ここは蓬莱島の教主様専用の事務室。
蒼い髪の彼は、最近軽くなってきた仕事を持て余しながら、ふう、とひとつ溜め息をはいた。
そばにいてほしい、いてあげたいと思う「誰か」が自分の前から消え去ったのは、もう3年も前のことになる。
本当は、武吉と四不象に「彼は生きている」と聞かされた時、飛び上がって喜びたい、今すぐにでも探しに行って見つけ出して抱き締めたい、という気持ちが込み上げてきたのだが、そこはぐっと抑えて「報告ありがとう」とだけ言って取り澄ました。
だって、きっと彼は自分にそんなこと望んではいないから。
教主の仕事を放り投げて会いに行くなんてことしたら、気配を消されて門前払いだろう。
特に…、彼と自分の気持ちが完全に落ち着いてはいない今はまだ駄目だと思った。
悔しいが、始祖の力を持つ彼には、勝てる自信が無いのだ。
…でも、「今」なら。
「…もうそろそろ、良いですよね?」
あの時から片時もあなたのことを忘れた日はなかったんですよ?
働きづめで、たまには休めば、と張奎にまで言われた時も、あなたに会うためと思って必死でここまでこの世界を建て直した。
その御褒美は、貰っても良いですよね?
「ねえ、」
ここでの自分の補佐に声をかける。
「はい?」
何かメモすることだろうかと、補佐は懐から紙と筆を取り出す。
そのいつもと同じ対処の仕方に苦笑しながら、何気ないようなトーンでそれを口に出した。
「明日から崑崙教主をやってもらいたいんだけど…。悪い話じゃないだろう?」
「………はい?」
予想どうり補佐はあんぐりと口を開け、ぽかんとした表情で紙と筆を床に落としてしまった。
幸い今日は午後から家庭日。
家庭日とは、仕事をしつつも姉様と少しでも一緒にいたい!という某シスコン男の提案で、毎月決まった日の午後は自由時間になって自分の家族や仲間とのんびり過ごすことができるという日のことだ。
今までは、そんな時間は必要ない楊ゼンには仕事の時間でしかなかったけれど。
廊下に誰もいないのを見計らって、哮天犬で颯爽と蒼く澄んだ広い空へと飛び出した。
それから、下へ下へと。
目指すは彼のいる人間界。
一時的にだけですよ、と気持ちを察して代わってくれた優しい補佐のためにも、あの人に必ず会わなければ。
何故かもう、彼が何処にいそうかなんてことははなから解っていて。
「哮天犬、あの場所へ行こう。そこにきっと…いるはずだ」
そうして辿り着いたのは、彼と初めて対峙したあの場所で。
ふわりと降り立ってみれば、そこには桃の匂いを漂わせた黒髪の少年が、昔と変わらずてくてくてくと歩いていた。
*END*
ついにやりました、後日談。
とか言いながら、短すぎるわ!この後日談!省略し過ぎやっちゅうねん!!(←今間違えて変換押したら「ヤッ中年!!」って出てきた(爆死)
しかも書いたの5月…まだホームページのホの字すら希瀬の頭になかった頃…;
とりあえずこれは「後日談・楊ゼンside」です。
「太公望side」もありますが…読みますか?
ちなみにいつも言ってるようですが希瀬はハッピーエンド大好き野郎です。