2006.6.15
片岡嶋之亟丈 IN 「夢の仲蔵」
島 健二
片岡嶋之亟丈についてはご存知ない方もいらっしゃると思いますが、この「やっとこさっとこ」をお読み
になっている方々の中には、「嶋之亟を囲む会」の会員の方々も多くおられるので、今回はご存知でない
方々へのご紹介をも兼ねて、私の「嶋之亟観」を書いてみようと思います。
嶋之亟丈は、十五世片岡仁左衛門門下の女形で、屋号は「さくらぎや」、非常な努力家で、良く勉強をして
おり、娘役から老け役までもこなす芸域の広い人ですが、私は個人的には若干年増でお色気のある役、芸者、
花魁や、心働きの聞いた女房役などがはまり役だと思っています。
頭の回転が速くて、役の性根を把握するのが的確ですし、私は「七色の声」と呼んでいますが、口跡は自由
自在かつ楽々としていて、どんな役柄にもぴったりと合わせた発声が出来るという長所をもっています。
こんな器用さを買われて、幸四郎丈、勘三郎丈等、平素は一緒に座組みをしない幹部俳優たちから応援を頼
まれて客演することも多いようです。
そんな中から取り上げたのが特に印象が深かった「夢の仲蔵」での吾妻藤蔵役です。
私は歌舞伎のビデオをかなり撮り溜めていて、時折思いついた物、目に付いた物を鑑賞するようにしていま
すが、今回はふと「夢の仲蔵」を思い出して鑑賞しました。
これはシリーズ物として幸四郎、染五郎父子が企画して、これまでに数編が発表、上演されましたが、私は
第一回の物を観ました。
このお芝居は四代目、五代目の市川団十郎の時代の中村仲蔵という役者を取り上げ、この仲蔵と五世団十郎
との舞台の上での競争関係を描いたもので、楽屋での様々な人間模様や役者間のやり取りを中心に、劇中劇
を数本挟んで見せるもので、この時の劇中劇は、「仮名手本忠臣蔵五段目―山崎街道」「京鹿子娘道成寺」
「蘭平物狂」「関扉」でした。嶋之亟丈はこれらの劇中劇では「蘭平物狂」の中の水無瀬御前役で登場する
だけですが、それよりもつなぎの楽屋の場で、素の姿の一人の役者として廊下や階段を往き来したり、さり
げない会話を交わす場面に絶妙なタイミングや味があるのです。
女形である一人の役者が楽屋うちを行ったり来たり、立ち話をしたりしている何気ない姿が、実に生き生き
と描かれていて、芝居をしない芝居のうまさを感じさせてくれました。思わずうなってしまうほどなのです。
ビデオに残っているのは第2作だと思いますが、第1作の吾妻東蔵はもっと素晴らしかったように記憶して
います。女形の役者が舞台衣装を着けないで舞台裏にいるときの素の姿、様子を実にさりげなく、さらりと
見せてくれました。なお第3作以降は筋書、劇中劇、登場人物もガラリと変わったようで、嶋之亟丈は出演
していません。私はこのような嶋之亟丈の「何気ない芝居」が大好きで、時々ビデオテープを探し出して、
第1作までもを偲ぶのです。
嶋之亟丈は大きな役を懸命に演ずるときも、ちょっとした軽い役をさらりと演じるときにも、どこかピカリ
と光るうまい演技を見せてくれます。
勉強芝居での大役への挑戦では、「弁慶上使」のおわさ、「本朝二十四孝、奥庭」の八重垣姫、
「伽羅先代萩」の沖の井役など特に印象に残っています。
私は観ませんでしたが、「熊谷陣屋」の相模など素晴らしかったであろうと思います。
観る度に何かしら訴えかける感動のようなものを与えてくれる役者、見るべき何ものかを伝えてくれる役者
として楽しみにしています。
これまでご縁のなかった方々も機会がありましたら是非ご覧戴きたいと思います。
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