水生生態系の実際  Vol.2

JAI 日本水生昆虫研究所


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トンボ公園の考察

トンボ公園とは何か

 トンボ公園というのは通称で、今のところ広く認知された定義はありません。 公園の名称は自由に付けられますから、トンボに関係のない公園でも固有名詞としてトンボ公園の名を冠することもできます。 このようなことは自然公園、森林公園などの名称において広く見られることで、こうした名称を持つ公園が必ずしも自然や森林が豊富であることを意味しているわけではありません。
 それでも一般的な傾向としてみれば、自然公園や森林公園と呼ばれる公園が、管理者の側から見てその構成要素の中に自然や森林が意識されていることが普通であり、トンボ公園と俗称される公園もまた何らかの形でトンボの存在が意識されたものと言えます。

 ここでは国立公園や国定公園といった地域指定の公園概念ではなく狭い意味での土地利用という視点から見た都市部とその周辺における公園、いわゆる都市型公園に限って話を進めることにします。

 都市化の進展と都市周辺の開発に伴い、都市部における野生生物相が急激に貧化しました。 これまで人里に普通に生息し、人々の生活の中で馴れ親しんできた数多くの生物種が姿を見せなくなりました。 その中でも特に昆虫類の減少が著しく、ホタルやトンボ、秋鳴く虫など人々の生活と共にあった昆虫類は私たちの周りから殆どいなくなってしまいました。
 こうした私たちに身近であった虫たちを取り戻すことを一つの目的として、都市型公園の中に彼らの生息地を確保しようとする現実的な試みが始められ、また公園全体を野生生物の生息空間として利用しようとする考え方が生まれてきました。
 公園の中には当初から既存の野生生物相を公園の構成要素として重視しているものがあり、こうした公園を含めて一般的に野生生物の生息空間としての機能、つまりビオト−プとしての機能を持った公園が自然公園と言われるものです。
 自然公園は全体としての生態系を考慮している場合でも特定の生物種の生存を主目的にしているものが少なくなく、その中で公園内に水域を持ち、主としてトンボの生息に重点を置いた公園がトンボ公園と呼ばれています。


トンボ公園の創設


トンボの生息環境の確保

陸上植生の維持

 トンボは卵からヤゴ(幼虫)の時期を水中で過ごし、成長したヤゴは水中から出て空中そして陸上に飛び立ちます。 従ってトンボの生息環境には水域と陸域の両方が必要であり、且つ水域と陸域との懸け橋が必要になります。
 陸上生態系を考えた場合、トンボにとって重要な生活空間は休息のための森林や背丈の高い草原です。 トンボは肉食性ですから植物の種類によって影響を受けることはありませんが、多くの種類のトンボが羽化後しばらくの間、水域を離れた森林や草原を生活の場とする上、トンボの種類によって森林内で好まれる生息環境が異なるため多様な植生を維持しておくことが望ましいと言えます。 サナエトンボの仲間は森林周辺の地上高の高い明るい葉上を好み、イトトンボの仲間は地上高の低い半日陰の薮の中を好みます。 カトリヤンマは薄暗い森林内部に潜み、ハグロトンボは森林内にあってももっぱら地面を生活の場としています。 またシオカラトンボやシオヤトンボは森林よりも明るい平原を好みます。
 トンボは捕食性で多くの小昆虫類を餌とするために、こうした小昆虫類を育むためにも多様な植生が必要になります。

トンボ池の維持

 トンボはヤゴの生息環境によって流水に住むものと止水に住むものの2つのグル−プに分けて考えることが普通です。 流水域と止水域では生態系の有様が違うだけでなく地勢的な形態そのものに大きな違いがあります。
 多くの種類のトンボを生息させるためには流水域と止水域の両方の生態的環境を維持することが望ましいのですが、自然の流水を確保することは水の供給源を持つという地勢的な条件が整った、かなり面積の大きい敷地を必要とします。 都市型の公園では一般に流水域を持つだけの十分な敷地を確保することが難しいため、トンボ池と呼ばれるような止水域を中心としてトンボの生息する水域を考えることになります。
 止水系のトンボが生息できる水域は必ずしも広い面積を必要としません。 敷地内に既に池が存在する場合にはその池の面積に関係なく、トンボが生息できる環境に作り変えることができます。 新たにトンボ池を作る場合にもその公園の規模に応じた広さの池を作ることで十分に対応できます。 プ−ルやコンクリ−トで作られた人工池のようなものでもトンボの生息できる状態を作り出すことは可能です。 大事なことはトンボが生息できるような生態系を作り上げた後、それを継続して維持できるかどうかということです。


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トンボ池の生態系

トンボの生息条件


 トンボが生息する池というのはトンボが生息空間として利用できる池ということですから、動物の生存に関する基本的な2つの条件を満たしていなければなりません。

  1. 住み処が存在すること
  2. 餌が存在すること
    トンボの場合にはこれに加えて次の条件を個別に考慮に入れた方がよいでしょう。
  3. 産卵場所が存在すること
  4. 羽化する場所が存在すること

  自然の池ではこうした条件は自ずと満たされていますが、人為的に整備された池ではこれらの条件を満たしていることはむしろ少ないと言えます。
 自然池の生態的構造は既述した沼の生態的構造と同じもので、水域から陸域にかけて水生植物を中心とした植生を持ち、その植物群と堆積した腐植質の上に様々な生物種を有した形を造っています。 トンボはこのような生態系の構成生物種の一つとして存在しますから、池の生態系の様相がトンボの生息条件とどのように係わっているのかを検討してみることにします。

1.住み処の存在
 トンボのヤゴ(幼虫)は魚のように泳ぎ回って餌を探すことはありません。 止水に住むヤゴには池底の泥土の表面及び泥土中に潜んでいるもの、沈水植物や腐植質の中に潜んでいるもの、水生植物の植物体に掴まっているものなどがいますが、どれも動かずにじっとしたまま近くにくる餌を待っています。 ヤゴのこのような性質は、ヤゴにとって充分な餌がある場合には一匹の個体にとって広いテリトリ−を必要としないことを意味しています。 その代わりヤゴが潜むことのできる多様な水中環境を確保することが必要になり、豊富な腐植質の堆積と水生植物群がこうしたトンボの住み処を提供する役割を果たします。

