遠く、地鳴りのような雷鳴が聞こえる。

 闇が胎動している。それは来るべき神を迎える歓喜ゆえか、惧れゆえか。
 嵐が木々を煽り、渓谷を吹き抜ける風が、高く低く叫び渡る。

「随分と、世界が騒がしくなったものだ・・・」
 深き暗闇の奥。煩わしげな色を乗せ、地を伝うように声が響く。
 ゆらり、と鷹揚な素振りで影が揺れ、鮮やかな紅が闇の中で波を描いた。

「闇神は地に降り、やがて黒き意思が全てを喰らうだろう。・・・宿命から逃れられる者はいない。人間であろうと、夜の一族であろうと。」

 聞く者無き託宣を虚空に投げ掛け、”王”は低く含み笑いを続けた。

「力の片鱗に触れたと聞いたが。・・・ただ少しばかり戯れが過ぎたようだな?」
 言葉は、雷光を映す窓辺に密やかに佇む、長身の白い影に投げ掛けられたようだった。
 白銀の長衣を揺らし、振り返った紫色の光が闇を見返した。
「・・・・・・。」

 無言の返答に、更に低く、喉に殺したような笑い声が続いた。
「あれほど、人に入れ込みすぎるべきではないと、忠告したのだが、な。」
「人が滅びれば、食餌もなくなる。」
「本音ではないな。・・・いずれ、火傷では済まなくなるぞ・・・」

 射抜くような真紅の眼光を受けて、しかし白い影は嘆息に近い吐息をついて静かに窓辺を去った。
「少々・・・疲れた。・・・少しばかり、眠るとしよう。」
「ふっ、”夢”は見られないだろうがな。」
「・・・・・・。」

 皮肉めいた言葉に、沈黙で返したまま、白い影は溶ける様に闇の中へ消えた。
 その姿を眼で追い、炎の王は自嘲めいた笑いを口端に浮かべた。

「時が再び動き始める。抗い難き”神”の力を前に、どうする?人の子たちよ・・・」













 
 天を目指す細い柱の森。白き聖光の静寂が支配する空間。
 コツ、と小さな足音が僅かに反響し、間を置いて立ち止まる。

「どうだった?」

 柔らかい調子の声が、静かに、背後の影に問いかける。
 背を向けたまま、天を仰ぐように光の中に立つ盟主の姿から、深い祈りの”気”を感じて、青年は目を細めた。
 光の海に、蒼が浮かび、波のようにその影が揺れている。
「制圧は既に完了しました。」
「そう・・・」

「剣をお返しします。かの方より、言伝を預かっています。貴方に・・・」
「言わなくていいよ・・・わかっているから。」
 言葉の続きを制止するように答えると振り返り、白銀の長剣を受け取る。それ以上は、何も問おうとしない。
「セリス様」
「君の方こそ、これで良かった?」
「・・・・・・」
 蒼く澄んだ目を向けられて、白き影はしばし沈黙を纏った。

「いずれまた。我らには時間が、ありますから・・・。限りなく。」
「そう・・・」

「だが、一方で時は、我々に感傷の暇を与えてはくれないでしょう。嵐が・・・目前に迫っている。」
「わかっている。」
 まだ年若い盟主は、何事か思案するように目を閉じ。しばらくの沈黙の後、決意を湛えた眼差しで静かに天を仰いだ。
「戦いが始まる。・・・人も、闇を生きる者達も、互いに存亡を賭けた、大いなる戦いになるだろう。」
「・・・・・・」
「セティ。・・・君はわたし達に、力を、貸してくれるね?」
「ええ。」

 白銀の衣を纏った青年はそこで、はじめて表情を柔らかく崩した。
 紫色の瞳を細め笑う。

 艶笑とも呼べる表情で。

「全て・・・それが貴方の”望み”ならば・・・ 我が”主”・・・」










 はじまりは、はじまりではなく
 おわりも、おわりではない

 巡る輪廻の定めが繰り返される

 無久の時の中で

SSTOP