…今日は何かの日だったろうか?





 いつもなら、軽い朝食を済ませてゆっくりお茶を飲んで…そうしていると太乙が、朝の散歩(でも黄巾力士使用)のついでと言って茶と菓子をねだりつつ、世間話に花を咲かせていると、太乙を探して道徳までやってきてさらに話が盛り上がったり…そのうち、雲中子まで誰かに新薬を試そうとこっそり輪に混ざっていたり。

 毎日毎日、単調だとか変化がないとか言われればそうかも知れないけれど、それでも自分にはそれで十分楽しかった。幸せだった。

 …なのに。

 今日は、誰も。

 何も訪れることもないまま、日は無情にも沈んでいく。

 (今日は本当に…黄竜や文殊さえも来なかったな…)

 ふと、そう思うと。

 (自分は案外、寂しがり屋なのではないか)

 そんなことに、気付く。

 …そうだったのか。

 知らなかった自分の一面に、突然気付かされた。









 …太公望に、楊ゼンを頼むと言った時──「あの子は寂しがり屋だから…ずっとそばにいてやってくれ」…そんなことも言っていた。

 ──もしかしたら私は…あの子よりも寂しがり屋なのかも知れない。共感を抱いたから、あんなに過保護に育てて…自信過剰で嫌味なようにも見えるが本当は優しい子に育ててしまったんだろう。そしてその優しさを見つけて、本気で選んでくれたのは──太公望。

 (二人が幸せになってくれて…本当に良かった)

 あの二人には心底、幸せになって欲しかった──互いに、重すぎる哀しい運命を背負って生きていたから。

 それが互いに互いを求め合い、幸せになれたのだから──こんなにも嬉しいことはない。

 もう、あの子は寂しくはないだろう。

 では、私は──?

 彼らのような若さも行動力も持ち合わせていない。だから自分から誰かを、何かを求めるということが出来ないのだ。

 (そういえば、太乙達のことにしたって、彼らがいつもここへ来るから会えていたのであって、私が彼らの所へ赴くことなどあまりなかったな…)

 行って、みるか。

 様子もおかしいし。

 …玉鼎が重い腰を上げた、その時。





 「ぎょーくーてーーーっ!!」

 白くて丸っこい霊獣を自在に操り、気持ち良さそうに夕日の色が綺麗な空を風を切ってこちらに向かってくるのは──

 「太公望じゃないか」

 「久しぶりだのう、玉鼎。…って……んん?」

 突然洞府の奥を覗きこみ、はて?という風に太公望が小首をかしげる。

 「おぬし、一人なのか?わしはてっきり、もうドンチャン騒ぎにでもなっているだろうかと思ったが」

 「…何故だ?」

 今度はこっちがきょとんとしてしまう。やはり、今日は何かの日だったのか?

 「今日は師匠の誕生日じゃないですか…」

 はー…と溜め息を一つ吐いて、優雅に降り立つ蒼い髪の男がそうつぶやく。

 ………誕生日?私の?

 「楊ゼン…それは本当か?」

 少し驚きの表情をたたえて聞くと、太公望がボソッと「玉鼎、おぬし…やはりそろそろボケが…」と言うのを楊ゼンが片手でその口を押えて制し、

 「かく言う僕たちも実は太乙様達から招待状をもらって、初めて今日が師匠の誕生日だって知ったんですけどね。本人も忘れているとは…;」

 と苦笑いをした。

 どうやら太乙が暇を持て余して玉虚宮の書庫の古い資料を紐解いているうちに元始天尊のスカウトリストを発掘してしまったらしい。それを見て今日が玉鼎の誕生日だと気付いた彼が、仙界中に招待状をばらまいたのだ。





 『招待状。今日の午後4時より玉泉山金霞洞にて玉鼎真人の誕生日祝賀会を行う。参加する者は、各々思い思いの物を持参することを心より願う。…ってなわけで二次会も三次会もあるんでよろしく〜!by太乙☆』





 太公望に見せてもらったその招待状をまじまじと読んでいるうちに、ぞろぞろと見知った仙道達が金霞洞に集まってきた。

 「あっれー?太乙達はまだ来てないんでちゅか?」

 「人を呼んでおいて自分達はまだ来ていないとは…小官を愚弄する気かっ!」

 …とは道行天尊と広成子の台詞。

 場の全員が、何かがおかしいと感じていた。

 その時。





 リリリリリン♪





 ふいに、電話が鳴った。

 「…もしもし?」

 太乙達か?と誰しもが思ったが。

 「やぁ玉鼎。僕だよ」

 柔らかい声の主は、普賢だった。

 「あ…普賢、太乙と道徳と雲中子を知らないか?」

 電話の向こうからクスクスと小さな笑いが漏れる。

 「知ってるも何も…。うーん、そうだな…とりあえず、キミの後ろで騒いでるのも皆連れて、金光洞に来てくれない?」

 「あ、ああ…わかった」

 状況がうまく飲み込めないままに、来ている全員を引き連れて金光洞へと向かう。ちらと空を見ると、もう日はなく代わりに美しい満月が自分達を照らしていた。






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