2.餌の存在
 トンボは肉食性ですから、生産者である植物プランクトンや水生植物そして腐植質の堆積はそのままではトンボの餌になりません。 それらを食べて育ち、尚且つトンボの餌となる小動物群、すなわちトンボにとってのコンバ−タ−(変換者)が必要になります。
この役割を果たすのがワムシやミジンコなどの微小動物群とベントス(底生動物)として腐植質や泥土中に潜む小動物群です。 ベントスにはタニシやタガイのような貝の仲間、イトミミズやエラミミズなどのミミズ類、ホソカやユスリカの幼虫などがいて、池の生態系における消費者及び生態的分解者として重要な役割を果たしているだけでなく、トンボを始めとする肉食性動物群を支えるためのコンバ−タ−としても重要な位置を占めています。
ベントスも一つの動物群としてその生息環境を考慮する必要があり、彼らの生息を確保するためには腐植層と堆積有機物(デトリタス)に富んだ泥土の存在が重要になります。

3.産卵場所
 止水性のトンボの多くが植物組織の中に産卵しますから水生植物が産卵場所としての役割を果たします。
 水に浮いた木の葉や枯れ草でもトンボの産卵場所になりますが、そうしたものは常時安定して存在するわけではありませんから、水面に生育する水生植物の方が望ましいと言えます。

4.羽化の場所
 ヤゴが成虫のトンボになるためには水中から出なければなりません。 このときに大事な役割を果たすのが水中と空中にわたって植物体を持つ水生植物で、浮葉植物や挺水植物がそれに当たります。

 トンボの生息環境を整えようとする場合、外観の水生植物だけが考慮の対象とされることが多く、コンバ−タ−としてのベントスの存在が無視ないし軽視されることがあります。 このためトンボの生息地といわれる場所に必ずしもその土地柄にふさわしい多くのトンボが見られないことがあります。

トンボの天敵

 自然の池では水生植物や腐植質の堆積がヤゴにとって充分な隠れ家を提供しており、天敵が存在する場合でも種の継続が困難になるほど数を減らすことはありません。 しかし自然池ほど大きくなく、広い水際域を持たず水生植物も充分に繁茂していないような公園池では、天敵の存在はヤゴの生息にとって致命的な影響を与える可能性があります。 水鳥のような外来者を除いた場合、ヤゴの天敵になり得るものは、更に大きなヤゴ、タイコウチ、ゲンゴロウなどの水生昆虫、アメリカザリガニ、そしてコイ、フナ、タナゴなどの魚類です。 この中で最も大きな影響を持つのが魚類で、ドジョウやメダカを含めた全ての魚類がヤゴの天敵になり得ると考えられます。 特にコイ、フナ、ヤリタナゴ等はヤゴにとっての大きな脅威であり、モツゴも大きさの割に攻撃性が強く、ヤゴと共存するには望ましい相手ではありません。 比較的共存が可能なものはメダカくらいのもので、ブラックバス、ブル−ギルは論外と言えます。
 魚類に次いでヤゴに対する破壊的影響が大きい動物がアメリカザリガニです。 アメリカザリガニは雑食性で繁殖力が強いため、水域全体がアメリカザリガニを中心とした生物種の少ない単調な生態系に変化してしまう可能性があります。
 タガメやゲンゴロウなどの水生昆虫もその生態を考えればヤゴの天敵と言えます。 しかし現実にはタガメやゲンゴロウの育つ環境はトンボの場合以上に安定した生態系が必要であり、タガメやゲンゴロウが生息できる環境にはトンボも数多く生息することができます。
 尚、カエルはトンボの成虫にとって天敵と言えますが、オタマジャクシはヤゴの天敵ではありません。 むしろ大型のヤゴにとっては餌になりますから、カエルの存在はトンボにとってプラスとマイナスの両方の影響を持つことになります。 大型のヤンマ類にとってはカエルの存在はプラスに働き小型のイトトンボ類にとってはマイナスとなるでしょう。 例外はウシガエルで、ウシガエルはトンボにとっても相当破壊的な影響を及ぼすと考えられ、そのオタマジャクシもヤゴの餌になりません。

 公園池で特に気を付けなければならない動物種がコイとアメリカザリガニです。 この両者はトンボの天敵となる以外に水生植物群に対して直接大きな打撃を与える可能性があります。
 コイは水田の雑草(主に水生植物と湿性植物)取りに利用されることからも分かるように、コイの住む池には水草の多くが生育できません。 また近年見られるようになったソウギョ(草魚)の場合、一匹の放流が池の沈水植物郡を全滅させた例が知られています。 また公園池に多く見られるカメ類は肉食を含む雑食性を示しますから、ヤゴの生息にとってマイナスに作用すると考えられます。 その影響はイシガメ、クサガメ、アカミミガメの順に大きくなり、アカミミガメではトンボの成虫を捕らえて食べることも目撃されています。

トンボ以外の昆虫の発生

 トンボは捕食性の肉食性昆虫ですから、他の小動物群を餌にします。 ヤゴの餌になる小動物にはワムシやミジンコの他にユスリカやアブの幼虫のような昆虫類が存在し、これらの小動物群が水域の生態系にとっても重要な構成者となります。 
 しかしながらこうした昆虫類の中には衛生害虫と見做されるような蚊の仲間があり、こうした昆虫類の発生の可能性がトンボ公園を含めた都市型の自然公園を創設する上での大きな思想的障害となることがあります。 
 現実には自然に近い状態で水生生態系が成立した場合、衛生害虫に該当する吸血性の蚊は殆ど発生しません。 アカイエカやヒトスジシマカの幼虫はボウフラとして水面近くを泳ぐため、天敵から身を隠すことができないからです。 浮遊性のボウフラにとって最大の天敵はメダカなどの小魚類で次いでマツモムシやコマツモムシのような水生昆虫です。 メダカやマツモムシが水生生態系の構成者として存在する場合にはボウフラの発生はまず起きることはありません。 またヤゴを含めた水生昆虫の多く(ミズカマキリ、コオイムシ、ミズスマシ、ゲンゴロウ、ガムシ類の幼虫など)がボウフラの天敵になるため、自然池でのボウフラ発生の可能性は極めて低いと言えます。 45p水槽に一匹のメダカを入れて野外に放置した実験では一年間一度もボウフラの発生を見ることはありませんでした。 ボウフラは自然の水生生態系において発生することが難しく、むしろ下水や偶発的な水溜まりに限って生息する動物種であると言えます。 
 一方、ベントス(底生動物群)を形成するホソカやユスリカ、ガガンボの幼虫などは有機堆積物が豊富でかつ天敵が少ない場合大量発生することがあります。 成虫は水域から離れて夜間に灯火に引かれて人家に飛来することがあり、不快害虫として取り扱われる場合もあります。 しかしユスリカやガガンボが人家に飛来するのは偶然に過ぎず、人間及び人間社会に対して実害を与えることはありません。 


