを先にするべきか。これは上の問題 と似ており、男性中心的なやりかたを避けている人が増えたようです。どうす るか、結論は上と大体同じだと思います。 歴史ものを現代でどう扱うか。「ロミオとジュリエット」、「ペレアスとメリ ザンド」、「トリスタンとイゾルデ」、「ポーギーとベス」などがありますね。 これがアメリカで盛んだったPC(politically correct)に関する議論とつ ながりますね。
別の時代にできた作品を今の定規で計ろうとしてはなりませんという意見が大 きく出ていますね。
問題用語が歴史もののタイトルにあっても、それを変えてはならないという主 張と似ていますね。
一方、問題用語(問題順序)はあくまでも問題で、それを直したほうがいいと 主張する人もいます。(ラズロ)

シェイクスピアでは「アントニーとクレオパトラ」、「トロイラスとクレシダ」 が同じパターンです。逆のパターンとしては「ヴィーナスとアドゥニス」など あります。「アベラールとエロイーズ」も「男女」です。日本では「絵島生島」、 「お軽勘平」なども「女男」です。「イザナギ、イザナミ」は「男女」です。 また手紙はMr.&Mrs.Sobajimaと書きますね。欧米は狩猟、牧 畜民族で男性社会ですね。日本のような農耕民族では女系社会が多いというの を昔習ったことがあります。欧米でレディファーストなどと言っていますが、 財布の紐はしっかりと男が握っていて本質は男性社会とおもいますが、いかが ですか。(それに比べて日本の男性は奥さんから小遣いを貰っています。) ギリシャ、ローマの神も最高神は男性ですね。キリスト教も「天にまします われらの父よ」ですね。日本の最高神、天照大神は女性ですね。(多賀)

(2)オペラは女が男に、歌舞伎は男が女に。
で、その関係の話題です。オペラで、女性歌手が必ずやる男役というのがいく つかあります。モーツァルトの「フィガロの結婚」のケルビーノ、R.シュト ラウスの「ばらの騎士」のオクタヴィアン、ヴェルディの「仮面舞踏会」のオ スカルのほか、ワーグナーの「リエンツィ」にもアドリアーノというのがあり ます。いずれも若い青年です。 しかし、逆に男性歌手の女役という例はあり ません。だからどうだと言われると、何もないのですが、理由を考えてみます と、オペラは声の競演ですから、声質と声の音程にヴァラエティを持たせるの と美青少年であることを示すというが主な目的なのでしょう。

また、オペラでは劇中、男性に変装するという女役もあります。ベートーヴェ ンの「フィデリオ」の中のレオノーレは、政敵に牢獄に入れられている夫を救 い出すために変装して乗り込む妻で、夫婦愛をテーマにしたオペラです。
9月に新国立劇場でやったR.シュトラウスの「アラベラ」でも、前世紀末ウ ィーンで、落ちぶれた貴族が2人の娘を育てるにはお金がかかるというので、 次女のズデンカはズデンコという男の子として育てられたのでした。 この2つの例では、オペラの結末にはちゃんと女性に戻ります。
しかし、このような場合でも女性に変装する男役という逆の例はないようです。 ところで、ちょっと話がややこしくなりますが、前者の女性歌手が男役をつと める例で挙げたケルビーノとオクタヴィアンは、劇中、女性に変装する場面が あります。女性歌手が男らしい歩き方の女性を演じたりして、これがまた面白 いのですね。(側島)

オペラの場合、あの巨漢のパバロッテイが、いつも2枚目を演じて、感動こそ すれ、可笑しいと思ったことはありませんが、いくらパバロッテイが、柔らか い高音を出せても、「ばらの騎士」の、あのオクタヴィアンは無理ですね。 いくら、パバロッテイのファンでも、これはイメージが狂ってしまいます。 ドミンゴは、ハンサムですが、整っているとは言え、体格が立派すぎて、やは り清楚な美青年という感じにはなりません。
ホセ・カレーラスは、細身ですが、やはり無理ですよ。 宝塚歌劇のことがありますから、私は、オクタヴィアン、オスカル、ケルビー ノを、メゾソプラノの女性歌手が演じていて、不思議に思わなかったのですが、 あらためて、なるほどと感じ入りました。

歌舞伎では、あれだけ化粧をして衣装に凝り、そして、何よりも舞踊で鍛え上 げていますから、女性より女らしい女形が出来上がりますが、歌が主なオペラ では、男性歌手の女役は、喜劇になってしまいそうですね。 たしか、カウンターテノールでも、女役はありませんものね。(藤田)

