「身体は問題ないようだ。」
 さらりと、頬を撫でる感覚。甘く包むような不思議な声。
 ゆっくりと目を開くと霞む視界に灯る冷たい光。
「脈が落ち着いてはいないようだが。」

 暗き闇の触手に嬲り吸われ、脆い砂の塊のように罅割れた心に染み渡る、暖かい風の気配。
 安堵と、歓喜、そして悲哀が同時に心を揺らす。

 自分は一体何者なのだろう。

 突如として心を襲う得体の知れない不安。疑問。
 心の中に寄る辺を探すも、何も見つからない。空っぽだった。

 ただ一つ、目の前の人物に真実を探そうとしたが答えは返らなかった。
 自分の身を案じてはいるように見える。だが、何かが違う。この人は単に、大切な”道具”の様子を伺っているにすぎないのだ。
 冷たい瞳の光が、感情を宿さずに心を射抜く。どれほど求めても、手に入れることの叶わぬ、遠い、遠い光。

 心の底に打ち付けられた支配の楔。
 他でもない、目の前の存在がそれを成し、自分の心と身体を支配している。
 引き攣れ乾き固まった傷口が、心の傷痕が、じくじくと鈍い痛みを放った。
 闇に侵され、再び開いた傷から溢れる嘆きの血流。

「このような所まで、触れられたのか。」
 ひたりと、胸に手が置かれると、かの闇がそうしたように風の気配が心に深く入り込んできた。
 人の心を弄ぶ神々の遊戯。やるせない怒りが風を押し戻そうとするが、遠慮も気遣いもなく心に入り込む。
「奪われぬように、もっと深く、刻まなくてはな。」
「っ…」
 息が詰まる。
 目に見えぬ手が、心の奥に深く刺さる楔に掛けられた。
 涙が自然に溢れてきた。何をするつもりなのか。もうやめて欲しい。

「っ、ああっ!や、め…」
 ずぶり、ずぶりと残酷な音が聞こえてくるようだ。
 傷口を押し広げ、支配の刻印が深く深く、心の底に沈められていく。
 肩口に縋り頭を振って懇願しても、声が届くことはない。
 意識が細く薄れていくようだった。
 
 
 この人しか見えない。
 この人の声しか聞こえない。

 それが全ての。
 人形に堕ちてゆく。

 
 何故
 求め…想いを重ねても伝わることがないのだろう。

何故か白衣眼鏡なパパ(妖しすぎる)
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