ベニイトトンボの実例

プランタ−におけるトンボの繁殖


 ここではトンボの生息環境が具体的にどのようなものであるかを実例を基にして話をしてみます。
 市販のプラスチックのプランタ−2つに水を入れ、数種類の水生植物を植え付けてトンボが生息できるような環境を作ったところ、翌年から数種類のトンボの発生が確認できるようになりました。
 プランタ−の大きさは水面で25p×90p、水深約10pのものが2つですから、表面積0.45u、深さ10pの止水域を作ったことになります。 当初の植生がアサザ、トチカガミ、ヒルムシロ、オモダカ、サンショウモ、オオフサモ、オオカナダモ、タヌキモの8種類です。 最初はアサザが優勢となり、翌年からオオフサモとヒルムシロが取って代り、今ではトチカガミが優勢となっています。 この間、発生を確認したトンボがシオカラトンボ、オオシオカラトンボ、アキアカネ、クロイトトンボ、アオイトトンボ、キイトトンボ、ベニイトトンボの7種です。このうちクロイトトンボとアオイトトンボを除く5種に継年発生が見られることから、この5種についてはこの水域に居ついたものと考えられます。
 イトトンボ類のヤゴと競合しないようにもう一つプランタ−を設けて、アキアカネとシオカラトンボのヤゴをできるだけそちらに移したところ、96年夏期においては、ベニイトトンボで個体数約500、キイトトンボで約20の発生を見ました。 プランタ−のトチカガミの葉の上にはベニイトトンボのヤゴの脱け殻が重なり合う状態が続きました。

 このようなトンボの発生例から分かることは、トンボの発生は、ヤゴの生息に適した生態系が存在する場合大きな面積を必要としないこと、トンボの種類によっては適当な条件が整った場合大量発生することがあるということです。

 プランタ−に出来上がった生態系の構造は次のようなものです。 オモダカを根付かせるための泥を敷いたこと、オオカナダモやオオフサモの枯死体が腐植質として泥の上に厚く堆積したこと、更にトチカガミの間にアオミドロとタヌキモが水域全体を覆っていること、蒸発により水量が減少した場合、人為的に水を供給しているため水量が安定していること、イトトンボ類以外のトンボのヤゴを他に移しているためイトトンボのヤゴを頂点とする食物連鎖の構造を持っていること、ミジンコやケンミジンコの発生が見られることから、ヤゴにとって充分なコンバ−タ−の存在が推測されること、などです。 その他の特筆すべき点としては水域が小さいために夏期における昼間の水温が非常に高くなることがあり、同時に夜間の水温との温度差が極めて大きくなることが挙げられます。

ベニイトトンボ大量発生の理由

 ベニイトトンボは全国的に見れば分布が局地的で個体数も多くない、むしろ希少種の部類に入ります。 しかしながら前述の実例から推測できることは、ベニイトトンボは決して繁殖力の弱いトンボではないこと、適当な生息環境が与えられればむしろ優占種として大量発生する場合があるということです。 
 更にベニイトトンボの特徴として挙げられることは成虫のトンボの行動半径が狭いことです。 実例では小さな水域の周りに常時数匹のオスの姿が見られました。 プランタ−のある場所は住宅地の中で住み処となる森林は存在せず、庭先に植えられた植物だけが隠れ家となります。 こうした生息環境の中でベニイトトンボの少なからぬ個体が継年発生することは、成虫が生息範囲を拡大するために遠く水域を離れて新しい生息場所に移動する傾向が少ないことを示しており、こうした事実がベニイトトンボを局地的に分布する個体数の少ない種にしていると考えられます。 以前にはプランタ−脇に置いた飼育用の45p水槽でヤブヤンマとオオモノサシトンボを羽化させましたが、この両種は結局プランタ−の狭い水域に戻ってきませんでした。 尚、平地性のトンボでベニイトトンボのように水域の極相植生を好み、比較的行動範囲が狭く、加えて生息環境が良好な場合、高密度で数多くの個体の発生があると予想されるものにアオヤンマ、ベッコウトンボがあり、これらの種がギンヤンマ、アキアカネ以前の日本の平地における優占種であったと考えることができます。
 実例の生息環境は水域の面積は小さいものの、水量が安定し、かつ植生が数年の遷移の結果飽和状態に達し、事実上トチカガミを優占種とする極相を持っています。 つまり水量の安定と極相植生を持つということがベニイトトンボの生息において決定的に重要であったと考えられるわけです。
 これは原生の自然池においては普通の状態ですが、現在一般的に見られる止水域では稀有の条件と言えます。 水田は古代から稲以外の水草を排除した特異な植生を持ち、およそ極相植生に縁の無いものです。 加えて近年の乾田農法(稲の栽培時以外は水田に水を入れない農法)では一年を通じた水量の変化は全く水の無い時期を含めた著しく大きなものになっています。 自然池や溜め池なども農業用水として利用される場合には年間水量の変化が大きく植生も決して安定しているとは言えません。 また多くの公園池のように定期的に水が抜かれ、池底のヘドロ層(泥土層)が取り除かれる池は極相に程遠いものです。


