「Snow & Ring」
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'99/12/24 PM06:40 東京
その日、東京は昨日から降りしきる雪で真っ白だった。
いつものように、雪に慣れない都会人達はこの空から舞い降りる使者をあまり歓迎し
ていなかった。僕もどっちかというと、半分はうっとうしく、また半分はロマンチックに
思った。
こんな大雪で喜んでいる人達というのは今日は二通りいるだろう。
休み時間中に雪だらけになるまで遊んだ子供達と、この日を待ち望んでいたカップル
達だ。
そう、今日はクリスマス・イブ。
しかもホワイトクリスマスなのだ。
ロマンチックな夜を好きな人と過ごす―――――
普段なら同じ時を過ごすだけでも心が温かくなるがこの日は別、いつもより心が温
かい感じがするのは僕の思い過ごしなんだろうか?
皆身を寄せ合い、幸せそうに道を歩いて行く人達が多い。
そんな中、僕は一人で歩いていた。
一人で歩いていたとしても、僕の心は冷え切ってはいない。何故なら僕を待ってて
くれている人がいるからだ。
僕は先を急ぐように、息を弾ませ人をかき分けて進んでいる。
小脇にはシャンパンを1本抱えている。
そして、僕を包んでいる暖かいトレンチコートの中にはもうひとつ、秘密の小箱がし
まわれていた。
それを時々、手をポケットに突っ込むたびに確かめながら先を急いだ。
僕が行きついた先は東京でも有名なマンションだった。
そこの最上階に僕の彼女、そう晶の部屋がある。
しかし一言に部屋といっても信じられないくらい広い、さすが長崎でも有数のお嬢
様ならではだろう。
そんなお嬢様の晶を一人、東京にやってご両親は心配じゃないのだろうかと僕が
思ったのは一度や二度ではない。
そんなことを晶に聞いてみたことがある。そのときの晶はイタズラっぽく笑ってこう
言ったのだ。
「ずっとそばにいてくれるんでしょ?」と。
しかも僕のことは晶からご両親に話したらしい。それが東京に一人で住んでもよい
という決定打になったというのは僕にとって驚きだった。
エレベータに乗り込み、最上階を目指す。
その途中、晶から言われた事を思い出していた。
その日、僕は試験が赤点だったために科されるレポートのため学校の図書館に
やってきていた。
年末の押し迫った日に開いている事に感謝しつつ、僕は必要な資料を集めて、
それをもとにレポートを書いていた。
何時間ほどたった頃だろうか、僕の目の前の席に誰かが座った気配があった。
しかし僕はその時、調べ物に没頭していて特に気をつけようとは思わなかった。
しばらくして、前に座った人からなにか含みを持ったような視線を僕の頭に感じた。
気になって顔を上げて見ると、そこには手を組んでそこに顎を乗せた晶がいたで
はないか。
「あ、晶・・・・いつからそこに?」
自分でも間抜けな問いかけだが、晶は小さく笑うと僕の顔をじっと見つめた。
「もう、あなたって何かに夢中になると全然まわりが見れなくなっちゃうのよね。
こんな美人の視線を無視するなんて・・・・」
ちょっと怒ったような声の晶。
でも、その怒り方が可愛く、どこか小悪魔めいている。
「ご、ゴメン、つい夢中になっちゃって・・・・誰か来たなぁとは思ったんだけど・・
・・いつから?」
「そうねぇ、かなり前だったわよ?」
「え、そんなに?」
「そうよ、こんな美人をほっとくなんて!」
「ごめんごめん、いや、今日中にレポート終わらせようと思ってさ」
「ええ?、何でレポートなんてやってるの?」
「とっちゃった、赤点」
「もう!人がどれだけ手伝ったか知ってて言ってるの?」
そう、そうなのだ。
僕は後期試験を友達からノートを借りまくって何とか乗り切れたはずであったの
だが、ひとつ引っ掛かってしまったのだった。晶の方はというと得意のヴァイオリンの
試験だけなのだそうだ。
それを聞いた僕ははうらやましいと思った。
