黄金座の物語 小学館 1500円」書評(僕ははまだ読んでいませんので新聞などで拾ったもの)

(朝日新聞 3月11日付 書評欄にて・評者 中野翠

 実にのびのびと感傷的で、懐古的で、素人くさい。あんまりのびのびとしているので気持よく乗せられてしまった。昔の、ある種の日本映画が好きな人だったら、読みながら何度もほほえみを誘われずにはいられないだろう。あの虚構の世界の中へ入っていきたいという、映画ずきにとっての見果てぬ夢を実現してみせたような小説なのだから。
 何しろこの小説の舞台は黄金町という町で、ある夜、「僕」が商店街の居酒屋「銀月」を訪れると、親父は加東大介によく似ていて、カウンターには横顔が笠智衆そっくりの初老の紳士が盃をかたむけていて、やがて「お父様、やっぱりここにいらしたのね」と紳士を迎えに来た娘は原節子に瓜(うり)ふたつ……という町なのだ。わくわく。その初老の紳士(平山先生という)に連れられてバー「ルナ」に入って行くと、「白シャツに小さな黒い蝶ネクタイ、赤いタータンチェックのチョッキのマスターが声をかけた。年齢五十がらみ。縁なし眼鏡の光る、やや皮肉げな面もちは俳優の中村伸郎によく似ている」というのには、私は爆笑。
 その黄金町には黄金座という風変わりな映画館があって、週に1本だけ昔の日本映画を上映している。清水宏監督(歌女おぼえ書、按摩と女、花形選手、家庭日記、簪、小原庄助さん)、成瀬巳喜男監督(鶴八鶴次郎、妻よ薔薇のやうに)、島津保次郎監督(兄とその妹、隣りの八重ちゃん、婚約三羽烏、男性対女性)の作品を中心にしたラインナップだ。「僕」は居酒屋の片隅で「平山先生」と、その日見た映画の感想を語り合う。この批評部分がなかなか楽しい。なぜ古い映画は魅力的なのか、さりげなく解き明かされて行く。「映画は2度生まれる」というのは名言かもしれない。
 昔の日本映画を軸にして「批評」と「物語」を合体させた、面白い仕掛け。ジャック・フィニィの小説『ゲイルズバーグの春を愛す』やウディ・アレンの映画「カイロの紫のバラ」も連想させる愛すべき本だ。
(コラムニスト)


(上の書評欄、新刊 私の◎○にて 評者 芝山幹郎[評論家・翻訳家])

三冊のうち二番目に黄金座の物語を評し、◎としている @は◎『帰ってきた映画狂人』(蓮見重彦著) Bは○『トゥルシエとその時代』(後藤建生著)

A幸せな本、と口にしかけて思いなおした。むしろこれは、幸福のありかを教えてくれたものに対する感謝の念をおだやかに表明した本だろう。小説仕立てという形式はやや疑問だが、映画の情感を味わい分ける太田和彦の舌には安心して信頼を寄せられる。



 やっと図書館の予約の順番が回ってきて、読んでみました。僕は戦前の古い映画を見れた世代ではないので、思い入れはほとんど無いけれど丁寧に映画の筋が書いてあり、それに基づいた丁寧で映画の雰囲気が様々に伝わってくるような解説・批評文があるので、それらの映画に興味を感じた。
 芝山さんが指摘している「小説仕立てという形式はやや疑問だが」というのはたしかにそうだと思う面もある。太田氏の類似の本に「シネマ大吟醸」というのがあるが(全部は読んでいませんが)、解説本という形式よりも映画を見ていない層に感情移入ができる側面を持たせていて、実際自分も黄金座の暗闇にいる気分になれる。
 物語の部分を早急に読みたくなって、映画の解説部分を飛ばしてしまったところもあった。平山先生がいなかった時は主人公同様に残念に思い、松永や田中の存在が物語性を高め、面白く読めた。(01/6/13記)

今後見たくなることもあると思い、覚え書きとしてこの本に登場の映画をリストにしてみました。

「黄金座の物語」登場映画リスト(P222より)
題名 製作年 発売元
『歌女おぼえ書』 昭和16年松竹作品 松竹ホームビデオ
『按摩と女』 昭和13年松竹作品 松竹ホームビデオ
『花形選手』 昭和12年松竹作品 松竹ホームビデオ
『家庭日記』 昭和13年松竹作品 松竹ホームビデオ
『簪(かんざし)』 昭和16年松竹作品 松竹ホームビデオ
『小原庄助さん』 昭和24年新東宝作品 キネマ倶楽部
『お絹と番頭』 昭和16年松竹作品 松竹ホームビデオ
『絹代の初恋(原題は旧字)』 昭和15年松竹作品 松竹ホームビデオ
『花籠の歌』 昭和12年松竹作品 松竹ホームビデオ
『化粧雪』 昭和15年東宝作品 キネマ倶楽部
『樋口一葉』 昭和14年東宝作品 キネマ倶楽部
『鶴八鶴次郎』 昭和13年東宝作品 キネマ倶楽部
『妻よ薔薇のやうに』 昭和10年東宝作品 キネマ倶楽部
『噂の娘』 昭和10年東宝作品 キネマ倶楽部
『兄とその妹』 昭和14年松竹作品 松竹ホームビデオ
『隣の八重ちゃん』 昭和9年松竹作品 松竹ホームビデオ
『婚約三羽烏』 昭和12年松竹作品 松竹ホームビデオ
『男性対女性』 昭和11年松竹作品 松竹ホームビデオ
『晩春』 昭和24年松竹作品 松竹ホームビデオ

※キネマ倶楽部(通販のみ) TEL03(3965)5330
ビデオ発売は2001年4月2日より(\6.500税抜)

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