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トンボ公園の生態系

トンボの増殖

 トンボ公園はトンボの生息に配慮されて造られた公園です。 トンボは動物園の檻のように狭い空間に隔離して人工的に飼育することが難しい昆虫で、人為的な増殖も容易ではありません。 我が国では野生生物の増殖に関する評価が低く、トンボの専門家の中にも増殖活動や増殖技術を軽視する傾向があって、“トンボだけの増殖に血道をあげることはナンセンスであり、トンボのみを増やすのであれば、冬は水面を網で覆って外敵を防いだり餌となる小昆虫を与えれば良い”という意見があります。 現実にはトンボの増殖について実際に取り組んだ研究者、研究機関は存在せず、外敵を防いだり餌を与えてトンボを増やした実例はありません。 もしこのような方法で“フィ−ルドを利用したトンボの養殖”が可能であるならば、ベッコウトンボ、ミヤジマトンボ、ヒヌマイトトンボなどの減少種は、増殖活動によって数を増やせばいいのであって、その種の減少を心配する必要はなくなります。
 トンボの研究者は机上の思いつきで意見を述べるべきではなく、観察や実践の中から体得したものを意見として表明すべきでしょう。
 現在までのところトンボはオオクワガタのように人工的な増殖に成功していません。 従ってトンボの増殖には、トンボの生息できる生態系を作り上げる以外に方法はなく、トンボ公園を造ることはこうした生態系を造ることと同義であると言えます。
 しかしながらトンボの生息する生態系を作るためにはベニイトトンボの例のように必ずしも広大なフィ−ルドを必要とするわけではありません。 安定した水域と安定した植生が確保できれば、かなり小さな面積でもトンボの生息する環境を作ることが可能で、都市及びその郊外にある全ての公園はその大小に関係なくトンボ公園になり得ると言えます。 ただしヤンマ類の多くやオオヤマトンボ、ウチワヤンマなど大型のトンボの生息には池と呼べる程の広い水域が必要であり、また多くの種類のトンボを生息させるためには生態系の広さも大きなものが必要になるでしょう。

 ここで生態系と言っているものは水辺の生態系つまり水域とその周辺部の生態系のことです。 この水辺の生態系には様々な形態があり、生態系の構成生物種によってその様相は大きく変化します。 つまり生物相によってその生態系の極相が変化しますから、自然の生態系がそのままトンボの生息に適した環境になるわけではありません。 コイやモツゴなどの魚類が数多く生息する生態系はたとえそれが極相を呈していてもトンボにとっては住みにくい環境になります。 従ってトンボ公園にあってはトンボの生息に適した水辺生態系を作るように配慮しなければならず、そのためには生態系を構成する生物種を選択することが必要になります。

生物相に対する人為的配慮

 広大な面積をトンボのために利用できる場合を除けば、トンボ公園の水辺生態系における植物相にはある程度の配慮が必要になります。 まずアシのように成長が早く、他の水生植物を圧倒して純群落を作りやすい植物は避けた方がいいかもしれません。 ハスも純群落を作りやすく、植栽には注意を払う必要があります。 ガマ、ヒメガマ、マコモ、ショウブも純群落を作ることがありますが、これらは挺水性が強く、アシほどの乾燥適応力が無いため、水際域の広範囲にわたって群落を作ることはありません。 しかし大型の挺水植物は小型の挺水植物(オモダカ、ミクリ、コウホネなど)や浮葉植物(アサザ、トチカガミなど)、また多くの沈水植物の生育を圧迫する可能性があり、また水域を覆って開放水面を消失させてしまうこともありますから、その繁茂の状態を人為的にコントロ−ルすることが必要になるかもしれません。 水域の水上環境は開放域を含めて大小様々な挺水植物、浮葉植物がいろいろな状態を作っていることが、その環境を利用するトンボにとって望ましいと言えます。 沈水植物については水中で繁茂すればするほどトンボにとって適した状態になります。 ヤゴは水中を泳 ぎ回ることはありませんから、沈水植物の繁茂はヤゴの住み処を増大させる効果があり、より多くのヤゴに住み処を提供できるようになります。 現実の公園池では沈水植物の植栽が軽視されることが多く、このことがトンボの生息にとって少なからぬ影響を与えていることが珍しくありません。

 トンボ池にはメダカ、カダヤシ、ドジョウ、ヨシノボリ以外の魚類を放流すべきではありません。 特にフナやコイの放流はヤゴの生息にとって決定的なマイナス要因になります。 ドジョウやヨシノボリの仲間もヤゴの天敵になりますが、沈水植物が繁茂している場合にはその影響は小さいと思われます。 またアメリカザリガニを放し入れることも避けなければなりません。 アメリカザリガニの存在は生態系全体の生物相を貧化させる可能性が高いからです。

 トンボ池に必要な植栽を行なった場合、トンボに必要な餌となる動物が自動的に生じるわけではありません。 ミジンコ類やミミズ類、スジエビ、タニシ、ドブガイ、カエルなどの人為的な導入を考えることも必要であり、場合によってはユスリカやトビケラなどの昆虫類も導入する必要があるでしょう。
 トンボ以外の肉食性水生昆虫の導入は、トンボの天敵を増やすことになります。 しかしこれらの水生昆虫がトンボの生存にとって大きなマイナス要因になることはなく、トンボ以上に生存の危機に直面していることを考えれば、こうした虫たちに生存の場を提供することも大事なことだと言えるでしょう。


生物種の導入について

 新しくトンボ公園を造るためには外部から生物種を移し入れる必要があります。 こうした生物の移入は自然公園の場合に限らず、個人の庭先や街路樹、一般的な都市公園など、殆どあらゆる土地利用の形態において見られることで、決して特別なことではありません。 現在巨大な寺社林を呈する明治神宮の森は、建設当初日本全国から様々な種類の樹木が集められて植栽されたものが、数十年の間の遷移と淘汰の結果、形を成したものです。
 自然公園を造る場合にも自然林を公園化する場合を除けば、当初の植生は他からの移入である植栽によるものです。 都市部では原生植生の痕跡はほぼ完全に破壊されていて、原生植生の痕跡は埋没種子を含めて殆ど残っていません。 現在見られる自然植生の植物種は帰化植物を中心とするキク科の草本類と乾燥適応に優れたイネ科の草本類です。 これらの植生の成立は人間の活動と無関係ではなく、その多くが実質的に人間によって運ばれたものです。 これは種子が人間の衣服や靴底に付いて運ばれるということだけではなく、頻繁な商品植物の移動が都市部の植生に大きな影響を与えているということです。
このうち顕著な影響が見られるのが公園を初めとする芝生の移入で、都市部の公園や広場に見られる草本植生の多くが芝生と共に外部から移入されたものです。
 従って自然公園の植生について本来その場所に成立していたと考えられる自然植生を基準として、それに近い植生を造り出そうとする場合には、外部から植物種を移入する以外方法はありません。 このことは水生植物においても例外ではなく、新しく造り出された公園池に自然の水草が自然に戻ってくることは全く無いと言っていいでしょう。 トンボ公園の場合には水生生態系を創出するための水草が不可欠ですから、これらを全て外部から移入することになります。
 都市部では自然の水生生態系はほぼ壊滅状態で、残存生物種は動物種を含めて非常に限られたものになります。 そのためトンボ公園の水生生態系の構成者としての動物種においても、外部からの移入を考慮することが必要になり、当然のことながらトンボもその対象になります。