6.半数以上の妻が結婚を後悔というショッキングな統計

(1) 妻の半数以上,[結婚を後悔]
オー・エム・ジーが、三月と七月に、首都圏と、阪神圏の女性400人と男性 400人に聞いた。(朝日新聞)
結婚を後悔したことがある。 妻56.8% 夫37.6%
離婚したいと思ったことがある。 妻51.3% 夫28.5%
配偶者の浮気は絶対に許さない。 夫90.8% 妻74.8%
結婚したら最後まで添い遂げるべきだ。 夫67.8% 妻45.5%
来世も同じ相手と結婚したいか。 妻67.6% がしたくない。 夫16.8% がしたくない。
来世も同じ相手と結婚したいかの質問に対しては隔たりが大きいですね。

この調査結果ではどの項目でも夫婦の意識の隔たりが表れ、夫の方が夫婦の絆 を絶対のものと信じているようです。
この頃は夫婦同じ墓に入りたくない女性、また、女性の離婚講座も盛況とききま す。世の男性方も、うちの奥さんに限っては通用いたしません。後で泣かない ためにも奥さんだけは大切に致しましょう。(城山)

こうやって数字を突きつけられてみると、家庭生活は女性の不満の上になりた っているとあらためて、愕然とします。
上の質問、城山さんの答えも聞いて見たいですね。またどうしたら奥さんに見 放されないか女性の本音を聞いて見たいですね。(多賀)

 見放されないようにするには、奥様を自分の妻だと思わないことです。大変 な家事や、子供の面倒まで見て下さる親切で、有り難いおばさんと思えば感謝 こそすれ、不平、不満などまったないと思います。三日に一度は言葉に出して (心の中ではだめ)有り難うといいましょう。
私は主人を自分の夫と思わないでおります。大切な退職金までも、丸ごと下さ る、親切で、有り難いおじさんと思っております。(城山)

我が家では、私は結婚を後悔した事がないのですが、夫はあるそうです。 まあ、それは分かりますよ。たいへんな奥さんですから。
ですから、私は離婚したいと思った事もありませんが、 来世も同じ人生ではつまりませんから、来世は違う人がいいですね。(藤田)

藤田さんは正直ですね。男性が見ていると女性の本音は、男性に気の毒で思っ た事が書けませんね。(城山)

「来世も同じ人生ではつまりませんから、来世は違う人がいいですね。」 と書いて、引き続き、多賀さんへの返信を書いて、すぐ送信したのですが、よ くよく考えてみますと、私は、我が侭な人間ですから、来世で他の人と結婚し たら、私はすぐ離縁されて、やはり今の夫を捜し求めて世界中をさまよい歩く ような気がします。「赤い糸で結ばれる」とは良く言ったもので、そんなもの ではないでしょうか。(藤田)

(2)離婚をめぐる男女問題−女性の場合
働きたい人がいるのなら、その人にあった働く環境が整備されていると良いと 考えています。
離婚して、働かなくてはならないのなら、死ぬ気で働いてりっ ぱに子供を育てている人もいるわけで、在宅にこだわるのもおかしいとも思っ ています。
ただ、在宅でなければ、働きたくても働けない人たちには、在宅勤務はとても 良い制度?だと思います。(病気勝ちの子供が居るなど)
「SOHO」は高級な、高度な在宅勤務で、「在宅勤務」は昔の手内職のよう な気がします。(渋谷)

渋谷さん、この就職難の時代、0、1歳児をかかえた専業主婦が新たに離婚のた め(つまり生活費用をまかなえるだけの)仕事につくというのは生半可なことで はできないでしょうね。
でも1年計画で技術を身に付けようというのは冷静な判断ですね。 私の知人でも職業訓練校にいって見通しがついて離婚できた人もいます。 (暴力などのために準備期間ももてない悲惨な例もあるようですから)
私のまわりは働いている女性が多いので、離婚も多いですが、皆元気(?)に次 の人生に立ち向かっています。
やっぱり経済的自立は重要ですね。離婚の原因が男性によるとは限りませんが、 いざ離婚となった時には女性が弱者となる場合が多いですね。
そういえば2、3日前の新聞にアメリカで(離婚大国ですよね)、経済的基盤がよ りしっかりした男性側が子供をひきとるケースが増えていると書いてありまし た。

それでもそのレベル(低報酬)でもなかなか仕事がないのですから食べていくこ とを可能とする仕事を素人が在宅勤務ではじめようというのは疑問です。
あらかじめ手に職を持っている人の中で渋谷さんがおっしゃるように自分をコ ントロールでき、住環境など、許せる状況の人がはじめてアルバイトレベルで はない在宅勤務を可能とできると思います。(峰松)

