それは星の数程生まれて消える
 ・・・御伽話の一つのお話



















 人に憧れ
 人となった神様は



 人に恋をして
 人を愛して
 人を護ろうとして・・・
















 人であることを
 失ってしまったのでした
























Pray





















 かつん、と硬質の音を立てながら。
 真後ろまで歩み寄っても、風が自分へと注意を向けないことに、少年は珍しく苛立った表情を見せた。
 いや、すでに少年というよりは、青年と呼ぶべき年に成長してはいるのだが。
 その女性的に柔らかい、童顔の面立ちのせいか、実年齢よりいつも幾分若く見られがちなのだ。
「・・・レヴィン。ぼーっとしてると、襲うよ。」
 頭一つ分、背の高い影を、ぷうと頬を膨らませて恨めしげに見つめる。
「それとも、今のあなたの心の内側を、暴いてあげようか。」
 静かに、振りかえる、白碩の面と、それまで彼が見上げていた、巨大な神像を見比べる。
「神様に、お祈り?それとも懺悔?あなたがそんなことするなんて、皮肉めいていて滑稽だけどね。」
「どうした、セリス。気を荒立てているな。」
「・・・あなたが冷たいから怒っているんだよ。なだめてくれないとすねるよ。」
「やれやれ・・・子供みたいなことを言うな。」

 ため息をつきながらも、差し伸ばされた、両腕の中に飛びこむと。
 ふわりと優しく抱きしめ返され、暖かい風に包まれた。
「大好きだよ、レヴィン。・・・口うるさいけど。あったかいから、許してあげる。」
「どうかしたのか?セリス。」
「どうかしてるのは、レヴィンの方。だからわたしが慰めてあげる。・・・どう?こうしているとあったかいでしょう。」
「・・・。」
 互いの吐息さえも聞こえるような、静かな空間。
 聖堂の巨大なヴォールトが、樹林のように天高くそびえ立ち、白い光が幾筋もの軌跡を描く。
「迷い事があるなら、わたしが聞いてあげるよ。神様なんかより、きっと、ちゃんと相談にのってあげられるけど。」
「私が、何か迷いでも抱いているように見えるのか?」
「迷いじゃなくて、矛盾を抱えてる。」

「・・・。」
「・・・親子喧嘩ばかりだね、あなたたちは。今度は一体何があったの?」
「あれは・・・。禁断の知識に近づきすぎた。自由な翼を与えてやっていたというのに・・・。」
「だから?」
「宿命の糸を切るやもしれない。危険だ。・・・何らかの手段で、・・・始末をつけねば。」
「怖いこと言うよね。言っていることと想っていることが矛盾しているよ。」
 僅かに、セリスの瞳が険しさを帯びた。
「壊れた道具は作りなおさなければならない。」
「彼は壊れてなんかいないよ。むしろそれはレヴィンかな。」
「私が?」
「・・・わかっていないならいいよ。本当に自分の息子に手をかけられるの?」
「何も命を奪う訳ではない。あれはお前の手駒として必要な存在だ・・・。」
「ほらわかってない。彼を本当に必要としているのは、わたしではなくてあなたでしょう。それも矛盾。」
 光の神子は、くすくすと、おかしそうに胸元に笑いを埋める。
 そして突然。す、と目を伏せたまま顔を上げて、甘えたようにねだる声を出した。

「ね。キスして。レヴィン。」
「セリス?」
「駄賃代わりだよ。前払い。」
「何のだ?」
「知らなくていいよ・・・。いいでしょう。それくらい。」
「・・・。」
 
 ゆっくりと、絡みあう影。
 求めあう動きに添うように、漏れる湿った音が、静かな空間に響いた。
 長い触れあいの末、離れた二つの影を、熱く白い吐息がつなぐ。

「ごちそうさま。いつも上手いよね」
「・・・。」
「レヴィン。・・・少しだけ、時間を頂戴。」
「勝手にしろ。」
 すう、と身を翻して、まるで逃げるように場を去る風の化身を、細めた目で見送り。
 セリスは深く、重い、ため息を一つついた。



「・・・重症だ。嫉妬しちゃうよ。」

























 
それは星の数程生まれて消える
 ・・・御伽話の一つのお話












  風に恋した
 風の王子様は



 吹き渡る風を想い
 腕(かいな)を伸ばすも

 ・・・風は風に触れえぬと知り

















 透けた鏡の手足を絶望して
 氷の涙を流すのでした























 風の王の気配が、場から消えると同時に、光の公子はその反対側へ背を向けて歩き出した。
 安置された、巨大な神像の脇から伸びる、細い通路。
 小さな子窓から、微かに差しこむ光だけで照らされた、狭い通路を少しだけ進み、立ち止まる。
 まるで独り言のように。視線を留めたまま、呟いた。