 生物種の移動や移植に関しては、生物種の成り立ちにおける歴史性を重視する立場から、消極的な意見も多く、トンボ公園などにトンボを人為的に導入することに反対する考え方が根強く存在します。 その根拠は要約すれば次の3点です。

  1. 種の分布に関する歴史性の重視
  2. 交雑による人為的雑種個体群の発生(遺伝子汚染)
  3. 生態系の撹乱

 都市部にトンボ公園を造る場合、1.の種の分布に関する歴史性は原生生態系あるいは前生態系を考えてその生物相を推測できない限り、考慮すべき問題とはなり得ません。 トンボは動物種の中でも移動性が高いため、付近に残存種が生息している場合には、繁殖に適した水域を作るだけで自然に定着する場合もあります。 しかし種の分布の歴史性の上からは人為的な影響によって失われたと推測される数多くの生物種があり、そうした生物種に含まれるトンボの種類については、外部から移入することがかえって種の分布に関する歴史性を尊重することにつながります。
 2.の交雑による雑種の発生は遺伝子汚染と称されることがあります。 これは既存の生物種が人為的に移入された生物種と交雑して、遺伝的に見てこれまで自然には存在しなかった生物種が生じることを言います。 トンボの場合でも移入による交雑の可能性が指摘されることがあり、外部からの種の移入に対する否定的な見解が存在します。 しかしこれは同種のトンボが地域的に分化した遺伝的形質を持っていることを前提としなければなりません。
 トンボは移動能力の高い生物ですから、琉球列島のように孤立した地域を除けば、同種のトンボが地域別に遺伝的に分化していることを前提とすべき合理的な理由は存在しません。 むしろ現在においては人為的な自然破壊による生息地の飛び地的残存の結果、各地域が遺伝的に孤立し、近親交配による種の生存能力の脆弱化を憂慮すべきです。 近親交配による個体の生存率の低下は、水生昆虫の飼育においてしばしば見られることで、タガメやコオイムシの例では、脱皮の成功率の低下がその具体的な現象として指摘できます。
 明確に地域分化種が指摘できる場合を除けば、トンボの種の移動や生息地の拡大は、種の存続を尊重する立場から躊躇すべき理由はありません。 特にトンボ公園の創設においては、そもそも既存の水生生態系と言えるものが存在せず、従って交雑の対象となる既存の生物種も存在しません。
 尚、商品植物の移動に伴う生物種の移動は植物のみにとどまりません。 前述したベニイトトンボの例ではベニイトトンボを含む全てのイトトンボ類が、プランタ−に植栽された水生植物と共に外部からやってきたものと推測されます。
 3.の生態系の撹乱の問題も、交雑の問題と同様に既存の水生生態系が存在することを前提とします。 こうした問題が提起される場合、問題とされる生態系の撹乱ということが具体的にどのようなことを指しているのかが不明なことが多く、これを生態系の変化として捉えた上で改めてその変化の問題点が指摘されなければならないでしょう。
 現在までのところトンボの移入によって交雑による遺伝子汚染が生じたり、生態系が撹乱されたという実例は存在しません。
 トンボ公園創設に関するトンボの移入問題で奇妙なことは、前述した移入についての問題点がトンボなどの水生昆虫に限って指摘されることです。 この3つの問題点はあらゆる種類の生物種について当てはまることですから、同様のことが植栽される植物やメダカやドジョウなどの魚類についても言われなければなりません。 しかし実際には公園に植栽される植物についてこうした問題点が指摘されることはなく、野生生物保護の動きに対してのみ、あたかもその動きを封じるかのようにこうした問題点が突き付けられることが多いようです。 生態系の撹乱の問題についても記述したようにそもそも都市部の植生とそれに伴う生態系は徹底的に撹乱されつくしていることを考えれば、当初から問題にされるような事柄ではありません。




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トンボ公園の評価

公園の役割


 トンボ公園とはトンボの生息を目的の一つとする公園です。 都市型公園は都市部の土地利用の一つの形として都市生活全体のアメニテイ(快適性)向上の役割を担うとされます。 こうしたアメニティ向上のために都市型公園に要求される具体的な性格は次のようなものです。

  1. 親近性
  2. 文化性
  3. 景観
  4. 教育効果
  5. 子供の遊び場
  6. 災害時の避難場所

 1.親近性というのは公園を利用する人々がその場所を自らの生活空間の一部として利用できるということです。 公園は老人や恋人たちの散歩道になるかもしれず、幼い子供を連れた母親たちの語らいの場になるかもしれません。 サラリ−マンは昼間のひとときをベンチの上で昼寝をし、夜は酔った体を休めるためにベンチに横たわるかもしれません。 いずれにしても公園に要求されている機能の一つは人々の生活の中に“憩いの場”を提供するということです。
 2.文化性というのは公園が人々の文化活動の場として利用されるということです。 文化活動には祭りや盆踊りのような地域の催し事や種々のスポ−ツがありこうした活動の場として公園が利用されます。
 3.景観というのは公園の外観のことです。 近年では公園に彩りを添えるために花壇が作られて季節毎の花を植えることが多くなりました。
 4.教育効果というのは公園が子供の活動の場として利用される場合、子供の情操を養う上で役に立つということです。 公園は都市の中で樹木や草花に触れることができる場所として、教育上の自然観察の場として利用される他、大きな公園では子供たちの遠足の場として利用されることがあります。
 5.子供の遊び場というのは文字通り子供が遊ぶ場所になるということです。 公園には砂場やブランコ、シ−ソ−、滑り台などが用意されていることもあり、また自動車の心配をすることなく自由に行動できる広場もあります。
 6.災害時の避難場所というのは近年注目されはじめた公園機能です。 都市は建物が密集して広い空き地の少ない地域ですから、公園はこうした広い空き地が用意されている場所として災害時に被災者の緊急避難場所として活用される他、防火帯としての機能も期待されています。

