2006.10.20
元禄忠臣蔵




                                                                              島 健二


国立劇場が、開場40周年を記念して10月、11月、12月の3月に分けて上演する「元禄忠臣蔵」は、

お馴染みの歌舞伎の古典「仮名手本忠臣蔵」とは異なって、真山青果が、昭和9年から昭和17年に亘っ

て書いた戯曲で、昭和新歌舞伎の名作ですが、大石内蔵助、浅野内匠頭と実名を用い、綿密な史実考証に

基づいた十篇の連作から成るものですが、これまでは一挙上演されたことはありませんが、今回全十篇を

3ヶ月に分けて連続上演するものです。


主人公の大石内蔵助には、10月の第一部では中村吉右衛門、11月の第2部では坂田藤十郎、12月の

第三部では松本幸四郎がそれぞれ扮して、他の役々にはそれぞれ相応しい役者が共演します。

この第一部「江戸城の刃傷」「第二の使者」「最後の大評定」を10月4日の初日に観て来ましたので簡

単にご報告します。


こう云う歴史劇であり、又真山青果作の長い科白劇、しかも殆ど女形が登場しない武士達の武張った激しい

科白のやり取りを想像して、肩が凝る、退屈な、かつ冗長なお芝居を予想していましたが、吉右衛門丈を

始めとする出演者の気迫と好演技で、引き込まれるように観てしまいました。

吉右衛門丈の大石内蔵助、中村梅玉丈の浅野内匠頭は勿論のこと、各場でのコアとなる役々の配置もよく、

またこれらに配した役者たちも適役であり、起用に応えた好演、熱演が目立ちました。

それらが相俟って、観客は退屈する暇もなく、劇鑑賞に没頭出来たのだと思います。

目立った共演陣から具体的に二三の例を挙げたいと思います。


「刃傷の場」での中村歌昇丈の多門伝八郎役が傑出していました。

口跡が爽やかで、感情移入に優れている上に、踊りの巧さから来る身体の動きの良さ等、良い面が凝縮さ

れたような舞台で、観る者の感動を呼びました。さらに後に二役で出る堀部安兵衛も同じく出色の出来。

良い中堅幹部役者になったものです。


次に歌昇丈の兄歌六丈ですが、この優も小野寺十内役でいぶし銀のような芸を見せました。

もともと実年令よりも渋い芸風ですが、思慮深い老人役がぴったりはまり、大石内蔵助と手を取り合って

嘆く場面はジーンと来るものがありました。

早くに父を亡くした萬屋兄弟も地道な努力が報いられて来たと言って良いでしょう。


第一部での唯一と云える主要な女形である、内蔵助の妻おりくには中村芝雀丈が起用されていますが、実

に良い出来だと思いました。

今まで若女形としてマアマアかと云う程度に評価していましたが、立派な立女形の域に達しています。

父、雀右衛門丈を継ぐ芸力を身につけて来たと云えましょう。

前出の歌昇丈も含めて50才前後の中堅幹部がこのところ急激に力量を伸ばして来ているようです。


最後に中村富十郎丈が、旧友、井関徳兵衛に扮して登場しますが、吉右衛門丈とのやり取りは流石で、

大詰めをグッと盛り上げます。

赤穂城大手御門外赤穂場外往還の場で、内蔵助の真意を知って、徳兵衛は安心して自刃し、内蔵助は徳兵衛

の衣服を整え、懇ろに手を合わせてから、万感 を胸に、花道を去って行きます。

深い想いがいつまでも観客の心に残る幕切れでした。

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