2006.7.24
想い出いろいろ・・・・・怖かったこと
島 健二
「折にふれて」は、現在話題になっているような事柄から、何かを選んで、感じるままに書く趣旨でスタート
しましたが、同じようなニュースの繰り返しで、特に取り上げて書きたくなることがないときもあります。
そこで少し範囲を広げて、昔経験した事で、ふと思い出した事柄をも内容に加えたいと思います。
(1) 丹前
昭和25年頃だったと思います。
母方の伯父が胃癌で手術を受けました。世田谷の第二国立病院でした。
手遅れで間に合わず、時間の問題だと云われて親戚一同が悲しんでいたときでした。
私はこの伯父とは特に親しい間柄というわけではなく、姉や兄と同じくらいに「健ちゃん、健ちゃん」と
可愛がられていた程度でしたが、この伯父が入院中に、
「ベッドから出た時に羽織る丹前(どてら)のようなものがなくて不自由している」と母から聞きました。
衣類はまだ自由に購入できない時代でした。
私はちょうどあまり着ない丹前を持っていましたので、「これでよかったら……」と提供しました。
それからしばらく経ってのことです。
母から伯父の容態があまり良くないとは聞いていましたが、私は取り紛れてお見舞いにも行かずにいたので
すが、ある早朝4時頃に、夢枕に伯父が現れて、「健ちゃん有り難う。お世話になったね、もうこれは要ら
なくなったからお返しするよ」と手に持っていた綺麗に折りたたまれた丹前を差し出したのです。
そのときは「変な夢を見た」とあまり気にせずにまた眠ってしまったのですが、朝9時頃伯母から母に電話
があり、ちょうどその頃(午前4時頃)伯父が亡くなったことを聞いて、背筋がゾーッとしたのを覚えています。
(2) 夜道の女
学生時代から就職後しばらくの間、私は麻雀に凝っていました。
世田谷赤堤の家から徒歩15分くらいのところ(世田谷線、山下)に友人のK君の家があったので、その家で
よく徹夜または半徹夜の麻雀を楽しんだものです。麻雀を終えて帰る道は、その当時は殆ど街灯もない真っ暗
な畑の中の一本道でした。臆病な私はいつも、わき目も振らずに殆ど小走りでひたすら家路を急いだものです。
あるとき、帰路の半ば頃まで来た時に、前方にユラユラと揺れ動いて近付く人影がありました。
こんな夜中に、こんなところで、人とすれ違うのは初めてですし、不気味で怖いことでした。
油断なく身を固めて、早足で。だんだん近付くと若い女のようです。
こんな夜中に、こんなところで……。
一本道ですからかわすわけにも行きません。覚悟を決めてすれ違うときに薄明かりでチラと顔を見ましたら、
浴衣姿の髪を振り乱した若い女で、すれ違う瞬間に無言でニターリと笑いました。
その怖かったこと! 思わず「ワーッ」と声を上げて振り返りもせずに一目散に全速力で走って逃げました。
夏の夜の怖い二題噺、如何でしたでしょうか? 少しでもゾーッとする効果がありましたら幸いです。
作り話ではありませんよ。
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