「──太公望師叔、愛しています…」

「わしも…だ」



 ようやっとその言葉を導き出させ、ココロもカラダも愛し合ったのは、一体何時のことだったか…。

 確かほんの1〜2週間位前。

 だが今はそれが、随分遠く感じる───
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 それは、つい3日前のことだった。

 朝、自室を出ると、必ず出くわす曲がり角。

 互いに近付く足音に、ぶつからないよう速度を緩めて。
 
 いつもの通り、爽やかな、朝の挨拶を───



「師叔、おはようございます」



 低くてよく通る、それでいて甘く蕩けそうな声に、…常ならば頬を赤らめ俯きながらも応えてくれるはずの太公望はというと。



「……ッ!!」



 
 その声を聞くや否や、くるりと踵を返して自室へと舞い戻ってしまった。



「す、師叔?」



 遠のく小さな背中に向かって呼び掛ける。だが彼はそれを無視し部屋に閉じ籠もると、扉ごしにびくびくと申し訳無さそうに呟いた。



「すまんのう…忘れ物があった。後を追うからおぬしは先に行っておれ」

「え、待ちますよ」

「いや、少々時間がかかる…だからのう…だから、頼む、先に行っててくれ」



 語尾は何だか、懇願のような響きさえした。

 そして、一向に開く気配の無い、薄いはずだが今はとても厚く感じる扉。

 …これは、もしや。

 拒絶されてる?

 ………何故?

 いぶかしんで、開かないならこっちからと扉の取っ手に手をかけた瞬間。



「…開けたら」



 そこで言葉が止まった。どうやら次の言葉を躊躇し悩んでいるようだが───

 ひゅう、と息を吸うような僅かな音とともに常より幾分低い声が耳に届く。



 「…絶交する」



 彼にしては稚拙な言葉だったが、そこはそれ、恋愛面には疎いので致し方ない。

 何よりも、相手にとっては効果覿面だったようで、楊ゼンはそれに打ちのめされてよろよろしながらも一人朝議に向かった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 …それから今の今まで、楊ゼンは太公望に何故なのかさっぱり解らないまま避けられ続けている。

 会議でも、軍師と補佐であるため隣同志なのだが、椅子はぎりぎり他人に不審がられない程度に離された。そもそも寝違えたかのように顔をこちらに向けないし、意見すらも軽く流された(というかほとんど無視?)。

 会議等以外は極力会わないようにし、廊下でも楊ゼンがいやしないかと挙動不審に辺りを見回している彼がよく目撃されているという。

 そしてその太公望のあからさまな態度に、周りの者が気付かないはずはなかった…。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…ったく……」
 
 
 
 城壁に背を凭せ掛け、頭の上に腕を組みながら、横にいる人物にちらりと視線を送ったのは、誰あろう天化だった。
 
 そしてその視線を受けている人物は、ただいま想い人に拒絶されて(?)いるため、顔色も悪く沈んでいる。
 
 
 
「がっくりきてるのも、そこまであからさまだと、ちょっと気持ちわりーさ…」
 
「…そうかい?」
 
「つーか、楊ゼンさんってそんなに感情が表立って出るような人だとは思ってなかったさ」
 
 
 
 そう言われて楊ゼンは、今日幾度目かの溜め息を吐いた。
 
 天化の言うとおり、自分はもともとそんなに感情が表立って出るようなタイプではなかった。
 
 だがそれは、妖怪の「本能に忠実な感情の発露」を抑えていただけだったのだ。
 
 
 
(そう、それはあの人が僕の全てを許してくれたから)
 
 
 
 どこか他人とは一線を置きがちだった自分を、たしなめる事さえ出来た。
 
 今の僕がある、その全ては、あの人のおかげ…なのに。
 
 
 
「なーんで、こんなことになっちゃったのかねぇ」
 
 
 
 ぐさっ。
 
 
 
「スースも、まんざらでもない感じで…両想いになったと思ったのに」
 
 
 
 ぐさぐさっ。
 
 
 
「ああ、それとももしかして、楊ゼンさんの『そっちの方』に付き合いきれなかったんじゃ?」
 
 
 
 ぐさぐさぐさっ!
 
 天化の言葉は、いちいち楊ゼンを瀕死へと追いやった。
 
 
 
「…でも、嫌がってなかったし……」
 
「でもあんなこと、しょっちゅうしてたら、女役の方は体がもたないんじゃないさ?」
 
 
 
 確かに。
 
 実は、太公望はいつも房事の最後は気を失ってしまうのだ。
 
 それにそういえば、太公望は意識がない時に行為の後始末をされるのは嫌だと再三再四言っていた。「自分でやるからおぬしは触るな」とも。
 
 しかし楊ゼンにとってはその太公望が恥じらう姿がまた楽しみなのであったりして、何度言われても懲りなかったのだ。
 
 
 
「……………(ズ〜ン)」
 
 
 
 ますます顔色が悪くなってしまった楊ゼンだが、そんな影を落としたような顔すら様になる彼がちょっと小憎らしい。
 
 そして天化なぞ、どうしてこの自分が恋敵(実は彼も太公望には並々ならぬ感情を抱いている;)の恋の相談相手なんてしてるんだ、と苛立ち始めていた。
 
 そしてついうっかり一言呟いてしまった。
 
 
 
「…てことは、今ならスースは狙い目ってわけさ?」
 
 
 
 瞬間、彼の頚動脈に楊ゼンの宝貝が突きつけられた。
 
 ぴた、と動けなくなってしまった天化は、視線だけそーっと横に泳がせる。
 
 視線の先にいる彼からは、恐ろしいほどの殺気が発せられ、瞳の色など常の紫から血のような紅い色に変わりつつあった。
 
 …さっきの落ち込みぶりが嘘のようである。
 
 
 
「…君が何を考えているのかは知らないけれど───」
 
「い、いやっ、冗談さっ、ジョーダン!」
 
 
 
 そう、と一言漏らすと、彼はまたもとの落ち込み大王に戻った。
 
 その落ち込みようといったら、頭からキノコでも生えてきそうだった、とは後々天化が皮肉に言った言葉である。
 
 
 
「…とにかく、このままじゃ楊ゼンさんもスースも使い物になんねぇから、なんとかしろって王サマから言いつかってきたんだけど…これは、スースをなんとかしなきゃダメみたいさね」
 
 
 
 楊ゼンはこの状況を見れば一発で予想できるが、実は太公望自身もこの状況には困っているらしかった。
 
 仕事ではニアミスの連続。会議では突然ぼーっと何かを考え込んだり。
 
 それを見かねた周公旦と武王・姫発が、天化ともう一人に事態の収拾に向かわせたのだ。
 
 
 
「ま、あっちに行ったのは、物事を聞き出すのを仕事としてたよーなヤツだからさ。きっと何かわかるさ」
 
「…だといいね」
 
 
 
 またもや溜め息を吐いた楊ゼンの横で、天化も今度は同じ動作をした。
 
















To be continued…

なっなんなんだこの切り方は…。
変な所で切っちゃってスイマセン…(泣)
てゆーか…天化ファンの人いたらここで土下座します。ごめんなさい。
なんだろうこれは…楊太?楊太です。
後編へと続く…。