公園機能の評価

 トンボ公園を含めた自然公園の評価も前述した公園の役割の脈絡の中で判断、評価されます。
 しかしトンボ公園を含めた自然公園には、明らかに既述した公園の役割とは別の役割が要求されています。 それはビオト−プとしての機能、つまり野生生物の生活場所としての役割です。 このような公園の自然保護の機能はこれまで明確に論じられることはなく、既述した文化性や教育効果との関連の中で論じられるに過ぎませんでした。
 トンボやホタルの棲む公園を造ろうとする試みも、トンボやホタルが人間の生活と深く関わってきたという理由から“文化的存在”としての価値を認めるという論理の中で生まれ、またこうした動物が子供の情操教育に役立つという意味で、その存在意義が支持されたのです。
 このような論理から、自然公園やトンボ公園といえども、“むやみに豊かな自然や多くのトンボを生息させればいいというのではなく、文化性や教育効果、あるいは他の公園機能を総合的に考慮した公園の在り方が望まれる”という考え方が生まれます。 その結果自然公園やトンボ公園と銘打った公園において、およそその名にふさわしくない貧弱な生物相しか持たない公園が普通になってしまいました。
 公園の評価において“総合的機能”、“総合的判断”、“総合的評価”などの表現を用いるならば、総合的という意味が具体的にどのようなことを意味しているのかを明確にしなければなりません。 たとえば“総合的評価“という場合には、公園の各機能についてランク付けを行ない、それに加重係数を掛けたものを加えてそれを総合したものを公園そのものの評価とするといった操作が必要になります。
 ここで公園の各機能についてA,B,Cの3つのランクを考え、A=5点、B=3点、C=1点の点数を与えて各ランクを数値化します。
 評価される公園に次のような機能別評価が与えられた場合

1.親近性 A 5点
2.文化性 B 3点
3.景観 C 1点
4.教育効果 B 3点
5.子供の遊び場 B 3点
6.災害時の避難場所 C 1点

 公園の総合的評価(T)は次のように表されます。
    T=5K1+3K2+1K3+3K4+3K5+1K6
 ここでK1〜K6は各々の公園機能に課せられた加重係数で狽j=1となります。
 全ての公園機能が同等に大事であるということであれば、
 K1=K2=K3=K4=K5=K6=1/6となり、この場合の公園の総合的評価(T)は 

T = ( 5+3+1+3+3+1 ) / 6 = 16/6 ≒ 2.67

となります。 また@親近性とA文化性が他の機能より2倍大事であると判断される場合には

T = 5 * ( 2/8 ) + 3 * ( 2/8 ) + 1 * ( 1/8 ) + 3 * ( 1/8 ) + 3 *( 1/8 ) + 1* ( 1/8 )
T = ( 10 + 6 + 1 + 3 + 3 + 1 ) / 8 = 24/8 = 3

となります。

 総合的評価を論じる場合、その評価の具体的方法を明示しなければ“総合的評価”という表現は意味を為しません。 こうした表現はしばしば正当な評価をごまかすために使われ、たとえばトンボ公園を造ろうとする場合、“トンボが多く生息するだけではダメで、文化性、教育性など総合的に評価しなければならない”といったように使われます。
 トンボ公園がトンボの生息を主要目的として存在する場合、その優劣の評価はそこにいかに多くの種類のトンボがいかに多く生息するかという事実によって決まります。 
 このことは公園の他の機能を軽視しているということではなく、公園の各々の役割は事象として独立しているという前提によります。 公園の各々の役割が相互に関連が無いとは言えませんが、その関連のメカニズムを説明できない限り、公園の各役割はそれぞれ個別に判断する以外に方法はありません。 トンボ公園の生態系の成熟だけに目的を絞って公園を整備することに対して、公園の親近性や文化性の軽視を取り上げて批判される場合には、トンボ公園の生態系の成熟がどのようなメカニズムを持って公園の親近性や文化性の劣化につながるのかが説明されなければなりません。 したがってトンボ公園の評価について有効な方法の一つは、トンボの生息環境としての生態系を評価することに他ならず、その他の公園要素を関連させる必要はありません。


トンボ公園の生態系の評価

評価基準としてのトンボ

 トンボ公園の生態系の評価は一般の生態系の評価と同じで、生物量と生物種の多寡が判断の要素になります。 トンボの生息が主要目的である場合には直接にトンボの生息状態のみを判断の基準にすることもできます。 止水の水生生態系では生態系が極相に近づく程トンボの種類と数が増える傾向があり、特にトンボの種類は生態系の成熟に伴って既存の種類に新たな種類が加わるようにして増えていきます。 このことはトンボの種類の多さによって、水生生態系の成熟度合い、つまり極相に近い度合いを判断することを可能にさせ、簡易的な判断の方法としてトンボの種類の多さをそのまま生態系の良否に対応させて利用することが考えられます。 この場合判断の基準としては考えられ得る極相生態系において予想されるトンボの種類が利用されます。

水生生態系の成熟度とトンボの種類

 水生生態系の生物相が極相に近づくに従って東京付近では次のようにトンボの種類が増加します。
@ 初期
   水生植物が皆無あるいはごく僅かであっても、水量が安定している状態

{ シオカラトンボ、オオシオカラトンボ、ウスバキトンボ、コシアキトンボ }

A 安定期
   水量が安定し、水生植物が繁茂し始めた段階

{ アジアイトトンボ、ショウジョウトンボ、ギンヤンマ、アキアカネ、ノシメトンボ }

 B 成熟期
   水生植物が繁茂し、水底に枯死植物体が堆積し始めた段階

{ ウチワヤンマ、オオヤマトンボ、クロスジギンヤンマ、ヤブヤンマ、カトリヤンマ、コフキトンボ、ハラビロトンボ、ヨツボシトンボ、クロイトトンボ、オオイトトンボ、アオイトトンボ、オオアオイトトンボ、オツネントンボ、ホソミオツネントンボ、ナツアカネ、ヒメアカネ、マユタテアカネ、リスアカネ }

