それはある晴れた日の昼間のことだった。
楊ゼンは太公望と一緒に昼食を食べようと思って、彼の部屋の扉をノックした。しかし、返事はない。中を覗いても、誰もいない。仕方なく、辺りを探してみるか…とふと窓の外を見やるとその下には。
「ふぃ〜、案外疲れるのう…」
探そうとしていたその人が、手を泥んこにしながら草むしりをしていた。
「師叔…。何やってんですか……」
はあっと大きめの溜め息を吐いて、呆れたように声をかける。すると、彼は「のわっ!いつからいたのだ!!」と心底驚いたような仕草で返した。
「そんなこと、あなたがする必要はないでしょう?庭師でも雇えばいいんですから」
「…わしはそーゆー風に人を扱き使いたくはない。それにこれはただ、仕事の気分転換も兼ねてだな…」
「気分転換するほどあなたの仕事は減っていない気もするのですが」
「ぐ…っ、そ、そういうおぬしは何をしに来たのだ!?おぬしの仕事はそうそう簡単に終わりそうもなかったがのう〜♪」
楊ゼンは、そんなものとうに終わらせてしまいましたよ、と言いながら何やら抱えていた包みを広げだした。
すると、辺りに突然広がるかぐわしいある果物の香りが、太公望の瞳の色を変えた。
「一緒にお昼を頂こうと思って。あなたの大好きな桃ですよ、ホラ」
楊ゼンがそう言い終えるか言い終えないかのうちに、太公望が窓に顔を寄せて楊ゼンの腕の中を覗き込んだ。するとそこには、今が食べ頃としかいいようがないほど美味しそうな桃が三つ。太公望はいつもたくさん食べるので、多めに持ってきたのだ。
「美味そうだのう…Vv」
思わずふにゃっと顔を緩ませた太公望はあまりにも愛らしくて。抱き締めたいと思っても壁が二人を挟んでいてそれは叶わない。
「早く来てくださらないと、全部食べちゃいますよ」
元々少食の楊ゼンは、本当はそんなつもりはさらさらないけどねと心の中で苦笑しながら、意地悪く太公望の見ている前でその一つをかじる素振りをする。
すると太公望は案の定そんな彼を見てわたわたと慌てだした。
「ま、待った!キリつけたらすぐ行くから、全部食べるでないぞ!?」
「早くしてくださいね」
先刻と似たような呟きを漏らして、楊ゼンは窓を背に腕を組んで目を閉じ、愛しの彼を待つことにした。
後から思えばそれがいけなかった…いや、それでよかったのか?
(理性を…試している、というわけではないですよね?)
「…んっ」
勿論これは毎夜の情事の声ではなく、昼間のそれである。草むしりの際に力を込めるためこんな声が出るだけなのだ。
(それはわかってる…わかってるんだけど……)
「んん〜っ」
背を向けている分、頭の中は妄想だらけ。昨夜のもう少しだけ甘ったるい声を出していた時の彼を思い描いてしまう。すると体までもが素直にそれに反応して熱くなってくる。
「…はぁっ」
溜め息すらぞくり、ときてしまって。
こんな些細な事で…と心のどこかで自分自身に呆れてみても、さらにそれを否定する感情に、それほどまで自分は彼のことばかり想っているんだと再確認させられる。
しかし最終的に行き着いた答えは。
(欲求不満なのかなぁ…僕…。いや、それもそのはず師叔がいつも自分が満足したらすぐに寝入ってしまうから…)
毎夜毎夜ひいひい泣きながら意識を失う(眠気に耐え切れなくなるともいう)まで頑張っている誰かさんに対しては、甚だ失礼な言い草である。
…それから数分後。バタン!と期待に満ちた扉を開く音とともに、太公望がばたばたと部屋に帰ってきた。
「はぁ〜疲れた!もうはらぺこだ!!楊ゼンッ早く食べるぞ!!」
腕を組み俯いて背を窓際に傾けたまま動かない楊ゼンにそう言って、桃が置いてある机のほうに招き猫のように手招きをする。
と、ふいにその手を引っ張られて。
気が付けば、そのまま軽い力で寝台に押し倒されていた。
「な…!何をす……っ」
抵抗する腕は片手で頭の上にひとまとめに抑えられ、抵抗する言葉は深い口付けによって封じられ。
目の前には、瞳の奥に妖しい色が宿っている薄笑いを浮かべた危険人物…。
「あなたをずっと待っていたので、僕もお腹が空いてしまったんですけど」
「あ?だからわしは早く桃を食べようと…」
「いえ、僕は…」
そう言って、空いているほうの手を徐々に下へと滑らせていき、布越しに体の中心に触れると、彼の肩がびくんと跳ねるように震える。
「━━あなたを食べたいんです」
その顔は、よりいっそうヤバいオーラ出まくりの微笑をたたえていて。
太公望は本能的に、これはなんとかして逃げなくてはと思い身を捩るが、楊ゼンのほうはそんな太公望の態度がますます可愛いと抑える手にさらに力を込めてきたので、結局要らぬ労力を使ってしまった。
それでも太公望は、こんなことで諦めるようなタマではなかった。
「だっ、ちょっ、待てっ…、まだ昼…っ」
(━━飯食べてない!それに、午後から重要な会議があるのは、おぬしも知っておるだろう!?)
みなまで言う前に、再び塞がれてしまう唇。
しかし楊ゼンは、彼が言おうとしていたことを全て理解しているらしかった。
「気にしなくても大丈夫ですよ。それはなんとかしますから…」
あとで僕が二人して風邪を引いた(それもおかしいとおもうが…)とでも言っておきましょう、とかいってちゃっかり服を脱がし始める楊ゼンの手。
「い…イヤだぁ━━━ッッ!!!」
その悲鳴は、周城の隅々まで響き渡ったとか。
そして誰もがそれを聞いて「またか…」と呟いたとか、呟かなかったとか。
太公望はその後、午後の会議どころか翌日も臨時休暇をとったそうな…。
*END*
ずいぶん前に、友達(…と呼んでもよろしいでしょうか?;)にメールで送ったものです。
その時も言ってたんですけど、空きっ腹にこんな重労働しても大丈夫なんでしょうかねぇ…。
私が実際に草むしりしてた時に考えたネタだったんですが、師叔やけにジジくさくないですか?
ていうか楊ゼンさんやけに偉そうじゃないですか?くそぅ…何なんだオマエはッ!!(楊ゼンファンの方スイマセン;)
いや、でも私これでも結構楊ゼンさんのこと好きなんですよ?(←説得力まるでなし…)