それを晶に言ってみると半分怒って「とんでもない!」とはじまり、「音楽のことを
何にもわかっていない」と彼女の話は続いていった。
そう、彼女達音楽科の人たちにいくと試験というものはそんな簡単なものでは
ないらしいのだ。
課題で出される曲はそこそこの腕では弾けないほど難解な曲ばかり出され、その
課題曲の出来次第で冬休みがあるかないかの瀬戸際なのだそうだ。僕のように試験
だけでも単位が取れるようなお気楽極楽なものではない。
当然のことながら晶は一発合格を決めて、僕より一足先に冬休みを満喫していた。
といっても彼女だけ遊んでいたワケではない。なんと僕の試験の手伝いをしてもらった
のだ。音楽科といえども、僕のような一般学生と同じように共通の講義もあるわけで、
その手伝い・・・・というか早い話がほとんど晶から教えてもらった知識で試験を乗り越え
られたのだ。いや、乗り越えたはずであったのだ。
それでいながら僕は赤点に引っかかってしまったのだ。晶ならずとも怒りたくなるのも
無理はない。
「もう、あなたってば・・・・」
いたずらな子供を叱るような、それでいて優しい顔で晶は言う。面目ないとはこの事だ。
「ごめん、晶にあんなに教えてもらったのに・・・・」
「もういいわ、あたしの言う事を聞いてくれたら許してあげる」
「・・・・な、何なりと!」
「来週の晩は正装してあたしのうちに来る事!」
ほっそりとした指を僕にビッとつきつける。
「?、正装って・・・・?」
「そうねぇ、できればタキシードって言いたいところだけど、普通のスーツでいいわ。
それくらいは持ってるでしょう?」
「う、うん。持ってるよ。だけどなんで?」
「ん、もう!ニブいんだから!来週のこの日って何の日か忘れてない?」
・・・・頭の中でカレンダーを思い出してみる。そう、ちょうど一週間後はクリスマス・
イブだ。
「ああ、そうか!うん、分かった。何時くらいに?」
「そうねぇ、こっちも準備があるから7時くらいでどう?」
「OK、遅れないようにするよ!」
「じゃ、キマリね!」
「うん・・・・・あ!」
「ん?どうしたの?」
「ああ、いや、クリスマス・イブだからなんかプレゼントでもと思って」
「ちょっとは期待してるわよ?」
すました顔で言う。こういうときの晶は別にプレゼントがなくてもいいというニュアンスだ。
だけど僕はひとつの計画を持っていた。それを実行に移すにはいい機会かもしれない。
「うん、期待してて!」
「あははは、嘘よ。別にあなたがうちに来てくれればいいの」
「わかったよ、晶。でもシャンパンくらいのお使いはするよ?」
「う〜ん、そうねぇ、じゃああなたはシャンパンを買ってきて。それだけでいいから」
「分かった」
「うん、じゃあ一週間後ね。ちょっと友達と約束してるし、あなたの邪魔しちゃいけないか
ら、これでね、バァーイ」
隣の席に置いていたヴァイオリンのケースを持ってたちあがると、晶は図書館を出て
いった。
その後になって僕は何故正装していかなきゃならないのか聞くのを忘れてしまったが、
いつのまにかそれさえも記憶の片隅に追いやられてしまった。
そう、今はこの忌々しいレポートを書き上げねばならなかったのだ。
『ピンポ〜ン、10階です』
エレベータは僕を10階まで押し上げると、そう言って扉をあけた。
そこにはずらっと並んだ扉が規則正しく並んでいた。
そこの真ん中よりもちょっとエレベータよりに彼女の部屋の扉が有る。
チャイムを押す前に、僕はコートのポケットに入れておいた小箱を、スーツのポケットに
移動させ、そしてネクタイが曲がってないか確認する。
さて、いざお姫様のいる部屋へ。
チャイムを鳴らすと、インターホンに彼女の声が出迎えた。
『はい』
「僕だけど・・・・」
『ちょっと待ってね』
そういってインターホンを置く音を最後にしばらく待つ。
すると、僕の目の前にある扉が開き、晶が顔をのぞかせた。
「いらっしゃい!」
目の前に現れた晶を見て一瞬目を疑ってしまった。
彼女の格好はここではちょっと場違いに思われる格好だったのだ。そう、彼女の着て