 C 極相期
   水生植物の遷移が安定し、水底の堆積物も安定した段階 

{ アオヤンマ、ネアカヨシヤンマ、サラサヤンマ、マルタンヤンマ、キトンボ、オオキトンボ、チョウトンボ、ベッコウトンボ、モノサシトンボ、オオモノサシトンボ、ベニイトトンボ、キイトトンボ、モ−トンイトトンボ、オオセスジイトトンボ、マイコアカネ }

 これは一般的な傾向を示したもので、具体的なトンボ池の状態によって優占種に違いが生じます。 池の規模が小さい場合にはオオヤマトンボやウチワヤンマは定着が難しくギンヤンマも少ないかもしれません。 その代わり水草を繁茂させることによってクロスジギンヤンマやヤブヤンマを定着させることができますし、またイトトンボ類は稀少なもの(ベニイトトンボ、オオモノサシトンボ、オオセスジイトトンボ)を含めて数多く生息させることができるかもしれません。

 試論として都市型のトンボ公園では次のようなトンボの種類を成熟した水生生態系の標徴種または定着目標種として利用するのがよいと思います。

 その理由は以下の通りです。

  1. 極相に近い水生生態系に生息すること
  2. 生息条件が適当な場合、高密度で大量に発生する可能性があること
  3. 明るい水域に多く見られ、個体の観察・確認が容易であること
  4. 種の識別が容易であること




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トンボ公園の管理

自然保護の手段としてのトンボ公園

 都市型公園には都市のアメニティ向上のための様々な役割が要求されています。 自然公園の考え方も都市の自然が都市アメニティの向上に役立つという視点から生み出されたものです。 これは基本的には人間の利益のために自然を利用するということであり、人間中心主義の考え方を脱却していません。 このことは公園管理者の側に判断の変化があれば、自然公園は容易に破壊されてしまう可能性があることを意味しています。 例えばゴミ問題が深刻化してゴミの処分場の建設の方が自然公園の維持よりも都市アメニティにとって有効であると判断されれば、公園はゴミ処分場に変わってしまうかもしれません。 自然の生物が人間と同じようにこの地球の住人として守られるべき主体であると考えるならば、こうした人間の都合を離れて、生物を守ることを考えなければなりません。 自然公園の創設は都市部の公園を含めて、自然の生物の生存を保障するための空間としてあらゆる人間の都合と独立して考慮されるべき内容を持っていると言えます。 従って自然公園の維持はそれが都市アメニテイの向上に役立つかどうかということと無関係に、自然保護の手段の一つとして将来に亘って自然公 園であり続けることを前提にして考えられなければなりません。 トンボ公園は保護される野生生物種の対象がトンボに代表されるもので、実際にはトンボを含めた水生生態系の全ての構成生物種が保護の対象になっていると見做すことができます。

管理の指針

 トンボ公園を含めた自然公園の生物相は原則として極相を目標とします。 自然公園の“人間のための公園”としての側面は遊歩道の整備や一部広場の整備などによって充分に補うことが可能で、公園の極相生態系と公園の都市アメニテイ向上の機能とは決して矛盾するものではありません。 人為的な植生管理も遊歩道と広場の維持のための必要最小限度に抑えるべきです。
 トンボ公園の水域管理も極相を目標とする限り、なるべく手を加えないことが望ましいと言えます。 しかしながら水域の維持がプ−ルのように極めて人工的なもので、入排水の管理が必要な上、水域の土砂による埋没を防ぐために土砂の除去作業が必要な場合には、全体を一気呵成に作業することを避け、部分的な作業を充分な時間をおきながら繰り返すようにして進めなければなりません。

公園管理の現実

 実際に行なわれている自然公園の管理の中心は植生に関するものです。 人為的な植生管理の理由に挙げられるものが遊歩道や広場の整備と景観の問題です。 遊歩道の整備では道に覆いかぶさる樹木の枝や背丈の高い草本類を刈り払うことが必要になります。 しかし予算のシステムに応じた定期的な刈り入れは不必要であるばかりでなく、生態系の保全にとってもマイナスになります。 また遊歩道の両脇や広場の周囲に人目を引く草花を植え込むことも必要ありません。
 樹木の剪定や園芸草花の植栽は公園管理の予算執行に係わる安定したビジネスとして造園業者に大きな利益をもたらします。 公園の樹木の剪定がリフトを使用しない場合で1本につき平均3万円、新しい樹木の植え込みが胸高直径30pのカツラの木で1本50万円と言われています。 樹木の剪定が必要であるか否か、その結果樹形がどのようになるかは全く関係がありません。 造園用語では樹形を整えるという言い方をしますが、整えられた樹形が自然木の自然樹形よりも優れていると判断すべき合理的な理由は存在しません。
 公園の景観については、どのように変化させてもその相対的な優劣を比較することが非常に難しく事実上不可能と言えます。 美的感覚は極めて個人的かつ主観的なもので、人による見解の相違も大きく主体の判断を強弁することも可能です。 このことは景観の優劣に関する客観的な検証が現実的に見て不可能であることを示しており、その結果管理者の恣意的判断による自由裁量を許すことになって、公園管理が管理者と関連業者の利権の場となっています。 この利権の執行としての具体的内容が定期的な樹木の剪定と植え替え操作です。 植え替えには定期的な花壇の草花の植え替えの他に公園樹木の植え替えがあります。 樹木の植え替えには古い樹木を引き抜いて新しい樹木を外から持ち込んで植える場合と公園内部の樹木の配置を変えるために植え替える場合があり、都市部の公園では左と右の樹木を交互に右と左に移し替えることが頻繁に行なわれています。 こうした操作は店舗やオフィスのレイアウトの変更に相当しますが、公園管理においては必ずしも必要なことではなく、特に自然公園においては全く不必要なことです。 しかし公園管理における経費の大部分はこうした操作に対し て支払われるもので、公園の植生操作に関するビジネスはその責任を問われることもなく一方的な儲け仕事と言うことができます。
 公園管理者や管理業者が公園管理の植生操作の必要性を主張する場合、その理由の殆どが景観に関するもので、言い換えれば検証のできないものです。 これは管理者側の責任回避の方法としては非常に便利なものですが、実際の公園機能の向上(都市アメニティの向上)には何の役にも立ちません。