「別に、見せつけたわけじゃないよ。気付いたけどやめなかっただけ・・・。」

「セリス様・・・。」

 喉に引っかかったような、細く震える声で返事を返した主は、通路脇の半円のアルコーブの壁に力無くもたれたまま、今にも座り込みそうに危うく頼りない。
 造り物のように整った秀麗な容貌も、雪のように白くきめ細やかな美しい肌も、青ざめ凍りついたように固まっている。
「そんな表情しないで、セティ。・・・ね?」
 歩み寄った公子は、まるで兄が弟にするように、頭を撫でる仕草をしてみせる。常日頃から、この青年に対し、勝手に、自分が兄だと公言して憚らないだけあって、その動作は慣れた違和感のないものではあったが。
 確かに、2つも年上ではあるものの、頭一つ背が違うその童顔に、下から見上げられて撫でられれば、微妙に複雑な気分にはなるだろう。
「神様にお祈りに来たの?それとも懺悔?わたしなら相談に乗ってあげられるけど・・・。」
「・・・壊れた、人形の、懺悔を聞いてくれる神様など、いないでしょう?」
「神様なんてあてにならないよ。君は人々に希望の光を導く勇者。清冽なる風の聖戦士。優しい賢者様・・・。」
 慰めるような柔らかい言葉にも、弱々しく首をふる。
「偽善だ。全て・・・どうでもいいことばかりだ。」
「うそ。君の優しさは本物。君は君が望むあらゆるものを、手に入れることが出来るのに・・・。迷いなき心も、与える力も、救いの知識も、持っているのに・・・。」
「何もいらない。・・・私が欲しいものは・・・。」
「手に入らないものに焦がれる辛さはよくわかるよ。君達の事を想う多くの人達の気持ちも同じだって知ってる?風の王子様。」
「・・・。」
「”契約”の力を奪おうとした?」
「・・・。」
「君は拒否されたわけじゃない。彼が、応えられなかっただけだ。彼を縛る盟約の糸を、順番に、切っていかないと・・・。無理だよ。」





 呆然と視線をさまよわせていた、風の王子が、今度は確かにセリスに目を向けた。
 それはいつもの彼。瞳に賢者の深い叡智を宿した、涼やかな風の使徒のもの。

「セティ・・・でもそれはとても危険なことだ。何故なら彼自身が、摂理を乱す者を、許さないから。・・・気をつけて。彼の矛盾に捕われないで。二人とも救われなくなる・・・。」
 穏やかな言葉。心の底から二人を案じている。
「セリス様・・・。一体あなたは・・・どこまでを知っているというのです?」
 返す賢者の、掠れたような言葉には、僅かに苦々しさが滲む。
 それを受けて、公子は蒼い瞳を曇らせた。
「ごめん。結局わたしがわかることは、ほんの僅かしかないんだ。ただ、君にさえ見えないものが見えることがある。でも見えるだけで何もできない。・・・変えるすべを知らない。」
 消え入る語尾の、苦しげな細い声は彼自身の偽らざる本音であろう。
 僅かに眉を顰めうつむく翳に、・・・言葉にならぬ想いが揺れ。
 だがそれでも、すぐに視線を戻し、光の公子は明主の強い意志を瞳に宿した。
「セティ。君が失った時間をわたしが持っている。わたしが持てない絆を君が持っている。」
「・・・。」
「わたしたちは2人で1人、・・・組んだらきっと、神様にだって立ち向かえる。」

 迷わぬ言葉。
 その言わんとする意味を受け止めて、風の御子は瞳に複雑な色を揺らめかせた。
「・・・私は、貴方がうらやましい。セリス様。」
「逆だよ。わたしが小さい頃から、どんなに君をうらやんでいたか、知らないでしょう?」
 両手を伸ばし、その繊細な白い頬を包み込み。
「セリス様?」
「でも何故だかは教えてあげない。その答えには自分で辿りついて。」
 そのまま。
 背伸びして、かすめるように唇を奪う。