いるのは――多分――演奏会用のイブニングドレスだった。
肩が大きく露出していて、なだらかに胸へと続いて流れる曲線は思わず目がくぎ付け
になってしまった。それほど魅力的な格好だった。白いイブニングドレスは晶にすごく似
合っていた。
「寒かったでしょう?。さ、早く入って!」
「う、うん」
剥き出しになった晶の肩から無理やり目をはずすと僕は靴を脱いで晶の部屋に入った。
そこには晶が料理したであろうオードブルやケーキがが所狭しと並んでいた。
しかも部屋の暖房は暑くもなく寒くもないちょうど良い温度だ。
「すごい!、これ全部晶が?」
「そうよ!でもそれが今日のメインじゃないの」
「・・・・?」
ちょっと疑問顔の僕。コートを脱いで晶から渡してもらったハンガーにかける。
「さ、すわって。最初は乾杯といきましょ」
晶に薦められて僕は席に着く。目の前に並んでいる豪華な料理がメインじゃないと
すると、いったい何なんだろう?
疑問に思いながらも、テーブルの上にあったソムリエナイフで僕はシャンパンの口を
切る。
ついで、スクリューをコルクに突き刺し、気合を入れて引きぬいた。
ちょっと格好をつけてソムリエナイフのスクリュー部にあるコルクの匂いを嗅ぐ振りを
して見た。
「いやだ、ソムリエでもないのに・・・・」
晶は笑って僕を見て言う。そうか、シャンパンじゃやらないんだっけ?香は悪くない。
分からないけど、店で薦められて買ったものだからはずれではないだろう。
そのシャンパンをこれまた晶が用意したグラスに注ぐ。シャンパンは美しい輝きと曲線を
持つグラスに注がれていく。
ちょっと気取って注いだ後にビンを軽くひねる。
その仕草を見て、晶は微笑んだ。まだ僕がソムリエ気分でいることに笑ったのだろう。
「それじゃ、あたしから返杯ね」
そういって晶は僕からシャンパンの入ったビンを取ると、僕のグラスに注いでくれた。
「それじゃ、乾杯ね」
「うん。何に?」
「あははは、『君の瞳に』なんてクサいセリフは無しよ」
「そうだなぁ・・・・君と過ごせるクリスマスイブにって事は?」
「ま、いいわ」
そう言って、二人してグラスを触れさせあう。
澄んだ音が響く。
今まで気がつかなかったが、このグラスはクリスタルではないか。
グラスを明かりにむけて見ると微妙な光を放ち、それはシャンパンの金色と見事な
コントラストを描いていた。
一ついくらする事か?なんて考えてしまうところが小市民である僕だ。
シャンパンを口に含むと、甘い香の中にピリッとした部分がある。その刺激は上品で、
のど越しも悪くなかった。
晶はとみると、やっぱり満足そうだ。
「悪くないわね」
「そう?良かった」
僕は一安心だ、晶が満足してくれればそれでいいのだ。
「さ、遠慮なく食べてね」
「うん、実ははらぺこだったんだ」
思わず苦笑い。なんか食い意地が張ってるような・・・・ちょっと自己嫌悪。だけど晶は
そんな事も気にせずにいてくれる。
早速僕はオードブルに手をつけたのであった。
しばらくした頃にはオードブルとシャンパンの大半がなくなっていた。
ちょうど渡すものを渡せる時がきたかなというところで、晶に先を越されてしまった。
「さて、と・・・・」
晶はおもむろに立ち上がり、どこか部屋へと姿を消した。それを目で追っていったが、
晶は特に僕に何するではなく、微笑んだだけだった。
しばらくすると、晶はヴァイオリンを持って現れた。
そして僕を見ると高らかに言ったのだ。
「今夜は私、遠藤晶のコンサートにおいで下さいまして誠にありがとうございます!」
僕は面食らってしまった。晶の演奏を聞くのはヴァイオリンの大会でしか聞いた事が
なかったし、目の前で聞いた事はこれまで一度くらいしかなかったのだ。
そう、あの思い出の中の中学校での演奏以来だ。
晶は練習の時でさえ僕に聞かせようとはしなかった。
それが今、僕だけのためにヴァイオリンを弾いてくれるのだ。そうか、このために正装
でって念を押していたのか!