横浜市県立「四季の森公園」のケ−ス

 神奈川県横浜市にある県立「四季の森公園」はその名の通り都市型の自然公園の一つのモデルと言えます。 ここには砂場やブランコのような子供のための遊戯施設は無く、森林と細流と湿地と池、そして花壇があります。 地形はいわゆる谷戸の形を示し、森林に覆われた馬蹄状の丘に囲まれて細流が走り、それがアシ原の湿地を作った後、水流は更に下って大きな池を作ります。 ここは森林、水源、細流、湿地、池と水生生態系にとって必要な要素が全て揃った理想的な環境と言うことができ、昔からホタルの名所として有名な所でした。
 神奈川県ではここを自然公園として残し、主にホタルの生息を確保することを目標に公園の整備を進め、現在でも定期的に手が加えられています。 その結果ホタルの数は激減し、かつて普通に見られたアシ原でもホタルの光を見ることは稀になりました。 ホタルと共に数を減らした昆虫がトンボで、かつて見られたネキトンボが姿を消した他、カワトンボ、シオヤトンボが著しく数を減らしました。 ヤマサナエとオニヤンマも減少し、ギンヤンマやオオヤマトンボも見る機会が少なくなりました。
 こうした生物相の貧化の大きな理由は、水路の護岸、アシ原の地形の平坦化と排水路の整備による湿地環境の画一化、水域周辺の徹底した草刈りによる水際域の裸地化です。
湿地環境の画一化はアシの純群落を成立させ、多様な植物種を有した湿地がいわばアシ田に変わってしまいました。 アシ原がホタルの生息に適さないとは言えませんが、背丈の高いアシの密生群落が日照を遮って他の湿性植物や植物プランクトンの生育を阻害し、その結果植物プランクトンを含むデトリタス(沈殿有機物)を食べる巻貝類が減ったと考えられます。 またホタルを始めとする水生昆虫一般に言えることは、日照が遮られた暗い水域では生息が難しいということです。 ホタルやヤゴを含めて、日照の当たらない暗い室内での飼育は多くの場合成功しません。
 自然のアシ原では水量の変化と水域の水深のばらつきのためにところどころ開放水面が生じ、また他の水生植物(マコモ、ガマ)との競合を通じてより変化に富んだ環境が作られています。
 アシ原の周囲には遊歩道が巡っています。 この遊歩道の両脇はかつて様々な野草から成る草本植生でしたが、現在では定期的な草刈りによってセイタカアワダチソウを優占種とする草本群落に変わってしまいました。 これは生態系に対する人為的な撹乱操作の結果生じたものと言えます。
 ここで生態系の撹乱について説明を加えておきたいと思います。 生態系に対して、その構成生物種の一部が消滅するか、あるいは優占種が変化するほどの人為的影響を与える場合、それを生態系の撹乱といい、そうした影響を与える人為的行為を撹乱操作といいます。 このような撹乱操作の具体的な例が野焼きや下草刈りで、水生生態系の場合には池の水を抜く底干しなどがこれに当たります。 一般的に公園の草本植生に対する下草刈りは初夏と初秋の計2回行なわれることが普通で、年に1度の場合には初夏に行なわれることが多いようです。
 こうした生態系に対する撹乱操作に対して撹乱適応に優れた植物種の代表的なものがセイタカアワダチソウです。 下草刈りに対する撹乱適応には幾つかの条件が必要で、宿根や地下茎を持つ多年草で乾燥に強く花期が長期に亘ることなどが挙げられます。 セイタカアワダチソウの場合には成長が速い上に成長の時期が遅く、花期が晩秋の遅い時期であることが特徴として挙げられるでしょう。 花期が遅いことは花穂が刈り取られるリスクを著しく減少させますから種子の健全な成長が妨げられることが少なくなります。 尚セイタカアワダチソウについてよく問題とされるアレロパシ−(成長阻害物質を出して周囲の他の植物の成長を阻害する現象)については、その影響は比較的小さいと推測されます。 アレロパシ−の原因となるエステルは加水分解しやすいため、雨の多い日本ではそれほど有効に作用しないと考えられるからです。
 四季の森公園では湿地周囲の草刈りに伴い、大量のヤマユリが植栽されたことがあります。 ヤマユリは神奈川県の県花ですからそれを意識してのことだと思われます。 結果は野生の草本植生が潰滅してホタルブクロ、クサレダマ、ママコノシリヌグイ、ヤクシソウ、ワレモコウ、オカトラノオが絶滅に近い影響を受けたにも拘らず、肝腎のヤマユリは殆ど一本も根付いていません。

 四季の森公園の池は防水シ−トをベ−スにして作られたもので生態系に対する配慮は全く成されていません。 池の名称は蓮池(はすいけ)といいますが、水生植物は水流が池に流れ込む辺りにわずかの挺水植物と湿性植物があるだけで、実質的な池の水生植物群は存在しないと言えます。 池底はいわゆる砂利底で沈水植物は全く見られず、同時に浮葉植物も全く存在しません。 池の優占種はコイですが、他にモツゴやスジエビが生息することからみて、整備される以前の池には豊かな水生生態系があったと考えられます。 またこの池は底干しによる清掃が行なわれるため、これが生態系の成熟を妨げる原因の一つになっています。

 自然公園としての四季の森公園をトンボ公園と見做した場合、その水生生態系は特に止水域において極めて貧弱なものです。 既述した水生生態系の成熟段階では初期に当たり、シオカラトンボやコシアキトンボが見られますが、その生息密度は著しく低く、殆どトンボの姿を見かけることはありません。 池の構造から見ても将来水生生態系が成熟していくことは考えられず、池の構造そのものを見直す必要があります。
 この公園は地勢的な水条件と充分な敷地面積に恵まれ、自然の水生生態系を創出できる可能性を持っていて、かつて横浜市に生息していたとされる60種余りの全てのトンボが生息できる環境を作り出せる潜在的素質があります。 神奈川県内や横浜市内における野生生物相の急激な貧化を憂慮するならば、こうした自然公園の管理形態を予算の消化と管理業者の利益を重視したものから、野生生物の生存を重視したものに変えていくべきだと言えるでしょう。




この稿おわり

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