僕の好きな太公望師叔は、いつも桃の匂いがするんですよね。
ニコニコしながら桃をほおばる師叔に、優しい響きでそう呟いてみる。
そんな僕の態度をどうとったのか、師叔はほれ、と僕の前に桃をひとつ差し出してきた。
「食べたいのであろう?ひとつくらいは、分けてやる」
桃よりも甘そうなその微笑みに見惚れてボーッとする僕に向かって、彼が不審な顔をする。
何も応えず、桃すら受け取らない僕に呆れたように彼は、
「いらないのならいらないと言え」
と言うので僕は何だか切なくなって、
「…いりますよ。必要です」
と呟いて、桃より紅い唇に口付けた。
途端、彼は僕の目の前で、彼が消えたあのときのように身体からさらさらと砂がこぼれるみたいにかき消えていく。
必死でつかもうとしても、自分の手さえ水中にあるように重く、動かない。
『もはやおぬしらにはわしがおらんくても大丈夫であろう』
妙に落ち着いたその言葉が反芻して、嫌で嫌でそこから早く逃げ出してしまいたくなる。
どうしてそんなことが言えるのかと、叫びたい気持ちにかられた。
「あなたがいなきゃ駄目なのに……」
くしゃ、と泣き出しそうな情けない顔がさらに歪んで。
…これは夢。
わかっていてもなおつかもうとする僕がいて、あなたはその度に僕の前から残酷に消えてみせるのだ。
あなたが差し出す桃は、甘く優しいあなた。僕に問う、わずかに懐かしい桃の匂いを漂わせるあなたは…存在理由そのものを問う儚いあなた。
夢のあなたは、優しくて、儚くて、残酷。
あれからいつも同じ夢を、見ている。
*END?*
これも一応後日談になるかも?
補足的説明としては、
「四不象と武吉に太公望は生きていたと報告を受ける前の楊ゼンさんが見る優しいくせに最後は残酷な悪夢の話」です。
だいたい、太公望の生死を知らないところが抜けてる、というかわかってない、というか;
なんでこんな話書いたんだろう。
多分、切な系書きたかったんですよ、これ書いてた時は。
「*END?*」となってますが、これについては希瀬の気分次第かと…。