「・・・!」



「役得。もう一歩進む?わたしは上手いよ。彼に育てられたんだからね。」
 くすくすと、少し意地悪げな笑みを浮かべて。
「・・・セリス様!」
「冗談だよ。そんなに慌てないで。・・・ああそうか、ダメなんだっけ?可愛いなあもう。」
 白い肌をほてらせる青年を見て、子犬のように笑う。
「これくらいは払ってもらわないと、喋り損。」
 笑いながら彼の手の中に小さな石のようなものを握らせて、光の公子はその影を離した。
「セリス様!これは・・・」
「さっきぼーっとしてたから、もらっちゃったんだよ。少しは役に立てたかな?」
「・・・。」




 それは小さな紫色の石。
 冷たく澄んだ輝きを放つ透明なその石は、風の王が日頃から見につけている耳飾りのかたわれだ。 

 セティは僅かに、驚いたように瞳を揺らして、公子の青い瞳を覗きこんだ。
「セリス様、貴方はこれが”何”なのかご存知なのですか?」
「いや、彼の持ち物だから君の役には立つかなと思ったけど・・・。」
 そう言いながら公子は上目使いで探るように、年下の賢者の言葉を待った。
 白き風の御使いは静かに、ため息のように透明な吐息をつき、目を伏せ答える。
「これは賢者の石です。」
「・・・賢者の石?」
「シレジアの国宝の一つです。既に原型を留めないカケラにすぎませんが・・・。」
 セティは受け取った小さな石を握りしめると、何事かを思案するように目を閉じ、そして次にはまっすぐと、透き通る目で公子を見つめた。
「・・・礼を言わねばなりません。これはわたしにとって貴重な鍵となりえるでしょう。」
 迷いのない、陽光を弾く湖水の碧の輝きを受け、セリスは安心したように微笑で返した。
 ・・・それは何故か切なげな影を宿していたが。
 す、と身を翻して、歩み去ろうとする背中から響く澄んだ声は、穏やかな聖者のもの。
「おぼえておいて。わたしは君が必要とするその時に、いつでも協力してあげるから。だから・・・。」

 だからどうか、救ってあげて。

「彼は、時が凍りついた、過去の魂達と共に眠りにつくつもりでいる。」
「セリス様。」





 立ち去る背中に向けて、風が言葉を返した。
 それは鏡のように、神託をもたらす聖者に返された祈りの言葉。








「・・・あなたは、あなたご自身の救いも”視る”ことができるのでしょうか?」

「・・・。」


















 

 穏やかな・・・風。

 聖堂へと戻る足を止めて、ひと時、目を閉じたまま風が音も無く収まるのを背で受けて。
 セリスは肩越しに今来た通路を振りかえった。
 風の神子の姿は既に影も形も無く、その場から掻き消えていた。
 まるで、その存在が透明な”ゆらぎ”のひとつであったかのように。

「はあ・・・。」
 小さく溜息をついて、光の公子は虚空を仰いだ。
「人間離れした親子・・・似た者同士だって気付かないのかなあ・・・。」
 聖堂に飾られた神々しい神像を見上げると、再び溜息をつく。
 それでも、降り注ぐ光を身に受けたその姿は、飾られた神像以上に、光を放つ聖君の輝きに満ちてはいたが。



「本当はね・・・祈りたいのも懺悔したいのもわたしのほうだ。」
 両腕を光の中に差し伸ばして、自身を礼讃するかのようにセリスは光の中に立った。
 神聖な祭壇はただ無情にも。救世の主と選ばれし少年の細い姿を神々しい光の衣で飾り立てる。
 

 ”わたしは光・・・”

 ”希望の光”

 ”大義の名の下に、数多の血と屍を多い隠す・・・光”



 聖君の呟きはただ、哀しげな彩りに満ちていた。

 トラキアの乾いた大地が、大いなる宿命の闘いの中に痛みの叫びをあげる日は近く。
 それは多くの者が巨大な時代と言う名の奔流に恐れを抱き、成すすべもなく空を仰いでいた時のこと。
 導者となるべき風達は迷いと慟哭の迷路に捕われ。
 聖者もまた、不安の渦中に道を探し、寄る辺を持たぬ時のこと。
 






「それは星の数程生まれて消える。・・・御伽話の一つのお話。」

 白き聖光は、若き盟主の言葉を冷たく光の中に溶かし去る・・・。











 
 
 月を照らし
 星々に輝きを産み落とす太陽の子は




 暗き漆黒の宇宙(そら)に燦然と光り
 冷寒の地に暖眠をもたらしながら

 ただ、自らを暖めるすべを知らず
























永劫の孤独に身をやつしたのでした






SSTOP