2006.10.7
用心深い少年


   
                                                                          島 健二


私は子供の頃から用心深い少年でした。

大人と共に行動する時は、安心しきってすべてを保護者に任せてノンビリしているのですが、

一人で行動をするとなるとサア大変! 事前に何から何までチェックしなければ気が済まないのです。

それも、繰り返して何度も、何度も。電車の車掌さんの「指差し、点呼」のように…。


小学校や中学低学年の頃、それは特にひどかったように記憶しています。

例えば、自宅を出るときの持ち物点検から始まります。持ち物と云ってもたかが知れています。

ランドセルに入れた教科書をはじめ、文房具、友達に見せるタカラモノ、その他の雑物。前の日の晩から

指差し、点検して確認してからやっと安心して就寝します。翌朝お弁当を受け取って又点検です。

定期券入れやらお財布、ハンカチ等の必需品、小物が洋服のポケットに入っているかどうか…。

自分の持ち物はいつでもキチンと整理整頓して置かないと気に入らない子でした。朝寝坊も滅多にしません。

ちょっと寝過ぎたりすると死に物狂いで決まった手順で点検のスピードアップで大変でした。

ウッカリ忘れ物をして外出したときに備えて、最低小銭だけでも持っていないと、学校にも行けないし、

家にも帰れないと考え、学帽の徽章の止め金を利用して額の上に当たるところに10銭玉を、両耳の上に

5銭玉を1個ずつ入れることを考案したりしました。


こんな神経質な性格の子で、いつもピリピリして隙を見せませんでしたから、絶対にといっていいほど

ウッカリミスをしない少年でした。いつでもすべてに準備が整っていて、それほど勉強家でもないのに、

学業なども予習、復習などキチンとしているので、当然成績も良く、万事に気が廻る優等生だったのです。


ところがある朝どうしたことか、定期券入れも小銭入れも忘れて電車に乗ってしまったのです。

中学の低学年の時だったと思いますから、上馬から玉電に乗って、渋谷で省線電車(国電)に乗り換えて、

新宿まで行く途中、玉電の大橋あたりで忘れ物に気が付いたのです。

気配りの利く子ですから、迷わず車掌さんのところへ行き、理由を理路整然と説明してどうしたら良いか

を相談しました。

車掌さんは、「家に忘れ物をとりに帰れば学校に遅刻することだし、いつも通学しているのを知っているか

ら、玉電の料金はいらない。渋谷駅の改札係に連絡して置くから、そこで理由を話し、新宿駅までの料金を

貸してもらいなさい。あとは学校の先生に話して必要なお金を借りて返済したら良い」と親切にアドバイス

してくれましたので、優等生クンは丁寧にお礼を云い、そのアドバイスに従って行動し、夕刻無事に帰宅し

て母に一部始終を報告したのです。


黙って聞いていた母は、私の報告が終わると、「それは良かったわね。正しい処置だったと思うわ。ところ

で貴方、徽章の裏に10銭玉や5銭玉をつけていたわね、あれはどうしたの?」と聞かれました。

折角準備していたのに、イザとなったら、すっかり忘れてしまって全然役に立たなかったのです。

それ以来、あまり準備周到にしたり、念入りに点検するのがバカらしくなって、用心深い少年は、

イザという時の行動についての心構えに重点を置くようになりました。

その結果は、ウッカリしたところもあるが、臨機応変に機転も利く並みの上の子になりました。

もっとも学業の面でも準備周到を止めたので、優等生から並みの上へと下落しましたが…。
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