晶のファンから見ればうらやましいを通り越して恨まれさえしそうだ。
僕は一人だけど大きな拍手をした。
拍手が終わると、晶は一礼し、そして一息してから音をつむぎ出した。
その曲こそ、僕と晶を結びつける原因にもなった曲だ。
メンデルスゾーン、ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64。
流れるような旋律の中、晶の指は澱む事を知らないように動いていく。
僕も晶から手ほどきを受けたから、ちょっとはヴァイオリンの事を知ってるつもりだった
けど、晶の曲を聞くと僕とは天と地の差が有るのだと思ってしまう。
しかも晶の演奏は素人の僕が聞いても、聞く者をぐいぐいひき付けるような魅力のある
演奏だった。
目の前でこんなにコンサートをしてくれるとは全然思わなかった。
そしてメンデルスゾーンが終わると、次にはよくクリスマスに流れているメロディのメド
レーだった。
赤鼻のトナカイや聖者の行進など聞きなれたナンバーが続き、最後はママがサンタに
キスをしたで終わった。
「これがあたしからのプレゼント」
ちょっと舌を出してはにかんだ表情で言う。そしてヴァイオリンを椅子の上に置くと僕に
向って深く頭を下げた。
余韻に浸っていた僕は、ハッと気が付くと立ち上がって精一杯の拍手をした。
「最高だよ晶!」
言って僕は晶を思いっきり抱きしめていた。
ふんわりと柔らかい、触れたら壊れてしまいそうでいて僕を押し返すような弾力を持った晶。
晶はちょっとビックリしたようだったけど僕の胸の中に身を預けてくれた。
「ホントに最高だった?」
「もちろん!君意外のヴァイオリンはもう聞きたくないね」
「またぁ、通ぶっちゃって・・・・」
まんざらでもない晶。だけど僕の心の中では晶意外のヴァイオリンはどんなプロであっても
かすんでしまうほどだ。
「本当だよ。晶・・・・それと・・・・」
僕はジャケットにしまっていた小箱を取り出した。いよいよその時が来たのだ。ありった
けの勇気を出して。
「受け取ってくれるかな・・・・」
晶の目の前に出した小箱は小さく、一見何が入ってるかわからないだろう。
僕は晶の抱いた手を解き、小箱を晶に差し出す。
不思議そうな顔で受け取る晶。
「・・・・開けてみていい?」
「もちろん、それには僕の気持ちも入ってるんだ」
「・・・・?」
小箱にかかっているリボンを解き、中の小箱を取り出す。
そしてその小箱を開けると、一つの指輪が収まっていた。
「こ、これって・・・・!」
「うん、その・・・・君を一生一人にはさせないっていう約束をしたいんだけど」
この一言を言うのにどれだけ苦労しただろう。この言葉を言っただけで一斉に力が抜
けたような気がした。
「・・・・・うれしい、嬉しいわ・・・・」
涙声になって言う晶。
僕はその指輪を取ると、華奢な晶の左手をとり薬指にその指輪を通す。
そしてまた晶を抱きしめる。そして耳元でささやくように言った。
「僕の気持ち・・・・受け取ってくれる?」
「・・・・も、もちろんよ。嬉しい」
そういって晶は僕の瞳を覗きこむ。
晶の瞳に僕がいる。その僕は次第に大きくなって行き、やがては見えなくなった・・・・
―――THE END―――