やむを得ず離婚して、働かなくてはならなくなったけれど、幼い子どもと一緒 に居たい。この気持ち、痛いほどわかります。
でも、同時に技術のない人の在宅勤務では、すずめの涙ほどの収入しかえられ ないことも、わかります。
そして、子育てと在宅勤務の両立は、経済的ゆとりが得られないことも。 離婚家庭のネットワークの必要性は、わかるけれど、離婚家庭の台所を支える には、在宅勤務はふさわしくないとも思います。
「片手間に在宅勤務が出来る」という広告をいまだに目にしますが、うそです よね。実際、経験して、とっても分かりました!!
余裕を持って仕事を受けないと、家の中は汚いし、ご飯の準備だってままなら ない。本当に在宅勤務をしっかりやっている人たちは、子どもを保育園に入れ て、親に預けて、働いているようです。(渋谷)

(3)「男の沽券(こけん)」というものもある。
主人が年賀状の住所録入力のためパソコンを使用中です。パソコンはあまり使 わないので悪戦苦闘しております。解らない所が一杯あり、なかなか前に進み ません。何故かと言いますと男の沽券にかかわるからです。
もう若い人達の間では男の沽券などという言葉は死語に近いですね。でも、私 の家では立派に生きております。 奥さんにものなど教えてもらったら男の沽券に関わるからです。 主人は解らない所があると翌日会社で聞いてきます。日本語変換で一日、カナ 文字の入力で又一日とこれでは日が暮れてしまいますね。 男の威厳を保つのもなかなか大変ですね。
男の鎧、かみしも等脱ぎ捨てて浴衣にでも着替えたら、人生どれほど楽しいか わかりませんよね。(城山)

男の沽券、男の面子、男のプライド最近無くなりましたね。そういったものに まだこだわっているご主人は死滅しつつある日本固有種の珍しい生き物として 大切にして下さい。
例えば、男にとってここは奥さんには負けられないと思っている部分があいま す。ご主人にとってパソコンはその領域だとおもいます。それは奥さんを無視 しているのでは無く、最近パソコンで目覚しい進歩をしている奥さんを、ライ バルとして意識しているからです。会社のライバルという意識がない人には気 軽にきけます。
ただ男子たるものもっと大きな夢をもてば、夢の実現のためには奥さんだろう が、子供だろうが教えをこうのは少しも恥ずかしいことでは無いと思っていま す。(多賀)

7.男と女は、今後どうなっていくのか。

(1)700年前の男女関係論
『徒然草』第百九十段初頭に「妻(め)といふものこそ男の持つまじきものな れ」、中ほどに「まして、家の内を行ひ治めたる女、いと口惜し。子など 出で来て、かしづき愛したる、心憂し。・・・・いかなる女なりとも、明暮添 ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん。」
最後に「よそながら時々通い住まんこそ、年月経ても絶えぬ仲らひともならめ。 あからさまに来て、泊まり居ななどせんは、珍しかりぬべし。」とあります。

「優れた男なら、知性的でないが家事だけはきちんと取り仕切り、子供ができ れば子供を大事に世話し可愛がっているような女を妻にすべきではない。 しかしどんなによくできた女でも朝から晩まで一緒に暮らしているとひどく気 にくわなくなり、いやになるだろう。
別居のままで、時々、女のもとへ通って行って泊まるというのが、長い年月を 経過しても切れない、男女の仲ともなるであろう。不意に男がやって来て、そ のまま女のもとにに宿泊するなどをするのは、きっと新鮮な感じがするであろ う。」

700年前、兼好が生きていた頃の「男と女」の関係は、今も変わらず納得で きるものではないでしょうか。
女性が男性と対等に社会進出し、自立して生活することが当たり前の社会にな れば、男にとっても、女にとっても、好ましい状況になるのではないかと、私 は思います。(有田)

(2)労働法規上の男女の扱いの手直し
私もごく最近知ったのですが、昨年6月の男女雇用機会均等法が改正されまし た。女性の労働者固有の妊娠中や出産後の事業主の措置を強化するなどが主な 点ですが、あわせて一連の労働法規について、私たちの共通テーマの「男と女」 関係の改正が行われました。
労働法規には、「女子労働者」という語が良く使われていましたし、都道府県 の組織に「婦人少年室」がありましたが、これらはそれぞれ「女性労働者」、 「女性少年室」に改められました。ついでに、「男子労働者」も「男性労働者」 になりました。すでに施行(実施)されているのもありますが、平成11年4 月からのもあるようです。
法律用語の「女子」という語は、「女の子供」という意味ではなく、広く女性 一般を指すものとして使用されたのだと思いますが、世間ではこのように使わ れていないので、誤解のない「女性」に改めたのだと思います。「婦人」は、 広辞苑によると「成人したおんな」という意味もあるようですが、「女子」の 敬語的使用なのでしょうか。ともに、余計な意味の付着していない透明無色の 「女性」という語にしたのだと思います。
私は、「基本的には、人知によって世の中は良くなって行く」という楽観主義 に立っておりますが、法律の分野でも遅まきながら(常に世の中の後追いです が)、男女の差別解消に向かっていると思います。もちろん、そのように努力 している人々の賜物であるのですが。(側島)

(3)男女平等化の進展
男と女がいっしょに生活するようになったそもそもから両者の役割分担は分か れていたと思います。すなわち、外敵と戦ったり糧になる獲物をとってくるの は男(あるいはアマゾネスのように女のところも?)の役目で、他方、育児や 食事などには女の方の担当でしたでしょう。この分担は基本的には現代まで続 いています。
しかし、ご承知のとおり、最近では共働きの浸透などにより、夫婦間で硬直的 に分担を決めてしまわないケースも増えてきているようです。この背景には主 観的要因と客観的要因があるように思います。
主観的事情とは男女平等という近代民主主義教育で、客観的事情は、技術と社 会のインフラの進歩、具体的にいえば、便利になった家庭電気製品などと託児 所、コンビニなどの普及であると考えます。
今後とも、男女平等化はますます進展し、専業主婦はやがてなくなるのではな いでしょうか。女性の重要な出産という役目だけが残るのだと思います。でも、 SFではありませんが、あるいは、これも克服されるかもしれません。(側島)

次の様に考えたら現代の男と女の置かれている状況は良く分かるとおもいます。 側島さんが言われた分担で女の方が貧乏籤を引いてしまった。男が分担した政 治、ビジネス、文化、戦争などの分野が大発展したのに比べ、女の分担した出 産、育児、家事などの生き物としての分野は昔のままに止まってしまった。 オスとメスの分担が昔のままである動物の世界ではメスから不平がでていると いうことはありません。
人間は生まれながらにして平等であるという人権思想がヨーロッパで生れ、 1960年代のアメリカで公民権運動が起こりは最初黒人、少数民族やがて女 性の政治やビジネスの分野での差別廃止運動の大波となってきます。
今まで出産や育児は素晴らしい女性の仕事であるとみなされてきましたが、押 し付けられた分担と女性が感じはじめたらこれは男と平等に戦うためには桎梏 とみなされてしまします。宗教的にかなり厳しい欧米においても女性が避妊、 中絶の権利を主張しているのも理解できます。
男性は結婚するためには、女性の要求を飲まざるえません。社会進出したいと 思っている女性は家で育児、家事をやって欲しいと思っている保守的な男性を 選びません。男性の前途は真っ暗かというとそうばかりではなさそうです。女 性からは羨ましいと思われているビジネスの世界も身をすり減らすストレスに 満ちた世界です。育児のような創造的なことを楽しくやる男性が出てきそうで す。この様な男性は政治やビジネスの世界を変え世の中がもう少しまともにな るような気がします。
側島さんの言われる環境も整いつつあります。 今でも専業主婦が出来るのはかなり裕福な階層です。この学級にもおられるよ うな地域活動、家事、育児、SOHOなどをこなすマルチタレント的な専業主 婦は私は残るような気がします。(多賀)

8.まとめ

 学級生の書かれたものを、以上のように強引にかつ独断で分類、整理してみ た。しかし、改めて読み返してみても、男女をめぐる問題について明確なヴィ ジョンは得られていない。男女をめぐる問題が、短期間のこのMLによる検討 で解決されるはずのものではないからである。ただ、男女を可能な限り平等に 扱うという法律や制度等の環境整備は、今後もさらに進められるであろう。そ れとともに、両性間の意見交換も必要と思われる。環境整備と両性間の意見交 換の二つが相俟って、望ましい男と女の関係が実現するものと思われる。  

意見交換にあたっては、このMLのようなインターネットによる意見のやり とりが極めて有効であると思われる。一堂に会する必要もないため広い範囲か ら意見が得られる、テキストによることで声の大きさや話術に左右されない冷 静な見解が得られやすい、などの特長があるからである。  なお、本テーマの副読本的なものとして、飯牟礼さんがまとめられ、電子図 書館に登録されているドラマ「男と女」をお薦めしたい。

(編集責任者 側島)

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